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対峙 青い不死鳥

「青い不死鳥?」


 警備会社本部の一室で、ヨウマは声を上げた。


「ええ、目撃情報が多数寄せられています」


 オパラが言った。集められたのはヨウマとグリンサ、そして帽子を取ったキジマ。いつものメンバーだった。


「そして、それに伴う火災も」

「わざわざ私達に相談するってことは、誰かの意図があるんだね?」

「ヨウマさんが以前仰っていた、ガスコの遺言。それに関連するものではないかと見ています」

「なるほど……じゃ、とりあえずその不死鳥を斬ればいいのかな?」


 グリンサの言葉を聞いて、キジマが口を開く。


「不死鳥っていうくらいですから、斬っただけじゃ死なないのでは?」

「不死鳥というのは喩えです。実際に死ぬかどうかはやってみるまでわかりません」


 キジマはバツが悪そうに口を閉じた。


「ま、ヨウマがいれば飛んでても斬れるし。任せたよ、ヨウマ」

「そりゃないよ……」


 肩を組まれて、ヨウマは溜息を一つ。


「ああ、そうでした」


 オパラが人差し指を立てて言った。


「総督府の上にできた黒い穴。あそこから鳥が出てきたという声も入ってきています。これは私見ですが、穴を閉じない限り不死鳥のような怪物が現れ続けるのでしょう」

「嫌だねえ」


 グリンサはどこか他人事な風だった。


「で、どうやって閉じるの?」


 ヨウマが問う。


「そこまでは……しかし、術師を排除すれば環は維持されないと思われます」

「僕らのやることは変わらないってわけか」

「乱暴な言い方をすればそうなりますね」


 オパラは少し困ったように笑っていた。


「ゴス・キルモラで見ればケサンの供給源を辿れるんじゃない?」

「実行しましたが、痕跡は見つかりませんでした」

「偽装も完璧、か……」


 彼女は背もたれに体を預けた。


「オビンカの動きはどう?」


 グリンサの問に、彼は首を横に振った。


 ガスコの死から1ヶ月。ニーサオビンカの壊滅は平和だけを齎したわけではなかった。オビンカ達の間でその役割を代替しようと小規模なギャング組織が乱立し、オビンカ居住区は混乱に陥っていた。そこにユーグラスは介入せず──というよりも結界が維持されている間は介入のしようがなく、ただ歯痒い思いをしているのが現状だった。


「ま、いいけどね。外に出てくるようなら成敗するだけだし」

「今のところは内部での抗争ですが……そうですね、その際はお願いしますよ」

「うん、任された」


 グリンサは胸をトンと叩いた。


「平和になると思ったのになあ」


 ヨウマがぼやいた。


「世の中そう単純じゃねえ、ってことだな」

「ほんとにね」


 その受け答えを見守った後、オパラはゆっくりと口を開いた。


「青い鳥は夜にのみ観測されています。これがどのような意味を持つのか現在はわかりませんが、捜査部が情報を掴み次第連絡します。それに伴って、夜間の待機任務を命じます」

