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影の目覚め

 それは夕食中のことだった。ヨウマがおでんをつつきながらニュースを見ていると、急に画面が切り替わった。真っ赤な背景に、黒い和服を着た髭面の男が映し出される。


「我々は影術師団えいじゅつしだんである」


 威厳のある声で男は言った。


「このフロンティア7を言語魔術師の楽園とするべく行動を起こす者である」

「楽園、ねえ」


 ヨウマは呟いた。


「我々は総督府による支配を完膚なきまでに破壊し、新たなる秩序を築く者である」


 彼はポケットの中で携帯電話が震えるのを感じた。


「我々は亜人を排斥し純粋種たる地球人類による統治を実現する者である」


 携帯を見る。ジクーレンから緊急会合の連絡が来ていた。


「行ってくる」


 と立ち上がり、駆け出す。外に出て、5分もすればパトロールカーがやってきた。


「影術師団、なんでこっちに来てるわけ?」


 車に乗り込んで一番、彼はそう運転手に尋ねた。


「我々も詳しいことは……ヨウマさん、ご存知だったんですね」


 彼女は落ち着いた声をしていた。


「地球で修行してるときにちらっと名前を見たことがある。相当アレな集団だよ」

「らしいですね。亜人……つまりニェーズを排除しようと言うんですから、負けるわけにはいきません」

「うん、そうだ」

「地球人がみんなヨウマさんのような方ならいいんですがね。そうもいかない現実が嫌ですよ……愚痴になってしまいましたね、すみません」

「いいよ、気にしないで」


 信号に引っ掛かった。ヨウマは話す気になれず、黙ったまま到着を待った。


 そして本部前。車から飛ぶように降りた彼は受付に会合に来たことを告げ、エレベーターに飛び込んだ。4階。大会議室。七幹部の会合に使われる場所に、彼は呼ばれていた。


「来たな」


 コの字のテーブルの奥に座っているジクーレンが言った。


「やっほ」


 と小さく手を振るグリンサの隣にヨウマは座った。出席しているのはイルケにシェーン、オパラ。生存している七幹部は揃っていた。加えて見慣れない男が一人。きりりとした瞳に、ポニーテールの黒髪。若々しい。


「諸君らも見ただろうが、影術師団がフロンティア7で活動を開始した。これは由々しき事態だ。吾人は治安維持のためこれを徹底的に叩く。いいな」

「そのえいじゅつなんとかっての、具体的には何したの?」


 グリンサが問うた。


「言語魔術以外の魔術を使う者の殺害、政府機関への攻撃、地球人類以外の人類種への迫害などを繰り返している。当然、その矛先は我々にも向いている」

「怖いなあ」

「彼らの有する戦力は言語魔術師10人とされています」


 オパラが口を開いた。


「ですが、ニーサオビンカと並ぶか、それ以上の実力を持った者が在籍しています。故に、七幹部やヨウマさんの力が必要なのです」

「とは言っても、オーサとナピの戦死で戦力は低下しているわ。次の七幹部の選定を急がないと」

「後継が育ち切っていないのが現実だ……オーサの後継の選定はもうしばらく先になるだろうな」

「ヨウマちゃんは?」

「地球人が七幹部になるというのは前例がない……オパラ、お前はどう思う?」

「ユーグラスへの著しい貢献、という条件は間違いなく満たしています。しかし若すぎるようにも思えます。それに、七幹部になる以上は弟子を育てなければなりませんが、ヨウマさんにはまだ難しいかと」

「ふむ……」


 彼は顎に手を当てて思案した。自分の息子を重用したい気持ちはあれど、私情を挟んでいい決定ではないことはわかっていた。


「しかし、一つ告げておきたいことがある」


 ジクーレンは立ち上がり、ポニーテールの男の傍に寄った。


「このダバラを新たな七幹部として迎えようと思う。異存ないな」


 誰も頷いた。


「誰?」


 とヨウマはグリンサに囁いた。


「ナピの弟子。剣の腕はすごいらしいよ」

「へぇ~……」


 彼はじろじろとダバラを観察した。左腰の剣は質素なもので、貧相にさえ思える青い鞘に納められていた。着ているのは白いシャツに紺のジャケット。さっぱりとして、好感を見る者に与える。


