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対峙 キーパ

「んじゃ、やろっか」


 第3支部の、地下訓練場。グリンサはヒトの形をとったケサンの塊を生み出して、そう言った。


「とりあえず普通に振ってみてよ」

「うん、わかった」


 とヨウマは刀を一振りした。何も起こらない。ただ黒い刃が空を斬っただけだ。


「んー、ここからあの人形を斬るイメージで」

「動かずに?」

「動かずに」


 言われた通りに彼はやる。紅いケサンの刃が飛んでいき、人形を胴で真っ二つにした。人形は霧散し、そのケサンを持ち主に返した。


「なるほどなあ」


 彼女は何か得心したようだった。


「多分、『斬る』っていう意志が具現化したのが飛ぶ斬撃なんだと思う。ヘッセって才能によるところが大きいから、私も断言はできないんだけど」

「ふんふん」

「原理としては普通のヘッセと同じかな。人体を切断できるくらいにはしときたいね。ちょっと硬さを調整するよ」


 彼女は再び人形を作り出す。赤色だ。


「多分これでニェーズの肉体の硬さを再現できてると思う。やってみて」


 ヨウマは正眼に構えてから、振り抜いた。『斬る』という意志。それを意識しながら。飛び出した斬撃は人形の表面を傷つける。


「う~ん……」


 人形を観察しながらグリンサが唸った。


「傷跡の深さが一定じゃない。ケサンの出力にムラがあるね。こればっかりは慣れかなあ」


 人形から離れて、彼女はヨウマの傍に戻ってくる。


「刀身全体にケサンを行き渡らせてから、斬るんだ! って思うといいのかも」


 そうして、3時間が経過した。斬撃は徐々に深い傷を残すようになり、ついには完全に人形を断ち切った。


「うん、今日はここまでにしておこうか。あんまり体力使うとパトロールに響くし」

「ありがとね、付き合ってくれて」

「師匠だもん、当たり前だよ」


 ニシシ、と彼女は笑う。ヨウマが突き出した拳に、拳を合わせた。





 ヨウマとグリンサは、懐中電灯を片手に夜の街を歩く。グリンサの方は、左胸に無線機を付けていた。パトロールはこれで三日目。成果は上がっていなかった。


「気温、だいぶ下がったねえ」


 グリンサが言う。


「もうすぐ長袖出さなきゃかな」

「そうだねえ」


 大通りに出て、街灯の下。フラッシュライトを消した時、光を受けて立つ一人の男オビンカの姿があった。5つに枝分かれした角。両の中指に朱い指輪。


「グリンサとヨウマだな」

「そうだけど?」


 と言いながらヨウマは刀の柄に手をかけた。相手は無表情なまま手刀を作っていた。


「遺言を預かってやる」

「考えるのはそっちだよ」


 男が地面を蹴る。ヨウマはその手刀を弾き、少し距離を置いた。


「ニーサオビンカ第6席キーパ。推して参る!」


 無表情同士の戦いは、キーパ優勢の状態で続く。両手を振るっての猛攻の前にヨウマは防御に徹するよりなく、受け止めれば肌まであと数ミリメートルというところまで手刀が迫ってくるのであった。


 横からグリンサが太刀を振り上げて戦いに加わる。そうすると形勢はヨウマの方に傾いてくる。柔軟な太刀筋がキーパの動きを阻害して、彼の付け込む隙を作る。脇腹を、黒い刀身が掠めた。


「くっ……!」


 小さな声を漏らしながら、キーパは敵から離れる。


「諦めなよ」


 ヨウマに言われても、彼の眉は動かない。


「貴様らにはわからんか、より闘争に適した肉体を持つオビンカこそこの地を支配するに値するということが」

「わかんない」


 その返事を受けて彼の表情は少し歪んだ。


「なら死ね!」


 再び接近するキーパ。だが、ヨウマは当たりもしない距離で刀を振り抜いた。すると、その刃から飛び出た紅いケサンがキーパを襲う。彼は手刀を振り抜き相殺したが、その間にグリンサが近づいていた。夜の色をした太刀が、その左腕を刺す。


「このメスがぁ!」


 キーパは筋肉を収縮させ、グリンサの太刀を捕らえる。引けども抜けない。武器を捨てて逃げようとした彼女の左胸に、手刀が刺さった。


「グリンサ!」


 力なく倒れた彼女に、ヨウマは叫ぶ。太刀が落ちる。


「お前もこうなりたいか? ヨウマ」


 挑発じみた言動に、彼は怒りが湧いてきていることを感じる。アスファルト舗装の地面から、足を離す。疾風のような速さで背後に回った彼は何度か相手と斬り結んだ。


 その時、救急車が来る。増援も来た。


「安心しろ、戦う意志のない者は殺さんよ……」


 キーパは言う。しかしそんなことはどうでもいいと、ヨウマは得物を振るう。それをすり抜けて、パトロールカーから降りた増援にキーパは向かう。そして、軽く血祭りにあげた。


 少し離れた所から、ヨウマは斬撃を飛ばす。救急隊員がグリンサを収容するまでの、時間稼ぎ。キーパの言動がどれほど信じられるかわからない以上、援護は必須だった。


 敵が来る。幾度も打ち合う中、時折手刀がヨウマの頬を掠めていった。ぶつかりあえば、ヨウマが押していた。そのためか、定期的にキーパは離れて、姿勢を低くして隙を窺うのだった。


(絶対に斬る)


 救急車が去っていくのを見ながら、ヨウマは思う。


(絶対に、斬る!)


