『ストーンブック』が『黄金に輝く麗しの女神』様に落札されて、ちょうど一ヶ月がすぎた。
今日は月に一度開催されるザルダーズの異世界オークションの日でもある。
世にも珍しく、高価なものを手に入れたいと願う人々が集うザルダーズのオークションハウスは、終盤にさしかかり、異様なほどの熱気と興奮に包まれていた。
「皆様……お待たせしました! 本日、最後の品でございます!」
トリを飾るベテラン競売人――オークショニア――の滔々とした口上と共に、コロつきの台座が、スタッフの手によってオークションの舞台へと運び込まれる。
台座はコロコロと小さな音を立てながら舞台の中央まで進むと、そこでピタリと止まった。
スポットライトが、台座の上に鎮座した今回の主役に当たる。
会場の空気が静かに、しとやかに……ざわざわとざわめき始める。
てらてらと光沢を放つビロード生地を載せた台座の上には、手のひらに乗りそうな小さな石の塊が「ちょこん」と鎮座していた。
「こちら……。某帝国にて、デビューしたての幼い冒険者たちが、古代遺跡にて発見した世にも貴重な『ストーンボックス』でございます!」
老練なオークショニアが低く、滑らかな声で説明する。
会場に押し殺したどよめきが連鎖反応のように広がっていく。
「ああ、あれが……」
「例のちびっ子冒険者たちが発見したという、石の古代遺品シリーズ第二弾!」
「前回のオークションでは『ストーンブック』が『黄金に輝く麗しの女神』様によって10000万Gで落札されたそうよ」
「ええ。ええ。知っていますわ」
「じゃあ、今回も……」
「いよいよよね……」
「いよいよだな……」
ダン!
シワ一つ無い燕尾服を隙なく着こなしたベテランオークショニアは、年代物の木槌――ガベル――を高く振り上げ、これまた年代物の打撃板――サウンドブロック――めがけて軽やかに叩きつける。
参加者たちの注目を集めるため、浮足立つ会場の空気を引き締めるために、オークショニアは手に馴染んだガベルを高々と掲げてみせた。
それだけで、人々の視線がガベルに集まる。
だが、すぐに木槌を叩くことはしない。
ピタリと動きを止め、全員の視線が一点に集中したと判断した瞬間に、もったいぶった仕草でオークショニアはガベルを振り下ろす。
ダン!
高級蜜蝋ワックスで磨かれ、艷やかな光沢を放つサウンドブロックを優雅に叩く。
会場の隅々にまで響き渡る高らかな乾いた音に、着飾った人々は、夢から覚めたかのようにはっと息を呑んだ。
ダン!
澄み切った音に導かれ、オークション参加者は口を閉じ、視線を舞台へと戻す。
ビロードの生地の上には、石でできた箱……いや、箱の石彫が鎮座していた。
「こちら……まるで本物の箱のようではありますが、間違いなく、石でできたものでございます。石の種類は鑑定の結果、世にも珍しい代理石と判明いたしました。魔力も微量ながら含有しており、間違いなく、用途不明の古代遺品になります」
静かなざわめきが、驚きとなって波紋のように広がっていく。
ここに集う人々に『代理石』がどのようなものであるか、いかに貴重な石であるか、という説明は不要だろう。
場がしらけるだけだ。
「まあ、あの貴重な代理石ですって!」
「見たこともない古代遺品だ!」
「なんて、緻密で精巧な彫刻なの……」
今日、この場に集った仮面の貴人たちは、声を潜めてさわさわと囁きあう。
「魔石や宝玉が使用されていたら、もっと素晴らしいものとなったのに……」
「ええ。残念ですわ……」
「でも、あの彫刻、素晴らしい細工ですわ。今の細工師にこれだけの仕事ができるかしら」
「さすが古代遺品ですわね」
「なにに使用したのかしら?」
「小物入れ……かな」
「アクセサリーをしまうには……少し小ぶりですわね」
「石ということは、普通の装飾箱よりも重いのかしら?」
パートナーと共に参加した者たちは、競売人の解説を聞きながら、舞台に華々しく登場した出品物の品定めを愉しむ。
今回のオークションは私語が多く、ことあるごとに会場がざわざわと震えている。
全てが浮足立っている。
参加者はチラチラと会場内に視線を走らせながら、舞台に登場した『ストーンボックス』を観察する。
口元を扇や手で上品に隠しながら、マナー違反とならないギリギリの声量で、感想を早口で語り合う。
この緊張……スリルがたまらないと、参加者たちは口を揃えて言う。
「……ねえ、ねえ。やっぱり、今回はいらしていないみたいよ?」
「ほんと。残念だわ。カタログを見たときは、ちょっと期待したのに……」
「ああっ。『黄金に輝く美青年』様が、今回もいらっしゃると思って、新しいドレスを急いで用意させたのに……」
「わたくしはアクセサリーを買い揃えましたのよ」
「がっかりだわ……」
「あら! あきらめるのはまだ早いわよ」
「人混みで見えないだけじゃないかしら? きっと、あの方はいらっしゃるわ」
「あれだけ素敵な方なら、どこにいらしてもすぐにわかるわよ」
オークション参加者のおしゃべりはなかなか終わらない。会場の空気はいつまでもざわざわと震えていた。
ベテランオークショニアは、軽く目を閉じ、耳をすます。会場が鎮まり、人々の興味が参加者席から、舞台に登場した出品物に移るのを辛抱強く待っていた。