「頼むよ、負け戦はしたくないからさ」


 グリンサの頼みを受け取って、彼は頷いた。


「伝達事項は以上です。何か質問はありますか?」


 誰も何も言わなかった。


「なら、この場は解散といたしましょう。お疲れ様でした」

「お疲れ~」


 ひらひらと手を振ってグリンサは部屋を後にした。キジマも出ていく。それを追ってヨウマも去ろうとした時、


「ああ、ヨウマさん」


 と呼び止められた。


「期待、していますよ」

「わかってるよ」


 簡単に答えて、扉を閉めた。その前で、キジマが待っていた。


「鳥のこと、どう見る?」


 キジマが訊いた。


「何でもいいよ。どうせ斬ることに変わりはないんだし」

「お前はいつもそうだな。割り切れてる」

「キジマは割り切れてないの?」

「ガスコの遺言って言ってたろ、同じオビンカとしてちょっと思う所はある」

「ふ~ん」


 興味のあるのかないのか判然としない返事だった。


「そういえば、新しい術使えるようになったってホント?」

「おう、だがお披露目まで秘密だ。俺のとっておきだからな」

「楽しみにしてるよ」

「でもよ、そういうお前も1ヶ月言語魔術の修行してきたんだろ?」


 二人は並んで歩き出す。


「地球はどうだった?」

「んー、特にここと変わらないかな。でも犯罪は少ないよ」

「そりゃいいことだ」

「あ、それとご飯は美味しかった」

「それもいいことだ」


 会話をしている内に、談話室に差し掛かる。新聞を読む社員、テレビを見る男。色々な姿がそこにはあった。


「言語魔術とヘッセってどう違うんだ?」

「魂の違う領域の力を使う、らしい。色々呪文覚えるの大変だったよ」

「呪文ねえ……」


 書類を抱える女ニェーズとすれ違った。キジマは一瞬そっちの方に目を取られた。


「どれくらい覚えてきた?」

「秘密。びっくりさせたいからね」

「なんだよ、お前もかよ」

「ま、期待しててよ」


 二人は拳を突き合わせた。友情に終わりのないことを信じて。そして、勝利を願いながら。





 何よりも暗い、真夜中。とある広場で、ヨウマ、グリンサ、キジマの三人は鳥を見上げていた。細く長い首と、鋭い爪を有する2本の脚。枝垂れる尾。概ね不死鳥と言って想像できる容姿をその鳥はしていた。ただ一つ違うのは、赤ではなく青い炎で体を包んでいること。


「さあヨウマ、やっちゃって」

「無責任だなあ……」


 呟きながらヨウマは1歩前に出た。


「轟く雷鳴、嵐中の一閃。稲光の果てに待つ者よ。この手に一撃を齎せ。王雷!」


 彼は右掌を鳥に向ける。すると轟音と共に眩い光線が放たれ、翼を射抜いた。鳥はキンキンとした声を上げて高度を落とす。それを認めたキジマは走り出す。強化した脚で飛び上がり、鳥の顔面に一撃を食らわせる。彼の拳を包み込む、極小の風の刃の集合体が肌を切り刻み、肉を抉る。黒い血が散って、彼の顔を濡らした。


 しかし、着地した頃には鳥は傷を癒やしていた。口から青い炎の塊が吐き出され、彼は危うく消し炭になるところだった。


「ホントに不死鳥なんだ……」


 ヨウマは呟いた。


「なんかないのか? 回復させない呪文とか」

「あるにはあるけど斬らないといけない。どうにか引きずり降ろさないと」

「なるほどねえ……」


 会話もそこそこに、炎が襲い来る。二人は回避に走った。地面に着弾したそれは燃やすものもないのに燃えていた。


 遠距離攻撃は無意味と悟ったのか、不死鳥は一気に高度を落として接近をしてくる。それを好機と見て、ヨウマは詠唱を始めた。


「天空の向こう側、雄々たる雷刃よ、命に刃向かい終焉を呼べ。雷滅!」


 刀身が雷を帯びる。脇構えに得物を保持し、すれ違うその一瞬を待つ。迫る。迫る鋭利な爪。今、踏み込んだ。飛散する黒い液体。地面に落ちる、細い脚。不死鳥は飛び上がり、再生を待つがその気色もなかった。


(よし、効くな)