 念じて、刀を振った。飛び出した斬撃に対し、キーパは相殺を試みる。しかし、叶わず、右腕が斬り飛ばされた。


「ケサンを纏った上から斬るとは……フフ、面白い」


 彼は俯き気味に言う。


「しかしここまでだ。また会おう、ヨウマ」


 落ちた腕を拾い上げ、キーパは少しずつ後退る。


「ホデン!」


 掛け声があったと思えば、彼は姿を消した。残されたヨウマは、歯軋りするしかなかった。





 隠れ家のアパートに召喚されたキーパは、新聞紙の上で部下のホデンという女ニェーズによる治療を受けていた。切断された腕を元通りにしてもらった彼は静かに部下を抱き寄せた。


 置かれている家具は二人用のベッドに、キッチンのカウンターに寄せられた二人用の机。キッチンには冷蔵庫にIHコンロなどと、必要なものは揃っていた。


「すまないな」

「いえ、キーパ様のためですから」


 ホデンに角はない。稀に生まれる角なし、イルオビンカと呼ばれる存在だ。奴隷にも等しい扱いを受けていた彼女を取り立てたのが、キーパである。召喚術と医療術の才に恵まれた彼女は、キーパの優秀な手駒となった。


「キーパ様の視界を通じて、戦いを見せていただきました」


 とホデン。


「あの女は死んだでしょうか」

「わからんな。優秀な医療術の使い手であればあの程度の傷はすぐに治せる……今日明日動けるわけではないだろうが」

「明日も向かわれますか?」

「ああ、せっかくヨウマの方から出向いてくれたのだ、この機会を逃すわけにはいくまい」


 キーパはすっくと立ち上がる。


「食事の用意ができております」

「ならそうしよう」


 彼は椅子に腰掛けた。ホデンがハンバーグを乗せたプレートを机に置く。クーへという、赤みがかった、地球でいう米のようなものが主食だ。スープの類はない。黄色い茶が添えられていた。


神に感謝をキオ・エルセ


 二人はそう言ってから、食事を始めた。静かなものだ。どちらも一言も発さないまま、ナイフとフォークで肉の塊を口に運んでいた。


 そうして15分ほどして、二人はほぼ同時に食事を終えた。席を立ったキーパのポケットの中で、携帯電話が震えた。


「──ヨウマ、明日もパトロールに出るようだ」

「もう、これ以上のお怪我をなさらないでください」

「俺も油断をしてしまった。反省はしたさ」


 フッ、と彼は自嘲的な笑みを見せる。


「しかし、ヨウマのケサン量は異常だな」

「そうなのですか?」

「俺の腕を包むケサンの膜を簡単に打ち破ってしまった。あれがイニ・ヘリス・パーディというものなのか」

「自信を持ってください。キーパ様が亡くなられれば、私は……」

「わかっている。お前を一人にはしない」


 治った右腕をさすりながら彼はそう強く言った。


(次に戦う時、どちらかが死ぬ)


 声に出した言葉とは裏腹に、彼はそう確信していた。


(この人生、面白いものだったな)


 眉一つ動かさず、虚空を見つめた。


「お風呂の用意もできておりますが」

「ああ、入る」


 ポン、とホデンの肩を叩いて彼は脱衣所へ向かった。


 服を脱ぐ。傷だらけの肢体が、LED電灯の下に曝された。鏡に映った己の体をまじまじと見ながら、


(戦わない生き方を探すべきなのだろうか)


 と思った。オビンカの社会は、戦士として武勲を上げることを何よりの名誉とする。男だろうと女だろうと、闘争に関わらない者は排斥されてしまうのが現状だ。彼はそれを悪とは考えていない。そこに適応してきたのが彼だ。ニーサオビンカに数えられるようになって30余年。敵を殺し続けてきた人生だった。


 20分ほど、湯船に漬かった。体をタオルで拭きながら、右腕に増えた傷跡を見る。


(研ぎ澄まさねば)


 グッ、と右手を握りしめる。目を閉ざす。しばらくして、開いて、服を着た。


「あがったぞ」


 食器を洗うホデンにそう声をかけた。それからベッドに腰掛け、ガスコと連絡を取る。秘匿性が高く、サーバー管理者でもその内容を検閲できないアプリを使う。


『ヨウマと接敵しました』

『殺せたか?』

『いや 撤退しました』

『そうか。ヨウマが明日も動くことは聞いているな?』

『はい ナビゲーションをヘイクルに依頼済みです』

『用意がいいな。成果を期待しているぞ』


 そこで会話は終わった。仰向けに倒れる。


(明日が命日になるやもしれん)


 そう思えば、時間は粘性を持ち始めた。秒針の動くカチリという音も、ゆっくりになる。少しずつ、意識が遠のく──。


「キーパ様?」


 ホデンの優しい声で、彼は起きた。


「お疲れですか?」

「そうだな、戦いに治療に、ケサンを使いすぎたかもしれん」

「なら、お早くお休みになってください」

「まだ少し起きているさ」


 彼女が隣に座る。


「その、折り入って相談致したいことがあるのですが」

「どうした?」

「命が……宿りました」

「……そうか」


 彼は静かにそう言ってから、ホデンを抱き締めた。そして接吻を交わす。


「ヨウマとの決着をつけたら一度居住区に帰ろう」

「はい、お待ちしております」


 二人は並んで横になった。


「必ず、帰ってきてくださいね」

「約束しよう」


 手を握り合って、体温を確かめる。戦士として、夫として、勝たねばならない戦いであった。キーパ、84歳のことである。

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