「100」
「150」
「500」
「800」
「850」
「1000」
無数のパドル――オークション入札時にに必要とされる参加証もかねた札――が忙しく上がったり、下がったりしたが、時間の経過とともに、数字がかかれた札の動きが緩慢になっていく。
「1500」
「……お――っ! 本日最高価格の1500万Gの値段が、そちらの『黄金に輝く美青年』様によって提示されました」
人々の好奇な視線が、38と書かれたパドルを掲げている若者へと集まる。
仮面で顔が隠れているというのに、どうして、『黄金に輝く美青年』が美青年だとわかるのだろうか、とガベルはいつも思う。
ベテランさんのネーミングセンスはあまりよろしくない。
というか、1500万Gを宣言したあの若者だが、初めて見る顔だった。そして、これが初めてのコールになる。
普通ならパドルに記されている番号で呼ぶのだが、たまに、ベテランさんはオークションのルールを破って、勝手に参加者に『数字以外の呼び名』をつけてしまう。
ベテランさんも無闇に名付けをしているわけではなく、場を盛り上げる印象的な人や高額落札者になっていく人につけているので、この若者にも『なにか』があるのだろう。
だが、オークションの独特の熱気に酔いしれている参加者たちは、そんな当たり前のことにも気づけない。
競売人が告げたように、仮面の若者が美青年だと信じ切っている。
そして、すんなりと『黄金に輝く美青年』という呼び名を受け入れていた。
最高額を提示した『黄金に輝く美青年』だが、美青年と呼ばれても全く動揺しないところをみると、普段からそう言われているのだろう。
金髪の美青年はあっぱれなほど堂々としていた。
周囲の突き刺さるような視線をものともせず、ただ静かに時が流れるのを待っている。
黄金に輝く……と形容された金髪の美青年は鳥の顔を連想するようなデザインの仮面をつけていた。
自前で仮面を用意する参加者が多い中、この金髪の若者は、受付で販売されているザルダーズが用意した仮面をつけていた。
はっきりいって、このザルダーズ公式仮面は、ぼったくりな値段なのだが、ここに参加する者たちにとっては、『はした金』でしかないのだろう。
豪華絢爛な装いが多い中、この若者の服装は簡素で装飾も実用範囲のレベルに留まっている。
蒼色が好きなのか、上着や装飾のポイントとなる部分に、目にも鮮やかな蒼色が効果的に使用されている。
金髪の若者は悠然と椅子に腰かけ、前方をきりりと見据えている。パドルを真っ直ぐに掲げている姿は、どこぞの指揮官か、とでも言うくらい堂々としていた。
地味ななりをしているが、パドルを持つ手は美しく、指の先まで手入れが行き届いていることがわかる。
大男ではないのだが、足はすらりと長く、背も高そうだ。
服の上からでもわかる。オークションに登場してきた数々の彫像のような、均整のとれた体型をしているにちがいない。
その姿はとても堂々としており、王者の風格が自然とにじみ出ている。
若者の周囲にいる者のくちから「ほうっ」という、夢見るようなため息がこぼれ落ちる。
1000万Gをコールした老人が、軽く首を左右に動かしながらパドルを下ろした。
深いシワが刻まれた口元には、苦笑めいた笑みが浮かんでいる。
パドルを挙げている参加者は金髪の若者ひとりとなった。
豹の仮面を被ったこの老人は、オークションの常連だ。主に古代遺品を落札しているので、今回も彼が……とガベルは思っていたのだが、突如あらわれた強敵の前に、老いた豹は敗れ去ったようである。
「1500! 1500! でよろしいでしょうか!」
砂時計の砂が残りわずかとなり、オークショニアが最後の確認をする。
「では……」
オークショニアが木槌に手を伸ばしかけたとき、凛とした声が静寂を打ち破った。
「5000」
サヨナキドリのような澄んだ美しい声と、ルールを無視した金額の提示に、会場が異様な驚きに包まれる。
「ごっ……5000がでましたっ!」
「5500」
鳥仮面の青年が、滔々とした声で次の値段を告げる。
「10000」
会場がしん、と静まり返る。
(ええっ……!)
さすがのオークショニアも口をあんぐりと開けてしまい、次の言葉がでてこないようだ。
(嘘! たかが石の本に10000万Gを支払うなんて?)
ガベルはびっくりして、もう少しで声をだしてしまうところであった。
ベテランさんもいきなり跳ね上がった金額に驚いている。
袖下に控えているスタッフたちも慌てふためいていた。
今まで様々な入札を見守ってきたが、たまにいるのだ。
こういう空気を読まないルール無視のトンデモナイ奴が。
(『黄金に輝く美青年』は運が悪かったみたいだね……)
ガベルはそっとため息をつく。
59番のパドルを軽く持ち上げている参加者は、見目麗しく、まだうら若き貴婦人とくれば、誰もが驚くだろう。
たおやかな見た目に反し、なかなかの胆力の持ち主のようだ。
「なんとっ! 我らの前に光の女神が降臨されました! さあ、麗しき女神に続く勇敢なる勇者様はいらっしゃいませんか?」
オークショニアの美辞は決して誇張ではないだろう。
仮面に隠れて容貌を確かめることなどできるはずもないが、顔の形、通った鼻筋、優雅な口元、シャープな顎といったパーツは間違いなく整っており、とても美しい形をなしている。
輝くような黄金色の金髪を綺麗に編み上げ、碧色の宝玉がはめ込まれた髪飾りで軽く留めている。
あの髪飾り……小ぶりではあったが、透かし彫りの技術、はめ込まれた宝玉の美しさからして、相当な値打ちモノである。
また、身にまとっている肌の露出が少ない碧色のドレスは、他の参加者に比べて大胆さはない。
奇をてらったデザインでもなければ、流行の先端をいくものでもない。オーソドックスな型……いわゆるクラシカルなドレスだ。
なのに、古臭さは全く感じられない。
襟元や胸元、袖や裾の部分などは同色の刺繍と細やかなレースで飾られ、優雅なシルエットを描いている。
あのレースだけをとっても、王侯貴族御用達レベルのものだ。
ところどころにはエメラルドを加工したスパンコールやビーズが縫い付けられているらしく、キラキラと輝きを放っていた。
最高級の銀白狼の毛皮をゆったりとまとい、金糸と銀糸の刺繍がほどこされた絹の扇をパドルを持たない方の手で構え、優雅にあおいでいる。
服が輝いているのか、髪が輝いているのか、それとも、貴婦人自身が輝きを放っているのかわからない。
偶然なのか、必然なのか、こちらの貴婦人も鳥をモチーフとした仮面をつけていた。