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戦闘、そして対峙

「まずは大熊こいつだ。死ななかったら相手をしてやるよ」


 唐版士が嘲るような表情で言った。


「潰せ」


 その声を合図に、大熊が剛腕を振るう。ダバラは右に左に避けながら様子を見る。ゴス・キルモラは熊に青白いオーラを付与して見せる。


(魔術で生み出された生物……いやイミテーションに過ぎない。予めプログラムされた通りに動いているだけだ)


 すぐに看破して、円を描くように剣を振るった。地面に突き刺さった右腕を切断し、赤い液体を散らせる。それが血液なのか、それとも別のものなのか、ダバラは考えなかった。


 叫び声を上げながら熊は左腕を突き出す。それをひゅるりと躱し、腕の上を走る。そして、首を断った。胴から離れた頭は霧散し、彼が着地する頃には完全に消え去っていた。


「さあ、相手をしてくれるんだろう?」


 腕を広げ、ダバラは挑発する。


「このっ……!」


 駆け出そうとした唐版士を、エルアウスが梟の乗った右腕を出して制止する。


Fellow仲間がいるかもしれない」

「ああ、そうだな……悪い、熱くなってた」

I don't care気にしないで。そういうところも嫌いじゃないよ」


 エルアウスが梟を嗾ける。ダバラは剣を振り回して斬ろうとするが、それが炎を吐いたことに一瞬反応できず、服の裾を焦がされた。


Goodいいね。反応速度は一級品だ」


 ダバラは梟を相手するだけ無駄だと悟って、主の方に走った。その主は剣を抜き、斬り結んだ。数度弾き合ってから、ダバラの方から離れた。


「名前を聞いてやる」

「Elauce Batar。覚えておいてね」

「すぐ忘れる名前だ」


 彼は左手に水の球を生み出し、そこから弾丸を数発飛ばした。梟が間に割って入り、翼でそれらを受け止める。


「チイッ……」


 舌打ち。案外気の短い男なのだ。


「このobedient従順な相棒がいるから、僕は戦える。君は孤独なのかい?」

「仲間ならいる」


 そう彼が言った時。紅い斬撃がエルアウスの背後から飛来して、その右腕を斬り落とした。ヨウマがいたのだ。


「タイミング、これでよかった?」

「完璧です」


 二人はサムズアップを交わした。


「ヨウマ……!」


 エルアウスと唐版士は声を揃えてその名前を口にした。


「そっちの、でかい刀を持ってるの。名前は?」

「……犬羽交締唐版士」

「変な名前だね」

「ぶち殺すぞ!」


 一瞬にして堪忍袋の緒が切れた唐版士はヨウマに斬りかかる。ヨウマはそれを軽くいなして、腹に蹴りを入れた。肉体では唐版士が優勢に見えるが、クリムゾニウムを日常的に摂取している彼に比べれば埋め得ない差があった。


 それでも唐版士は諦めない。起き上がり、再び彼に向かっていく。大振りな攻撃は簡単に回避され、控えめだが的確な攻撃を防ぐので精一杯になってしまう。


「やめたら? 無駄だよ」

「ダチの腕奪われてタダで引き下がれるかよ!」


 猛攻。だがヨウマは冷静だった。イータイやガスコと比べてみれば、重みこそあれど速さは大したことがなかった。


「唐版士! Artsを使うんだ!」


 親友にそう言われて、唐版士はハッとした。


「雷帝の意志、揺らめく凶星! 爆ぜろ! 雷爆!」


 彼を中心として、爆発的に雷が周囲に放たれる。


「どうだ! 死んだろ!」


 と敵を見れば、土煙の向こうから


「──終閃」


 という声が聞こえた。すると、煙を裂いて一筋の閃光が走った。すんでのところで防御が間に合うも、長巻の刃は無残に折られてしまった。貫通した光の筋は頬のすぐ横を通り抜け、そのエネルギーの余波だけで肉を抉った。