「身に余る光栄です」


 と言いいながら、七幹部と握手をしていく。その順番がヨウマに回ってくると、ダバラは一礼した。


「お噂はかねがね」

「そりゃどうも」


 好青年、というのが彼の受けた印象だ。肚に何かを隠し持っているような感覚はなく、真っ直ぐな眼をしていた。疑う理由もなく、彼は相手の手を握った。


「ダバラとグリンサには対影術師団チームを率いてもらう。なるべく即応力のある編成をしてくれ。イルケは結界の監視を頼む。奴らが何を企てるかわからん。オパラと俺は情報収集を指揮する。シェーンは医療チームを管理してくれ。以上、解散とする」


 がたがたと立ち上がる中で、ジクーレンはヨウマと目を合わせた。


「ヨウマは残ってくれ……話がしたい」


 二人きりになってから彼が口を開くまで、およそ3分の時間を要した。


「元気にしているか?」

「うん」

「結界術を学んだそうだな」

「そ。呪文を義手に仕込んでもらったよ」


 ヨウマは右腕を見せた。


「うまく使えよ、強力な武器となるはずだ」


 ジクーレンが息子の頭を撫でる。


「だが無理はするなよ。仲間に上手く頼るんだ」

「わかってるって」

「七幹部の件、話は通しておく。お前は一介の戦士で終わる器じゃない」

「そんな焦らなくて大丈夫だよ。時間をかければみんな納得してくれるからさ」

「お前がそう言うならいいんだが……」


 硬い表情が僅かに揺らいだ、ようにヨウマには見えた。


「それにオパラも言ってたでしょ。僕はヒトを育てられるほど大人じゃない」

「……わかった。お前が18になったらまた考えよう」

「それでも若いって。30くらいでいいよ」

「グリンサから聞いた。タジュンとの間の子に金をやろうというんだろう。なら稼ぎは増やさなければならない。そうだろう?」

「全く口が軽いなあ──それはそうだよ。でも……」


 少し、考える。3人で暮らして子供に小遣いまでやろうとなると、やはり負担は重い。深雪や優香にひもじい思いをさせたくはない。なら、選択肢はなかった。


「いや、わかった。18になったらまたオパラに相談してよ」

「ああ、覚えておく」


 17になった彼は、拳を突き出す。そこに、大きな握りこぶしがぶつかった。





「──というわけで、ユーグラスはもう動き出してるみたいだにゃ」


 火増が、煌々と輝く照明の下、座布団の上で円座している9人を前に言った。服装は統一されておらず、パーカーを着ている者もいればスーツに身を包んでいる者もいた。


「内通者の状態はどうだ?」


 彼女の正面に座っている男が口を開いた。王鎖おうさ鉄傑てっけつ。影術師団を率いる者だ。テレビに映っていたのもこの男で、今日も和服だった。その左には打ち刀と脇差が置かれている。


