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対峙 ロコル

 爆風が、ガラス窓を吹き飛ばした。とあるビルの3階、閉じ込められた十数人を巻き込んで。煙漂う空間に、一人のオビンカが足を踏み入れる。ロコルだ。指輪を嵌めた両手をぶらぶらと動かしながら、ヒトの形を留めていない死体を蹴り飛ばした。


「少し物足りないでしょうか」


 あったはずの机はボロボロに崩れて、破片を撒き散らしている。


「まあ、これでヨウマを動かせるはず。タルカが計画通りに動いていれば、ですが」


 10分もすれば、サイレンが聞こえてくる。


「さあ、始めましょう」





 ヨウマを含め、警備会社警備部所属の者は、三つある支部に分散して待機していた。その中で、ヨウマは本部の会議室で出動を待っていた。


 3時間前、夜明けのタルカから爆破テロを起こすと予告があったのだ。場所は不明。故に、オパラはどこで起きても一定の成果が見込めるよう待機を指示したのだった。


 バン、と扉が開かれる。青い顔をした女ニェーズだ。


「ロクアバスビルで爆発! ヨウマ班とゴーザ班は出動して下さい!」


 すっくと立ち上がったヨウマの後ろに、ニェーズが3人ついてくる。280センチと大きな体をした剣士のクルセ、ニット帽を被った槍使いオーバス、眼鏡をかけた二刀流のヒマジ。


「七幹部は無し、ですか」


 クルセが言う。


「脅威度が低いんでしょ。なんとかなるよ」


 振り向かずにヨウマは言った。しかし油断ができないことは理解していた。


 装甲車に乗り込む。2班8人の部隊。そこにどのような意味があるのか、ヨウマは知らない。だがその仕組みを作ったオパラを疑うことはしない。自分には与れない理由があるのだと思えば、それで十分だった。


「爆発は3階で起きました」


 運転手が告げた。


「人質は?」

「わかりません」


 問うたヨウマも、大した期待はしていなかった。


「ヨウマ班が最初に突入、ゴーザ班は第二陣です」

「了解」


 という声が重なった。


 10分の移動を経て、彼らは現着する。地面に散ったガラスの破片を踏むと、パリンという音がする。


「さあ、行こうか」


 ヨウマはそう言うと刀を抜き、ビルの中に入った。階段を駆け上がり、3階のオフィスに踏み込む。


「おやおや、お越しのようで」


 死体を足で弄りながら、ロコルが言う。


「私はロコル、ニーサオビンカ第5席でございます」


 それを聞いてヨウマは、最悪だ、と思った。クルセは無線機を通じて誰かと話している。


「ふむ、ヨウマは一人にするようにお願いしていたはずですが……いいでしょう、相手になります」


 ロコルは右手で銃の形を作る。


「私の得意とするのは、爆破術。一撃で肉体を吹き飛ばすことができます。それでも戦いますか?」

「命を賭けるのには慣れてる、今更逃げたりしないよ」

「いい覚悟です。好きですよ──」


 話終わる前に、ヨウマは床を蹴っていた。ロコルの指先から小さな光の弾丸が飛ぶ。屈んで躱す。壁に着弾したそれは小さな爆発を起こし、抉った。


 下から上への斬撃。短剣がそれを弾く。ロコルは後退する。それを追おうとするヨウマの眼の前で閃光が放たれた。直視してしまい、目が眩む。


「俺に任せろ!」


 ヒマジが両の剣を抜き、敵に向かう。2、3度斬り結びながら、壁に追い詰めていく。しかしロコルの左手が彼に触れると、その肉体が破裂し内蔵を撒き散らした。


「フフ……ハハハ!」


 ロコルは笑い出す。


「この爆発、そう、爆発こそが生命を踊らせる!」

「隙ありぃ!」


 槍を握ったオーバスが突っ込んでいく。素早い突きが幾度となく繰り出される。その内の一つはロコルの左腕に刺さった。だが、ロコルは退くことなく右手を相手に向け、光の弾を撃ち出す。それは頭に当たり、爆発した。飛散する脳。眼球だったもの。歯の破片。その光景はクルセを尻込みさせた。