「言語魔術師は逮捕できない」


 ヨウマが言う。


「口を封じても刺青で呪文を彫り込んでることがある。だから、殺すしかない」


 刀を正眼に構え、更に言った。


「唐版士、このままではbadまずい! 撤退するかい!?」

「武器もねえし……しょうがねえ、逃げるか」


 二人は背中を合わせる。エルアウスは右腕を拾い上げた。


「覚えておけ、てめえは俺が直々にぶち殺す」

「いくらでも相手になるよ」

「舐めやがって……」


 中指と人差し指を揃えて立てる二人。


「それでは、good byeさようなら


 消えた。


「自己召喚、か」


 ヨウマはタジュンのことを思い出す。今頃牢屋でぐっすりだろう彼女を想い、溜息を一つ。


「止めは刺せませんでしたね」

「そうだね……これからも被害が出る……」


 ヨウマは刀を納めた。遠い空に、微かな光──。





「報告は受け付けました」


 とオパラ。昨晩戦った二人に加えて、グリンサとキジマが加わった面子で話を聞いていた。


「なんだっけ、いぬ……」


 グリンサが半笑いで口にした。


「犬羽交締唐版士」

「そう、それ。変な名前だよねえ、犬羽交締って……」


 最後の方は笑い声に消えた。


「オパラさん」


 ダバラが空気を変えた。


「連中に武器を調達する伝手があると思いますか」

「それくらいの用意をしているからこそ、こうも強気に出ているのだと思います。地球から資料を送らせましたが、全員が召喚術の使い手……武器をどこからともなく取り出すことは可能なのでしょう」

「召喚術は稀有な才能がなければ使えないはずでは?」

「その辺りはヨウマさんの方が詳しいでしょう」

「え、僕?」


 素っ頓狂な声を出した。


「言語魔術の召喚は大量の魔力と愛された魂との契約があれば誰でもできるよ。詠唱破棄までになると才能の世界だけど……」

「そういうヨウマはどうなのさ」


 グリンサが問う。


「僕は習得してないよ。特別な愛された魂との契約と年単位の修行が必要だからさ」

「なるほどねえ」


 そう言うと彼女は頭の後ろで手を組み、背凭れに体を預けた。


「そうだ、あいつら愛された魂は確保してるの?」


 ヨウマの問いを、オパラは肯った。


「地球の担当者に確認しました。影術師団は様々な愛された魂の持ち主を戦闘員とは別に保有しているようです」

「厄介だな……」

「何が厄介なんだ?」


 キジマに質問されて、ヨウマはそちらの方を見た。


「新しい術を身に着けることができるってわけだし、もしかしたらフロンティア7の地球人を取り込んで戦力にするかもしれない」

「ええ、ヨウマさんの言う通りです。我々は可及的速やかに影術師団を殲滅しなければなりません」

「でも、どこに潜伏しているかは見当もついてない」


 グリンサに指摘されてオパラは頭を掻いた。


「お恥ずかしい限りです。必ず見つけ出しますから、どうかお待ちを」


 その真っ直ぐな視線を前に、彼女は少し笑顔を見せた。


「ま、いいけどね。オパラのことは信頼してるし」

「応えられるよう、一層奮励いたします」


 少し重い雰囲気がその場を支配した。再び現れた敵。それの秘めるポテンシャルについて皆考えてしまう。しかし、ヨウマだけは違った。対処できる範囲内の敵だと認識していた。どうにかなるという楽観的とも言える自信が根付いていた。


