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突入 魂の在処

「それで、私達を呼んだのはなんで?」


 グリンサにヨウマにキジマにイルケ。陽光差し込む中、見慣れた顔を前にオパラは立っていた。


「環にケサンを供給している場所を見つけました」

「ならさっさと突入してしまえばいいじゃん」


 彼女に言われたオパラは真剣な表情を崩さなかった。


「結界が張られています。内部に相当の術師がいる可能性が捨てられず、こうしてお願いに至ったわけです」


 蜘蛛との戦いから早2週間。新たな怪物は現れなかった。


「結界破りのために私も呼んだのね」

「ええ、結界術のスペシャリストですから」


 現在戦場に立てる七幹部は二人。それをどちらも動かすということの重みをヨウマは感じていた。


「明日の14時、突入します。くれぐれも油断なさらないよう、頼みます」


 4人は頷いた。


「どんな戦いになりそう?」


 ヨウマが尋ねた。


「新たな怪物が召喚される可能性もありますし、術の打ち合いになる可能性もあります」

「要はやってみるまでわからないってこと?」

「全くその通りです。恥ずかしいことですが」


 オパラは頭を下げた。


「その場所は誰が管理してるの?」


 グリンサが言った。


「小さなアパートですから、大家に連絡を取りました。オビンカの女性が借りている部屋が中心となっているようなのですが、その方はごく普通の女性なのです。とてもイルケさんが必要になるような結界が展開できるとは思えず……」

「いつだって情報は足りないか。ま、イルケがいればなんとかなるか!」


 彼女は進んで笑った。そしてイルケの背を叩く。


「結界の強度によっては私が戦闘に参加できない可能性だってあるわ。あまり当てにしないでちょうだい」

「イルケが動けなくなるレベルの結界ってどうやったら張れるわけ?」

「そうね……何かしらの呪縛を用いれば並の術師でも相当の結界を張れるようになるわ」

「なるほど──」


 彼女が納得したところで、誰かが扉を慌てて開いた。


「オパラさん! 環が……環が例のアパートの上に!」

「……事情が変わりました。直ちに出動を命じます」


 装甲車が彼らを運ぶ。30分ほど行った、オビンカ居住区付近のアパートの前。青白い半透明のドームが建物を覆っていた。漆黒の環を頭上に浮かべながら、さも日常の中にあるような面をしてそこにアパートはあった。


「なるほどねえ……」


 それを見たグリンサが呟いた。


「いけそう?」


 彼女にそう尋ねられて、イルケは厳しい表情をした。


「とんでもない量のケサンで構成されてる。かなりの術を使わないと突破は難しいわね」


 言いながらイルケは結界に近づいて、触れた。すると電流が走ったような衝撃がその手を襲った。


「術そのものは単純……慣れていないヒトが呪縛でケサン量の不足を補っているだけ……だけど故に強力……」

「結界に解き方ってあるんです?」


 そんなイルケに、キジマが話しかけた。


「結界というのは拒絶ないし防護の意志の具現化。そしてケサンの流れでもあるわ。その流れを断ち切れば結界はその実体を維持できなくなって崩壊するの。その効果と単純な攻撃力を兼ね備えたのが炎の牙。私がよく使う炎の龍ね」

「これもその流れを切ってしまえばいいのでは?」

「強力な結界は大きく分けて二つ。流れるケサンが莫大で洪水のようになっているものと、ケサンの流れる方向が複雑でまるで何層にも重ねられた金属のようになっているもの。この場合は前者だから、私の体力の問題ね」


 イルケはそこで煙管を吸った。少し離れて、その先にケサンを集める。


「少し時間をちょうだい。解けないものではないから」


 その時である。環から太い人間の脚らしいものが現れる。


「出たね」


 そう言うグリンサが見上げていると、徐々にその姿が露になっていく。青色の肌。筋肉に満ちた胴。そして四本の腕。歯茎が剝き出しになった口。顔面を覆いつくすような、無数の目。背丈は3メートルほど。


「こりゃまた気持ち悪い見た目だ」


 彼女とヨウマは同時に刀を抜いた。


「でもヒト型ならまだ斬りやすいよ」

「かもね。前向きなのはいいことだ」


 グリンサの声を聞いたか聞かないか、というところで彼は走り出した。緩やかに降り立った怪物に飛び掛かり得物を振るが、浅い傷をつけた程度だ。動揺した彼を怪物は殴り飛ばした。装甲車にぶつかる直前、キジマが受け止めた。


「いつつ……」


 呟いた彼は少し遠いところにいる敵を見る。2本ある右腕の内1本を剣に変え、グリンサと激しい剣戟を繰り広げていた。


「キジマはイルケを守って。僕は加勢する」

「わかった。死ぬなよ」

「うん、約束だ」


 腕の中から出て、走る。イニ・ヘリス・パーディの力を使うか悩む。後のことを考えれば温存しておくのも手だが、目の前の敵を超えるために必要だというのもわかる。結果、彼は今を択んだ。大幅に増した身体能力で、怪物の背後に回り込んで攻撃を仕掛ける。グリンサが攻撃を行えば、その隙間に差し込むように斬る。


 しかし、いくら斬っても鋼のような肉体に対して有効打となっている気がしてこない。刃がつけた傷はやはりすぐに癒え、黒い血が僅かに滲み出すだけだ。


 ならば、とヨウマは詠唱をしようとする。しかしそれを察知してか、言葉を発する暇もない連撃を怪物は繰り出す。グリンサが雷の槍で頭を吹き飛ばして隙を作ろうとするが、それも一瞬で元通りになってしまう。


「結界を捨てて再生力を上げてる……ジャグくんの言ってたやつか」


 彼女の呟きは剛腕の風切り音に消えた。振り抜かれた左腕をしゃがんで躱してから、距離を置いてみようかと思う。しかしそうするとヨウマへの攻撃が苛烈になることは容易に予想できた。それでも一度試さねばならないことがあった。