「怖いでしょう」


 視界が戻ってきたヨウマの前で、傷をヘッセで治療しながらロコルが口にする。


「怖いだけじゃね」


 刀を下段に構えたヨウマが不敵に言う。しかし、敵の言う通りに容易く命を奪ってしまう術を見せられて、怯えていないと言えば嘘になる。それでも戦わなければならないという事実を前に、彼は粛々と運命を受け入れた。


 ロコルが短剣を納める。そして両手で銃を作った。


「いきますよ」


 そう言った彼は指を前に向け、連続で弾丸を放った。平になったオフィスを駆け巡りながら、ヨウマは攻撃の機会を探し続ける。術を使えない間合いでの戦いは、おそらくそれほど練度が高いわけでないことをヨウマは察していた。近づきさえすれば好機は作れる──その考察を正しいと信じて、一歩を踏み込む。


 何故だか、ヨウマには飛来する弾丸が遅く見える。劇的な感情の変化などなしに、イニ・ヘリス・パーディになっている。酷い話だが、今死んだのは大した関わりもない平社員、それを見たところで彼の心を突き動かしはしない。それでも箍が外れている。出力自体はイータイやゴーウェントと戦った時より落ちている感覚はあるが。


(なりやすくなってる、のか?)


 自らに起きた変化は置いておいて、回避に集中する。眼の前には壁。それを蹴って、宙返り。着地と同時に走り出し、右に左に動きながら接近。何度か斬り結んだ末、彼は左腕を斬り落とした。


「降参しなよ」

「そういうわけには参りません」


 どうせ死刑だ、とヨウマは言わなかった。


 更に一撃を加えようとした彼を、爆風が吹き飛ばす。視界が晴れた頃には、ロコルは左腕を取り戻していた。紅い粒子はあまり出ていない。自身がそうしたように、漏れ出るケサンを抑えているのだろうとヨウマは推測した。


「再生術、ってやつ?」

「ええ、私自身が爆発に巻き込まれることもありますからね」


 話しながら、ヨウマはクルセが相手の後ろに回ったのを確認した。


「でも、首を刎ねれば死ぬよ」

「いい作戦です」


 相手の手の届かない、しかし踏み込めば届く間合いを彼は維持する。そっと近づいてくれば、同じだけ後退る。


 クルセが走り出した。長剣を胸のあたりに抱え、突撃する。足音でそれは気付かれ、ロコルは天井近くまで跳躍した。そして、両手を合わせることで一際大きな弾丸を発射して、彼を消し飛ばした。


 だが、ヨウマも動いていた。左手に雷の槍を生成し、飛ばす。体を捻って頭の代わりに脇腹に直撃を喰らったロコルは床に転がり、力の籠もった瞳で相手を見上げた。


「まだやる?」

「ええ、私は貴方を殺すとガスコ様に誓いましたから」


 彼は体を起こし、左手で傷を癒やす。


「まさか、これほどの傷で私を殺せるとは思っていなかったでしょう?」

「うん。でも、避けられてびっくりしたよ」


 ヨウマは深く息をする。胃の内容物の酸っぱい匂い、排出される前の糞や尿の嫌な臭い、それらが混ざって鼻孔に吸い込まれていく。


「甲殻を撃ち抜くその威力、称賛に値します」


 ロコルが両掌の間に光球を生み出す。バスケットボールくらいの大きさだ。


「試したくはないですか? 私と貴方、どちらのヘッセが強いのか」

「興味ない」


 その答えを聞かず、彼はそのボールを投げた。今のヨウマにしてみれば、遅すぎるくらいのスピードだった。槍をぶつけることは容易で、事実球が手から離れた次の瞬間には対処が完了していた。


 しかし、弾け飛んだ球体は幾つもの小さな弾丸へと変化し、一斉にヨウマを襲った。退いても、追ってくる。まずい──直感的に理解して、走り出す。すると弾丸の幾つかが前に回り込んできた。避けられないと、どうしようもないと、そう思った時、彼の周囲を黄色い半透明の板が覆った。


