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決戦 イータイ

 2週間が過ぎた。ヨウマは地球に赴くなど慌ただしい日々を過ごし、今日ばかりはゆっくり休ませてもらおうという気持ちだった。


 今日の昼来た連絡によれば、今夜明けのタルカを纏めているのはイータイらしい。つまり、キジマを取り戻すための戦いは──


(──タルカを潰すことにも繋がる)


 ここ最近、夜明けのタルカの幹部が相次いで逮捕ないし殺害されている。ニーサオビンカも数を減らし、テロの発生件数は右肩下がりとなっている現在、ユーグラスはこれを好機と見ている。ここで痛撃を食らわせることで、完全にタルカを潰そうというのだ。


 それがオビンカ・グッスヘンゼに波及してその機能を失ったとしても構わない、というのが総統府とユーグラスの姿勢だ。テロ組織を容認してきた歴史を踏まえれば、そうなるのも当然だとヨウマは思う。


 しかしそんなことはどうでもよかった。明日に控えたイータイとの決戦が、彼の心を震わせる。


 そこで、扉が叩かれた。


「はいはい」


 と出れば、優香が待っていた。縦縞の寝巻きに包まれた彼女は、ヨウマの手を握った。


「ご飯の時に、明日出なきゃいけないって言ってたじゃん」

「そうだけど、何?」

「キジマさんのことなのかな、って思って」

「……中で話そっか」


 ベッドに並んで座る。


「正直さ、怖いんだ」


 とヨウマ。俯いていた。


「もしキジマを助けられないまま僕だけ生き残ったら……どういう顔をしてこの先生きていればいいかわからないんだ」

「大丈夫、なんて無責任なことは言えないけど──」


 優香が彼の肩に頭を乗せた。


「──待ってるから」


 何のために戦うのか、それが彼の中で渦巻く。最初は、キジマが救えるなら死んでもいいと思えた。しかし、こうやって体温を感じていると生きている価値というものを思いもする。


「ヨウマが死んだら、私も深雪ちゃんも嫌だからさ、お願い。帰ってきて」


 強い視線を、見ずとも感じる。


「……わかった」


 と短く返事をする。


「ねえ、こっち見て」


 それに応じた次の瞬間、唇が重なった。


「ファーストキスだから」


 優香は逃げるようにそう言って、部屋を出た。一人になったヨウマは、そっと唇に触れた。タジュンとは違う、幸せな味が残っていた。





 朝が来た。ヨウマはイータイを一度殺したあの広場に立っていた。


 どうやってイータイを引っ張り出すのかヨウマが問えば、オパラは


「内通者を使って誘導します」


 とのことだった。


「ホントに来るのかな」


 などと呟いて待っていれば、見慣れた顔が現れた。何より親しい、あの顔が。


「なんだ、そういうことか」


 イータイが鼻で笑いながら言った。


「『彼』がここに来いって言うから何かと思えば……決着をつけたいと俺も思っていたところだよ」

「そうだね、僕も準備をしてきた」


 ヨウマはウェストポーチから一枚の札を取り出す。曲線で構成された文様が描かれていた。


「言語魔術か? お前も学んだんだな」

「似たようなものだよ」

「まあ何でもいいか。行くぞ!」


 イータイが地面を蹴った。棘付きのナックルダスターが肉を抉るその一寸手前のところでヨウマは回避を続ける。持つ札は唯一。チャンスはそうそうない。


「そうだよなあ! 刀は抜けないよなあ!」


 嘲笑の混じった声音で彼は言う。


「早く見せてみろよ、その準備とやら!」


 避けきれず、顔面に拳がぶつかる、その直前。イータイの動きが止まった。


「ちいっ、出てきやがった!」


 内奥でキジマが踏ん張っている。それを理解したヨウマは動いていた。札をイータイの胸に押し付け、一言。


「信じて」


 と。ヨウマの声が早朝の広場に響いた──。


 目を開けた時、彼は踝ほどの高さの水が広がる空間に立っていた。無窮。その言葉のよく似合う場所だった。彼の前には最初に出会った時の姿をしたイータイと、ベッドの上で鎖で繋がれて横たわるキジマの姿があった。