「グリンサさん、ダバラさん、パトロール部隊は4人1組で動くのはどうでしょう」

「いいね、そうしよう。あいつらの──なんだっけ、式神? に対応するなら最低限その人数は必要だろうし」

「チームの編成は貴方方に任せます。頼みましたよ」

「オッケー。任された」


 グリンサは胸をトンと叩いた。


「式神、どう戦えばいいんです?」


 とキジマがタバラに尋ねた。


「自分が戦ったものは、首を刎ねれば消えました。普通に生物を殺す感覚で戦えると思います」

「ちなみにどんな見た目でした?」

「さあ……地球の生物なのでしょうが、2本足で立って腕を使って攻撃してきましたね」

「大きさは?」

「3メートルくらいでしょうか。腕は足場にできるくらい太かったですね」

「助かります」

「いえ、お気になさらず」


 会話はそこで終わった。


「そろそろ解散でいいでしょう。お疲れさまでした」

「おつ~」


 軽く言いながらグリンサはダバラと並んで立ち去る。それをヨウマは見送った。


「どうしました?」

「まさか影術師団にもスパイいないよね?」

「……わかりません」


 その一言は、彼を幾許か失望させた。


「既にいるのかもしれませんし、これから生まれるのかもしれません。確定的なことは何も言えない、というのが現実です」

「なんとかしてよ、ユーグラスが犯罪者に協力なんて絶対にしちゃいけないことなんだからさ」 


 オパラは俯いて何も言わない。


「ま、あんまり責めても仕方ないけどさ。僕が戦う邪魔にならないようにしてよね」

「行こうぜ、ヨウマ」


 キジマに急かされて、彼は不服を抱えながらその部屋を後にした。


「お前があんなこと言うなんて珍しいな」

「親父と話したんだ。七幹部にならないかって。そう思ったら……気になっちゃった」

「どんどん先に行きやがるな、お前は」

「キジマもなりなよ」

「なりたくてなれるものじゃねえさ」


 笑いながら、キジマは彼を小突いた。


「まあでも、そうなりゃ仕送りも増やせるしな。目指してみるか」

「焦って死なないでよ?」

「言われなくてもわかってらあ」


 何故だか気が向いて階段を下りながら、そんな会話をした。キジマは殺伐とした世界からそうでない暖かい世界へと繋ぎとめる鎖の一つなのだ、と彼は思う。


「お前も、気を付けろよ」

「約束だ。僕もキジマも、こんな戦いで死なないって」

「おうよ」


 ハイタッチ。この鎖は守り抜かねばならないと、彼は改めて確認した。


「俺は待機だけど、お前は?」

「今日は帰るよ」

「そうかい」


 仮眠室の並ぶ廊下に入ろうというところで、キジマは足を止めた。


「深雪ちゃん、元気にしてるか?」

「うん、どうして?」

「最近会ってねえからよ」

「いつでもうちに来なよ、深雪だって嫌な顔はしないし」

「そうだな。休みが合えば行くとするか」

「誰と?」

「お前とだよ。一人で行くなんて──」


 言いかけた瞬間、サイレンがなった。


「フサスビルで爆発が発生。繰り返します──」

「そういうわけだ。気を付けて帰れよ」

「僕も行く」


 急な申し出にキジマは少し驚いた。


「影術師団が関わってるなら、そこらのヒトじゃ敵わない」

「なるほどな。来いよ、頼りにしてるぜ」





 装甲車は白昼の道を進んだ。何かの始まりを告げるように煙の上がるビルの前で停まって、戦士達を吐き出した。


「行くよ」


 ヨウマは先頭に立って出動した部隊を先導した。事件が起こったのは2階。ニェーズの多く勤める会社が入っているらしい、と彼は聞いていた。


 エントランスに入れば、受付のニェーズが上半身を消し飛ばされて死んでいた。嫌な気分になりながら階段を上がっていると、肉の焦げた嫌な臭いが漂ってきた。


「最悪だ……」


 呟きながらオフィスの吹き飛ばされた扉を跨ぐと、血と内臓が散乱した惨い空間が待っていた。


「来ましたわね」


 その只中で艶やかに微笑む少女の姿。長い黒髪は緑で、ゴシックロリータな服装をしていた。佇まいは上品だ。その周りには黒い小さな雀が群れを作って飛んでいる。武器を持っているようではなかった。背丈を見るに、優香と変わらない程度。140センチ台前半だなとヨウマは結論付けた。


「わたくし、冥姫朧花と申します」

「自分は木狩島きがりしま果吉はてきちというものです」


 その隣に立っているスーツ姿の男も自己紹介をした。シャツの胸はパンパンになっていて、下にある筋肉を思わせる。右手に血に濡れたトマホークを握っている。身長は180センチほどだ。


「……ヨウマ」

「存じておりますわ。大層お強い方だと聞いております」

「死んでもらうよ」

「できるものなら」

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