 その板──つまりは結界が全ての弾丸を受け止めて、煙が彼を包む。


「遅かったみたいね」


 低い、深みのある声がした。


「イルケ?」

「ごめんねヨウマちゃん。私の現場片付けてたの」


 視界が戻ってきて、彼は銀色の髪が揺れるのを見た。その煙管は真っ直ぐに敵に向かっていた。


「私としたことが、手間をかけすぎましたね」


 ロコルは苦い表情を見せる。


「ここから先、死ぬのはあなた一人よ、ニーサオビンカ」

「ロコルです、どうぞお見知りおきを」

「覚える価値のない名前ね」


 煙管の先端から、龍を象った炎が飛翔する。ロコルは結界で防御の構えに入るが、イルケの莫大なケサンから生み出された龍はそれを軽く食い破り、彼に迫る。横に転がってそれを回避した彼だが、今度はその右肩を熱線が貫く。


 熱と痛みに唸りながら彼は起き上がる。両手を向け、10の弾丸を飛ばす。しかし、そのそれぞれが極小の箱に閉じ込められ、無駄な爆発をした。その微細なコントロールを行いながらも、イルケはヨウマの周囲にある結界を維持していた。


「もうわかったでしょう? あなたの攻撃は全て無駄なの」

「だとしてもやり遂げなければならない使命です」

「そう」


 冷たく言い放ったイルケは再び炎の龍を生み出す。此度、ロコルは防御でなく攻撃に動いた。龍のすぐ傍を駆け抜け、右掌に球を生み出して駆け寄る。だが、届かない。またも、箱の中に球は封じられてしまう。


「さようなら」


 そう言うのと同時に、イルケは勝つ術など存在しないと悟ったロコルの眉間を熱線で撃ち抜いた。倒れた彼の脈を計る。止まっていた。


「ヨウマちゃん、怪我は?」

「ないよ」

「そ、ならよかった」


 結界が消え、ヨウマは自由を取り戻す。


「でも、僕には守れなかった」


 ぐちゃぐちゃになった死体を見ながら、彼は零す。


「そうね、それは残念だわ」


 イルケは彼の頭を撫でる。


「もっと強くならなきゃね。あなたならきっとなれるわ、守りながら勝てる戦士に」

「だといいな」





 爆破テロの発生した地点は七つ。それら全ての対応が完了し、警備会社の警戒態勢は一段階引き下げられた。ヨウマは帰宅を認められ、社屋を出ようというところで呼び止められた。


「何?」

「キジマさんのことで、お話が」

「もしかして助ける方法が見つかった?」

「確実ではありませんが、可能性のある手段を見つけました」


 話しかけてきたのは身の丈240センチほどの男ニェーズ。半袖のシャツから見える二の腕に甲殻があった。


「精神世界に侵入して魂と直接対峙できる秘術を見つけました」

「どれくらいのケサンがいる?」

「……イニ・ヘリス・パーディとなったヨウマさんでも足りないかもしれません」


 ヨウマは俯いて、唾を飲んだ。


「でも、一つ方法があります」


 その言葉を聞いて、彼は顔を上げた。


「結界を維持しているイルコーと呼ばれる方の魂なら、莫大なケサンを供給できます。それを使って儀式を行えば、あるいは」

「わかった。そうしよう。詳しい計画を立てておいてほしい」

「ええ、お任せ下さい」


 ニェーズは頭を下げながら奥へ引っ込んでいく。一人残されたヨウマは、歩き出した。


(キジマ、待ってて)


 外に出れば雨が降っていた。傘立てから自分のを取り、差す。


(救ってみせる。相棒だ、兄弟だ。僕がやるんだ)


 風も強い。横殴りの雨が彼を襲う。それでも真っ直ぐ歩く。


 帰り着くと、優香に出迎えられた。


「ほんと、夕立って嫌だね」

「ね~。シャワー浴びてくる?」

「そうするよ、ありがとう」


 濡れて肌に張り付く服を脱ぐ。


(怪我をしなかったのは、運がよかったからなのかな)


 そんなことを考える。


(ま、いいか。生きてる方の勝ちだ)


 とはいえ、イルケがタイミングよく来てくれなければ死んでいたのは事実だ。心の底から感謝しながら、風呂場に入った。


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