「精神に入ってくるとはな」


 ベッドに腰掛けたイータイが言う。


「いいぜ、面白い。満足できるまで相手になってやるよ」


 彼は立ち上がり、右手に剣を生み出した。そしてベッドを左手で押すと、スーッとそれは滑っていった。


「武器を出しな。丸腰の奴を殺すんじゃあ、つまらないんでな」


 ヨウマは愛刀のことを念じる。すぐにケサンがそれに応え、生身の右手の中に武器を形作った。


「それでいい。さあかかってこ──」


 言い切る前に、ヨウマは斬撃を飛ばしていた。結界で受け止めるイータイ。しかしそれは斬撃と相殺されて吹き飛ばされた。


「いい術だ」

「ありがとね」


 2、3度二人は同じことを繰り返した。防戦一方になることを危ぶんだイータイが接近してくる。何度か攻撃を弾く。上からの一撃を防いだところで、蹴り飛ばされた。


「まさか斬撃を飛ばせるようになれば勝てると思っていたのか?」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと用意してあるよ、新しい術」


 ヨウマは刀を逆手に持ち、切っ先を下に向ける。その柄頭に左手を重ねて、口を開いた。


「現身の形、魂の形。全てを象れ。幽影の双」


 パッ、と彼の体が光を放つ。それが収まれば、その両隣にヨウマが増えていた。彼らは本体と同じ刀を携えていた。


「印を絡めた言語魔術か。この短期間でよく習得したものだ」


 イータイは上がる口角を隠さない。


「見せてみろ、お前の全力」


 迫る敵。ヨウマは真正面から攻撃を受け止めた。重みのある一撃は彼を少しばかり後退させる。だがやられるだけではなかった。背後に回っていた分身たちがイータイに斬りかかる。イータイは3人の繰り出す斬撃をどうにか捌き、その間を抜けた。


「悪くない、悪くないぞ」


 イータイは剣を大上段に構えた。


「飛ぶ斬撃といい、分身といい、お前は才能に溢れている。お前になら殺されてもいいかもな」

「じゃあ死んでよ」

「それとこれとは話が別さ」


 そのまま、彼は走り出した。折れることを恐れない、乱暴でさえある連撃を凌ぎながらヨウマは分身に意識を向ける。分身は静かに敵の背後から忍び寄り、そして今、振りかぶった。


 一太刀、浴びせた。しかし喰らったイータイは蹌踉めきながらも笑っていた。


「やはり魂だとゴス・キルモラは当てにならんな」


 姿勢を戻し、防御の構えを取るヨウマを見下ろす。


「匂いが強すぎる……まあいいか」


 呟いているところに、分身が襲いかかる。左右から挟み込むように動いたそれらの斬撃を、彼は容易く躱し、斬り払った。煙のように消える二人。ヨウマは印を結び、追加を生み出す。ヘッセと言語魔術を組み合わせた詠唱破棄だ。


「無詠唱! いいぞ!」


 次から次へとやってくる分身を斬り伏せながら、イータイは興奮した目を見せる。そこでヨウマが動いた。疲弊したと踏んでの行動だ。だが敵はそれほど甘くなかった。絶え間ない攻撃は、むしろ彼の精神を高揚させるばかりで追い詰めることはできなかった。左手から暴風を生み出し、分身と共にヨウマも吹き飛ばした。


 それでも怯む訳にはいかない。時間は有限だ。迫る30分のタイムリミット。進退なく、二つの刃がぶつかり合い続ける。どちらの息もあがり、見合いになった頃。ヨウマは分身の位置を確認した。イータイを半包囲するように、3体。


(これならいける)