「変わりないにゃ。後でメッセージを送るから待っててにゃ」

「随分とenthusiastic熱心なヒトがいるもんだねえ」


 そう言ったのは赤毛の男。エルアウス・バタールである。青いジャケットを着ていた。背中に剣を背負っている。


「ユーグラス、案外vulnerable脆弱なんじゃない?」

「油断はするな。かなりの手練れがいると聞く……火増、七幹部の動向は逐一報告させろ」


 鉄傑に言われて、火増は大げさに敬礼した。


「ヨウマという地球人、興味がありますわ」


 そうおっとりとした口調で言ったのは18歳の冥姫めいひめ朧花ろうか。ウェーブのかかったロングヘアが特徴的な彼女は、柔らかく微笑んでいた。


「ヨウマか。七幹部と並ぶほどの実力者らしいな」


 鉄傑は憂いながら言った。


「地球人なら勧誘すれば応えていただけるのでは?」

「いや、ないだろうな」


 朧花の問いに彼はすぐさま答えた。


「ジクーレンと親子関係にあるらしいからな、引き抜くのは現実的ではないだろう……」

「へっ、亜人どもを皆殺しにするところを見せればあっちから頼み込むだろうさ」


 左手を拳で叩きながら口にしたのは犬羽交締いぬはがいじめ唐版士とうばんし。スキンヘッドは灯りを照り返していた。脇には長巻を置いて、今にもそれを抜きたがっていた。


「そろそろ殺しに行きたいぜ。鉄傑、出ていっていいか?」

「好きにしろ」

「よし行ってくるぜ。おいエルアウス!」

Understoodわかった。じゃ、後はよろしくね」


 唐版士は長巻を担いで議場を後にする。その背丈は175センチほどで、エルアウスとは並んでいた。


 影術師団の規定に則り団員はツーマンセルを組んでいる。唐版士はエルアウスと背中を預け合う仲なのだ。


 そんな彼は外に出るや否や鞘から武器を抜き、そのまま歩き出した。ちょうどいい獲物がいやしないかと夜の街を見渡す。しかし出歩く者の姿はなかった。


「チッ、防犯意識の高い奴らだぜ」

Boring退屈だねえ」


 そこに、ふらりと男ニェーズの姿。千鳥足といった様相だ。


「おい、そこの」


 唐版士が話しかける。


「なんだぁ? てめえ……」


 酒臭いニェーズが自分より小さな男に突っかかる。


「舐めてんじゃねえぞ!」


 殴りかかる。だが、その次の瞬間彼の首と胴は離れていた。


「ん~、やっぱこれだ」


 返り血に濡れた唐版士が夜空を仰ぎながら言う。


「骨をぶった切る感覚、たまらんな」

Bloody血まみれな君はいつ見てもサイコーだ」

「ありがとよ」


 受け答えをしながら、彼はズボンのポケットから取り出した紙で刃の血を拭った。そしてそれを投げ捨てる。


「しばらく散歩しようぜ。お前だって殺したいだろ?」

Sounds goodいいね。式神を召喚しておこう」


 そういうとエルアウスは手を叩いた。


「限りなき黒。満たされぬ器。虚ろなる心。現れよ、呪怨の梟」


 街灯に照らされて伸びる影から黒い糸が滲み出て、梟の形を編み上げる。それを腕に乗せる。


「行こう。Time is money時は金なりだ」


 10分ほどふらふらとしていれば、警邏の男ニェーズ二人組と鉢合わせた。


「武器を捨てろ」


 片方のニェーズが告げた。もう片方は胸に付けた無線機に話しかけている。


「亜人が……言葉を選べよ」

「その言い草、影術師団だな?」

「ご名答」


 唐版士は脇構えを執る。ニェーズは腰の刀を抜く。だがそれが振るわれる前に、梟が火を吐いた。全身を炎に包まれたニェーズはのたうち回るも、炎が消える気配はない。


Owlの炎は簡単には消えない……そのまま死んでもらうよ」


 苦しみ悶える仲間の姿を見て、残されたニェーズはたじろぐ。


「呼びなよ、七幹部。Right now今すぐに

「呼んださ、10分もすれば駆けつけるぞ」

「ならそれまで遊んでくれよ」


 唐版士が舌なめずりをする。それから手を叩いた。


「限りなき黒。満たされぬ器。虚ろなる心。現れよ、呪怨の大熊」


 彼の影から出てきた糸が3メートルはあろうかという大熊を作る。ニェーズは腰を抜かした。そこに爪が。引き裂かれた肉体から迸った血液は、彼にもかかった。


「なんだ、つまんねえの」

Worthless下らない


 エルアウスはその死体に唾を吐きかけた。もう片方も焼死して、物言わぬ骸が輝きを放っているだけだった。


「七幹部、待つか?」

Okayわかった。グリンサとやらの顔を拝んでおきたいからね」


 どかり、唐版士は死体の上に腰を下ろす。そうしていると、ニェーズの言った通りの時間で一人の男ニェーズが現れた。ダバラだ。


「貴方方がこれをやったのですね」

「ああそうだよ。お前も仲間に入れてやるよ」


 彼は静かに剣を抜き、真っ直ぐに構える。戦いの幕が開かれた。

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