(なんて……! なんて! 綺麗な人なんだ!)
ガベルの心臓がドクンと跳ね上がる。
世界が急にキラキラとしてきた。
心が満たされるのを感じる。
(すごい! すごいよ! こんなに美しい人が、この世に存在するなんて! すごすぎる!)
ガベルは叫びたくなる衝動にかられるが、ぐっと我慢する。
ベテランさんの言う通り、光の女神様がザルダーズに降臨したのだろう。
さすがベテランさんだ。
見つめれば、見つめるほど、その美しさに頭がくらくらしてくる。
女神様が参加されているオークションを、自分の愚かな行いで台無しにするわけにはいかない。
ガベルは己自身に言い聞かせる。
(がんばらなくちゃ。女神様が喜んでくださるオークションに、ボクがしてみせる!)
興味なさそうにしている相棒のサウンドブロックに喝を入れる。
豹変した相棒の姿にサウンドブロックは驚き、なにやら言ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
とにかく、相棒にもやる気になってもらって、自分たちの最高の仕事ぶりを女神様に見てもらいたい。
今ならオーナーの「オークションに参加された方々には、最高の舞台をご用意しましょう」という口癖が理解できた。
そう!
舞台をつくるのは自分たちだ!
ガベルのやる気が急上昇する。
サウンドブロックがドン引きしているが、そんなのどうだっていい。いや、それでは困る!
心をひとつにし、女神様の大事な『はじめてのオークション』を美しいものにしなければならない。
不協和音を奏でているようではダメだ。
女神様は絶対に、悲しまれる!
(おい! ガベル? いきなりどうしたんだよ?)
相棒の声はうるさくてたまらないが、大事な相棒だ。適当に返事をして相手をする。
サウンドブロックはなかなか厄介な性格……というか、性癖の持ち主で、優しく接するよりも、少し冷たく突き放した方が、いい仕事をするのだ。
その匙加減が非常に難しい。
あまり冷たくしすぎるといじけてしまうが、優しくしすぎると、だらけてしまうのだ。
だが、今はそれよりも女神様だ。
これが今日の最後の品だ。
ということは、このストーンブックが落札されたら、オークションは終了し、女神様は住まわれている世界にお戻りになってしまう!
次回のオークションに来てくださるとは限らない。
だったら、その麗しいお姿をしっかりと脳裏に、心に、魂に刻みつけておかなければならない!
(とても綺麗で眩しいひとたち!)
ガベルはうっとりと、ふたり……主に女神様を見続ける。
サウンドブロックは、ブツブツ言いながら、若者の方をチラチラとうかがっているようだ。
付き人もつけず、このような珍妙な品に迷いもみせずに高額をふっかける人物が、ふたりも一般席に紛れ込んでいた。それだけでも驚くには十分すぎる。
……とかなんとかをサウンドブロックが言っているようだ。
どちらもお忍びの体を装っているようだが、貴人ばかりが集うなかで、他者を押さえてさらにひときわ眩い輝きを放っているということは、大国の王族、公爵クラスの人物なのだろう。
よくも、最後の、最後の瞬間まで、己の気配を消せていたものだ。
ガベルは目も眩むような高価なモノ、ため息がこぼれ落ちるほど素晴らしい芸術品……今までに様々な品物に触れ、感化されつづけた。
世にも珍しいもの、高価なものを求めてやまない高貴で好奇な参加者を見守り続けていた。
なので、それなりに目が肥え、鼻が利くようになっていたつもりだが、まだ、まだ世の中には上の存在があるということだ。
その間にも時間は流れていく。
「10000! 10000万G!」
人々の視線が38のパドルを所持している鳥仮面の青年へと注がれる。
彼の次なる選択を、人々はじっと待つ。
十秒……。
二十秒……。
三十秒……。
一分……。
「残り一分をきりました! みなさま、よろしいでしょうか?」
ザルダーズのオークションルールは、入札価格が提示され、三分以内に次の価格がコールされない場合、最終入札者が落札者となる。
麗しの貴婦人が10000万Gと歌うように宣言してから二分が経過し、残り一分となったとき……。
鳥仮面の青年はゆっくりとパドルを下ろし、大仰な動作で肩をすくめてみせる。
「よろしいですか?」
緊迫した時間が流れる。
残り三十秒……。
二十秒……。
十秒……。
呼吸音ひとつ聞こえない会場内だが、参加者の心はひとつにまとまり、心のなかだけでカウントダウンをはじめる。
五、四、三……にい……いち……。
ガン! ガン! ガン!
高く掲げられた木槌が勢いよく振り下ろされ、打撃板を鳴らした。
止まっていた時が再び動き出す。
「みなさま! こちらの『ストーンブック』は『黄金に輝く麗しの女神』様によって10000万Gにて落札されました!」
オークショニアの終了宣言と同時に、拍手が沸き起こる。
カランカランと、終了の鐘も鳴った。
舞台の袖や裏、壁際に控えていたオークションスタッフが動き始める。
最後の出品物が舞台の袖の方へと消えていき、隣室へと続く扉が一斉に開け放たれた。
オークションに参加していた人々が椅子から立ち上がり、和やかに会話を交わしながら扉の方へと移動していく。
世界最高級と謳われるザルダーズのオークションは、会場、スタッフ、参加者、出品物のなにもかもが一流で、エレガントにプログラムがすすめられていく。
扉の向こうに続く隣室にはビュッフェスタイルの軽食の場が設けられている。
事後の手続きが整うまでの間、参加者たちはオークションの余韻をここで愉しむという流れになっているのだ。