 一つ、彼には策があった。斬撃を飛ばし、分身を生み出す──それだけでニーサオビンカ相手に勝機を作り出せるとは到底思っていない。ましてや剣戟で上を行くのは不可能だ。


「ねえ、イータイ」


 ヨウマが呼びかける。


「イータイには守るものってある?」

「そういう戦いはしてないんでな……強いて言うならプライドだ。そういうお前にはあるのか?」

「守るものも、帰る場所もある。だから負けられないんだ」

「縋るものがなければ戦えないのは弱さだ。真に強いのは闘争それ自体を目的にできる存在だ」

「なんとでも言いなよ」


 彼は話しながら、分身に念を送る。それらは雷の槍へと姿を変えて浮遊した。


「戦いのためだけに生きるくらいなら、僕は弱くていい」


 槍が一挙にイータイを襲う。意識外からの飛来に、彼は回避が間に合わず腹を三方から刺された。血液が飛散する。そしてぽっかりとした穴がそこに残された。


「クハハ……」


 笑いながら彼はその穴を見ていた。


「こりゃやられた。分身としてケサンを外部に出力しておいて、後からその形態を変える。中々高度なことをするじゃないか」

「元気だね」

「魂の戦いなら本当に死ぬまではかすり傷さ。勝てると思ったろ? これからさ、戦いは──」


 そうヨウマを嘲笑った時、灰色の拳がイータイの頬に直撃した。2、3歩後退って、彼は拳の主を見た。


「まだ笑ってられるか?」


 とキジマが怒気の籠もった声で言った。


「こりゃまずい」


 言いつつも、イータイは微笑んでいた。


「ヨウマ、武器はどうやればいい?」

「出ろって思ったら出る」

「出ろよっ──ホントだな。サンキュ」


 棘付きのナックルダスターを嵌め、ファイティングポーズ。並び立ったヨウマの表情はどこか柔らかかった。


「なんだよ」

「ううん、なんでもない」


 突然の拍手が二人の意識を敵に引き戻す。


「美しいねえ、友情は」


 彼は頭の右側に剣を構える。


「敬意を表して、まとめて斬り捨ててあげよう」


 キジマが敵に走り寄る。幾度も剣を潜り抜け、ついにその間合いに捉える。飛んできた斬撃に対処する僅かな隙にねじ込んだ右ストレートが、相手の左腕に刺さる。


「吹っ飛べ!」


 大量のケサンを送り込み、破裂させる。唸るイータイに、ヨウマが迫る。剣を振り抜く──手応えがない。


(分身!)


 気づいた時には、分身は2本の槍に化けて脳と心臓を貫いていた。完全に止まった肉体の胴と頭を、ヨウマは切り離した。転がった首と残った体は風に吹かれた灰のように消えていく。


「勝ち、か?」

「うん、多分」


 ヨウマはぺたんと尻をつく。


「オビンカだったんだね」

「……黙ってて悪かった」


 キジマが視線を外しながら言った。


「ホント、信頼してよ。親友でしょ?」

「そうだな、親友だもんな……」


 彼は遠くを見る。


「どっち?」

「親父だ。オビンカの誓いを破って、角を折られて追放されたんだ。そこを団長に拾われて、地球人のお袋と結婚して、俺が産まれた」

「そうなんだ」


 空はどこまでも澄み渡っている。


「そろそろ30分かな」

「何かあるのか?」

「30分しか術を維持できないんだ」

「じゃあ、後は外の世界で、だな」


 ヨウマの体が消えていく。粒子状に分解されて、天に昇っていく。


「キジマ」


 呼ばれて、彼はそちらの方を見る。


「これからも、親友でいよう」

「おう、いつだって俺たちは二人で一つだ」


 拳を突き合わせた時、ヨウマは消えた。


「お前に見合う男になれるかな」


 苦い顔で呟く。


「いや、なるしかない、か」


 拳を握りしめる。静かに目を閉じて、意識を現実に戻した──。

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