 ゴス・キルモラを使う。全てを見通すべく、足を止めて眼球に力を集める。ケサンは心臓に最も濃い反応を見せた。そこから生まれている赤い靄の流れ。答えを導きだした。


「ヨウマ、心臓だ」

「何?」

「心臓が再生の核だ。滅雷、いける?」

「なんとか……して」


 なんとかできるとは言い切れず、彼はそう言った。


「任された」


 グリンサは太刀を握る手を強めた。目が痛む。視界が霞む。だが立ち向かうのだ。槍を投げつけて注意を向けさせた後、右に左に翻弄するように得物を振るう。


 怪物の剣は地面にぶつかれば軽くアスファルトを抉る。一撃をもらえば──そんなことを考えてしまう。ネガティヴな発想は振り払って、望む結果だけを見据えた。


 その僅かな隙さえあればヨウマには十分だった。呪文を唱え終え、怪物の背後から胸を刺し貫いた。そのまま下に斬り裂けば、血が溢れて地面を黒く染めた。


 ゆっくりと、怪物は斃れた。一度立ち上がろうとするがすぐに潰れて、そこからは動かなかった。


「ヨウマ! 結界なくなったぞ!」


 キジマの声。息を切らしながらヨウマはそちらに向かおうとする。その肩を、グリンサが掴んだ。


「いける?」

「まだ動ける。それにガスコなら……決着をつけたい」

「サポートはするよ」

「ありがとう」


 地面に座り込んで息を漏らしたイルケを過ぎ去って、アパートの外階段を昇る。結界の中心だったのは2階の5号室。その前に立った二人は顔を見合わせてから、グリンサがヘッセで扉を吹き飛ばした。


「ユーグラスだよ! 武器を捨てて手を上げて!」


 彼女の声は静謐な空間に吸い込まれていく。


「誰もいない……?」

「いや、いる」


 彼女の問を彼は即答で否定した。


 数歩進んだところで、壁の陰から包丁を持った女オビンカが飛び掛かってきた。グリンサは一刀の下にその右腕を切り落とし、突き飛ばした。


「こ、殺さないで!」


 尻餅をついた女は叫ぶ。パラールだ。


「殺しはしないよ。ただ、ここから怪物を生み出してる奴を探しててね」


 パラールは這って反対側の壁まで行き、そこの棚にある壺を抱いた。


「が、ガスコ様は渡しません」

「正直だなあ」


 グリンサはそう言いながら彼女に近づいた。


「それを壊させてもらえば君は殺さない。──なんて言っても無駄か。まとめて死んでもらうよ」


 しかし、突き立てようとしたその一撃は結界に阻まれた。


「解除して」


 パラールは首を横に振る。


「ヨウマ、イルケを──」


 そう口にした時、パラールが壺をグリンサに押し付けた。するとまるで電池の切れたおもちゃのように、彼女はぱたりと倒れた。


「何したの」


 ヨウマが訊く。


「魂をガスコ様の精神世界に転移させました……これであの方はガスコ様を殺すまで永遠に戻れません」

「なら僕も行く」


 壺に触れようとすれば、彼女は離れる。卑屈な笑いを浮かべて。それが癇に障った。一瞬だけイニ・ヘリス・パーディの力を使って、反応できないスピードで手を突き出した。指先が当たる。すると、視界が暗転する……。


 視界が戻れば、キジマを助けた時と同じ光景が広がっていた。


「お、ヨウマも来たね」


 刀を構えているグリンサが言った。


「二人か。これは骨が折れそうだ」


 その視線の先にはガスコ。細身の剣を右手に握り、薄く笑みを浮かべていた。


「ここでは王の呼び声イーベ・シュラウガは使えん……真っ向から相手になってやろう」


 一瞬で距離を詰め、ガスコはグリンサに斬りかかった。弾き合う。時折血が散って、血に張った水を赤くした。


 ヨウマも加わる。連携は難しくなかった。相手を挟み込んで、よく知った太刀筋の隙間を補完するように刀を振ればいいだけだった。だが、ガスコは巧みに攻撃を躱し、反撃の突きを繰り出す余裕さえあった。


 二人は攻撃の手を止める。


「なんで怪物を呼びだしたのさ」


 正対したヨウマが問う。


「お前ら二人を殺すためだ。そのために活動時間を制限する呪縛を使って能力を底上げしていたが……俺の思う以上にお前たちは強かった。それは素直に称賛しよう」

「敵に褒められてもね」

「誉め言葉は受け取るべきだ……さぁお喋りは終わりにしよう。行くぞ!」


 ガスコがヨウマに迫る。斬撃を飛ばして迎撃しようとするも、彼は的確に青白い半透明の結界を生み出し防御と突撃を両立していた。


 刀の間合いになる。数度斬り結んでからヨウマは離れて、グリンサの合流を待った。来た。背後から襲われたというのにガスコは容易くいなし、彼女を蹴り飛ばした。そこでヨウマは2体の分身で揺さぶりをかける。


 刀まで模倣された2人のヨウマが挟撃する。それに対処している間に本体が接近し、胸を狙う。分身に意識を向ければ本体が、本体の攻撃を防ごうとすれば分身が致命傷を与える、完璧な作戦。そのはずだった。


 だが、ガスコは自分を中心に爆発を起こし、分身もろとも彼を吹き飛ばした。その中で彼は分身を雷の槍に変えて飛ばすが、狙いがズレて右腕と左脚しか貫けなかった。


(魂の戦いは致命傷じゃなきゃ無意味なんだ)


 イータイとの戦いで学んだこと。


 争いは、まだ続く。

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