 そこに彼は勝機を見出す。あらゆる魔術的治療が不可能な傷を与える術。それが雷滅だった。


「まだやる?」


 彼は切っ先を敵に向けて言う。肩が上下していた。


「鳥に言葉は通じねえだろ」

「確かに」


 指摘されて、彼は少し可笑しくなった。


 飛来する炎を躱し続けて、30分が過ぎた。東の空に薄っすらと光が見えてきた。不死鳥の炎はそれを浴びて勢いを失い、吐き出す炎弾も小さくなっていた。


「太陽の光に弱いのかな」

「みたいだね」


 そう答えたグリンサは息を切らしていた。


 不死鳥は朝焼けを見ると慌てるようにして飛び去っていく。そして、空にぽっかりと空いた穴に逃げ込んだ。


「今日のところは勝ちでいいのかな」


 ヨウマが言う。


「引き分けじゃない?」

「逃げられた、という点では敗北とも言えます」

「じゃあ間を取って引き分けだ」


 彼は静かに刀を納めた。薄明に包まれて、欠伸を一つ。


「じゃ、帰ろっか」


 グリンサに言われて、後の二人は頷いた。広場から少し離れたところに停めてあったパトロールカーに乗り込む。


「いやあ、燃えなくてよかった」


 笑い混じりに彼女が言った。


「縁起でもないこと言わないでよ」

「ハハ、そりゃそうだ」


 アクセルを踏み込んだ彼女は軽やかな加速を感じた。


「収穫はありましたね」

「うん。ヨウマの術なら不死鳥だって殺せる。それがわかっただけで今回は十分だよ」

「作戦考えなきゃね」

「そうだねえ、うまくヨウマを活かせればいいんだけど」

「雷滅、一日に一回しか使えないんだよね」

「魔力の消費が激しいってことか。うーん……」


 まだ道に車は少ない。ヨウマは退屈の極みだった。


「再生には少し時間がかかるみたい。そこを突ければ勝てるかも」


 彼の提案で、グリンサは一つ思いついたことがあった。


「翼を一瞬でももげれば十分チャンスを作れるのかな。ま、考えるのは休んでからにしようよ。疲れてる時は碌な案が出ないからさ」


 それからは暫し沈黙があった。やがて彼女は鼻歌を歌いだし、ハンドルを切った。


「グリンサってなんで警備会社に入ったの?」

「んー。秘密。聞いても面白くないしね」

「ちょっとくらい聞かせてよ、いっつもそうやってはぐらかすじゃないか」

「引かない?」

「引かないよ」

「……復讐だよ。まあ団長が仇殺しちゃってもう叶わないんだけどさ」

「そうなんだ」


 ヨウマの声音に感情は薄かった。


「なんで話してくれなかったの?」

「なんていうか、恨みを引き継いでほしくなかったんだ。ニーサオビンカも潰れちゃったし、これから何を目標に生きようかなあ」

「僕らがいるじゃん」

「背負ってくれる? 私の生きる意味」

「いいよ、背負う」

「もしかして、俺巻き込まれてます?」

「当たり前じゃん」


 ヨウマは僅かな驚きと共に言った。


「相棒なんだからさ、背負うものも一緒だよ」

「全く……」


 だがキジマは微笑んでいた。復讐。彼はそれを望んだことがあった。だが、それを達成する一助となったことで溜飲を下げることには成功していた。窓の外ではランニングシャツの男女が並んで走っていた。そういう、日常的なものを守ろうというのがモチベーションに変わっていた。


「そういえば、キジマは?」

「親父が団長の世話になってな。団長のために働きたかったんだ」

「キジマの親のこと気になってきたな」

「オビンカの決まりを破ってさ。角折られたんだよ。行き場所がなかった親父を団長が助けてくれて、コゥラまでくれた。なら、その分返さなきゃならねえだろ」

「僕と同じかあ」

「ま、そうだな」


 ヘヘッ、とキジマが笑った。


「君らは胸を張っていいよ。そういう綺麗な目的があるっていいことだ」

「綺麗、かあ」


 その言葉の意味を考えてみる。恩返しは美しい、という世間一般の考えはよくわかる。だがその手段が繰り返される殺人というのは──


「恩返しのためにヒト殺しをさせる親とは、嫌なもんだな」


 ──フランケに向けられた言葉を思い出す。


(別にいいじゃん、なんでもさ)


 首を振って振り払った。

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