その日の夜中。
最後に大番狂わせが起こったものの、その後はいつも通りの手順でオークションは滞り無く終了した。
「ガベル……お疲れさん」
「お疲れさま、サウンドブロック」
ガベルと彼の相棒のサウンドブロックは互いの仕事を労いあう。
仕事が終わり、身ぎれいになったふたりはニヤリと笑みを交わした。
この充実感。
満足な働きができた喜びをわかちあえる相棒がいるという喜び。
さらに、今日はとてもステキな人に出会えた。
そのステキな人――『黄金に輝く麗しの女神』様――も大変満足されたご様子だった。
この幸せな瞬間をいつまでも、何度でも味わいたい……とガベルは思う。
おそらく、ガベルの相棒もそう思っているだろう。
ザルダーズの立ち上げ時期に知り合った相棒とは、とても長いつきあいになる。
相棒がいなくては、この仕事はなりたたないだろう。
世界で唯一無二の大事な……欠けてはならないパートナーだ。
軽口を叩きあうこともあるが、互いに尊敬しあう仲だ。
「今日も無事にオークションが終了したね! 女神様、とってもステキだったなぁ。カッコよかったなぁ」
ガベルの言葉に、サウンドブロックが応える。
「ああ……。あの、トンデモナイ『黄金に輝く麗しの女神』様にはちょっとばかり驚いたが、ちゃんと品物の取引も終了したそうだぜ」
「そうなんだ」
「驚いたことに、現金を受付でぽーんと払って、その場で落札品を小脇に抱えて帰ったそうだぜ」
「すごい! 見た目は楚々とした女神様なのに、やることはオトコマエだね!」
10000万Gという大金を迷うことなく提示して、『ストーンブック』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』は、オークションが終了するやいなや、落札料金を大金貨で払ってしまうと、その場で出品物を受け取ったという。
配送も可能だと告げるオークション職員を振り切って、『黄金に輝く麗しの女神』様は、『ストーンブック』をまるで、本物の本のように脇に抱えて、立ち去ったらしい。
受付スタッフやドアマンは、ビュッフェにも立ち寄るように勧めたのだが、
「門限がありますの。早く帰らないと、わたくし怒られてしまいますのよ」
と、彼女は特に慌てた風もなく、口元をほころばせ、天上の微笑みをオークションスタッフに向けたという。
その眩しい微笑にスタッフがひるんだすきをついて、女神様はオークションハウスを退出したそうだ。
本当に門限があるのか、たんに、女神様がオークション参加者たちとの交流を嫌がっただけなのかはわからない。
もともとザルダーズのオークションは匿名性の確かさと、スタッフの口の堅さをウリにしている。
その徹底された姿勢が多くの貴人たちに支持され、大きく成長したのだ。
なので『黄金に輝く麗しの女神』様や『黄金に輝く美青年』様が何者なのか……は詮索してはいけないルールであった。
ザルダーズが用意している仮面をつける参加者は、特に、己の身分を詮索されるのを嫌う傾向にある。
あるいは、目当ての商品を求めて、やむなく参加したとか……。
特注の仮面からアシがつくのを避けるため。
もしくは、一度しか参加するつもりがなく、わざわざ仮面を作る必要がないかのどちらかだ。
参加者をあれこれ想像するのは自由だが、事実も憶測も口にだすことは……スタッフには許されていない。
『黄金に輝く麗しの女神』様は早々に会場を後にした。
そして、『黄金に輝く美青年』様も、オークションが終了した頃には姿が見えなくなっていたという。
彼と懇意にしたがっていた貴婦人たちは、とても残念がっていたそうだ。
護衛もつけず、大金を持ち歩き、10000万Gの落札商品を小脇に抱えるという無用心さに、オークション職員は呆れ返ってしまったが、干渉する権限はない。
オークションが終了すれば、そこで縁が切れる。
出品物の追跡も許されていない。
落札者が公開しない限り、品物はどこぞの世界の何処かへと消えていく。
「あれって……今は石の本だよね? 重くないのかなぁ?」
「そんな風には見えなかったみたいだぜ」
ガベルの相棒はなかなかの情報通だ。
いつも一緒にいるというのに、どうして、所持している情報に違いが発生してくるのだろうか。
不思議でならない。
「今回もあの『ストーンブック』はどこかに消えちゃうんだね……」
そして、女神様も自分の世界に戻られた……。
ガベルの声が沈む。
「ガベル、そんなに心配するもんじゃない。世間の目から消えてしまうだけだ。なにも、廃棄処分されるわけじゃない」
「わかっているよっ!」
あのキラキラ眩しい『黄金に輝く麗しの女神』様なら、『ストーンブック』の正体に気づいて、正しい使い方をしてくれるかもしれない。
もしかしたら、その方法を知っていたから、落札したのかもしれない。
「オレたちは与えられた使命を理解し、やることをきちんとやればいいだけさ」
「そのとおりだけどさ……」
ガベルはそっとサウンドブロックに身を預ける。
今はとても甘えたい気分だった。
オークションが終わった夜はいつもこんな気分になる。
落札された品物たちが……大切に扱われるだろうか、不当な扱いをされないだろうか、正しく使われるだろうか……。
ガベルはそれが気になって仕方がない。
自分たちはこうして大事にされている。
だが、大事にされない不幸な運命をたどるモノたちもいる。
黙ってしまったガベルに、サウンドブロックが陽気な声で話しかける。
「心配するなよ。案外、そこらの図書館の棚に当たり前のように収蔵されてたりするもんだぜ」
アクビを噛み殺しながらガベルの相棒――打撃板――は、カラカラと笑い声をあげる。
長年使われ、高貴な気配を放つ人々と接し、さらには、不思議な力を宿した云われのある品々と触れ合った結果、サウンドブロックとガベルもまた意思を持つモノへと変化していた。
「サウンドブロック! 次のオークションは1か月後だね。そのときは、またよろしく頼むよ。サウンドブロックはボクの大事な相棒なんだからね! サウンドブロック以外の打撃板とはやりたくないから!」
「ああ。任せろ。相棒! それは俺だって同じだ。ガベルは最高の木槌だぜ!」
長い時を共に過ごしてきたオークション用の木槌――ガベル――は、相棒の打撃板――サウンドブロック――を軽くつつく。
カツ。カツ。
と、とても良い音がした。
『ストーンブック』の行方を気にしながら、オークション用の木槌と打撃板のふたりは出番となる来月のその日まで、収納箱の中で眠り続けるのであった。