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2-2 十数分前

 いまからほんの十数分前……。



「皆様……お待たせしました! 本日、最後の品でございます!」


 トリを飾るベテラン競売人――オークショニア――の滔々とした口上と共に、主役が会場の舞台へとやってくる。


「こちら……。某帝国にて、デビューしたての幼い冒険者たちが、古代遺跡にて発見した世にも貴重な『ストーンブック』でございます!」


 会場に押し殺したざわめきが広がる。


 ダン! ダン!


 シワ一つ無い燕尾服を隙なく着こなしたオークショニアは、年代物の木槌を高く振り上げ、これまた年代物の打撃板に二度、強く叩きつける。

 参加者たちの注目を集めるため、緩んだ会場の空気を引き締めるために、オークショニアは木槌をふるう。


 会場の隅々にまで響き渡る高らかな澄みきった音に、着飾った人々は、夢から覚めたかのようにはっと息を呑んだ。


 ダン!


 そして、最後にもう一度、木槌の音が高らかに鳴り響く。

 その凛とした混じり気のない音に導かれ、全員の視線が舞台に集まった。


 ベテランオークショニアは、木槌の音だけで、参加者たちの心を支配する。


(すごい。ベテランさんの音は、いつ聞いても気持ちがいいな。さすがベテランさんだ)


 ガベルは会場内に鳴り響いた打撃板の音にうっとりと目をうるませる。

 彼ほど上手に打撃板を叩ける者はいないだろう。


 ベテランさんは、木槌を壇上に置くと、右手をすっと差し伸ばす。


 面白いように、聴衆の視線と顔が一斉に同じ方向に向く。


 その先には、出品物を運搬、展示させるためのワゴンがあった。

 ワゴンの天板にはてらてらと光沢を放つビロードの生地が敷かれている。

 ビロードの生地の上には、石でできた本……いや、本の石彫が鎮座していた。


「こちら……まるで本物の本のようではありますが、間違いなく、石でできたものでございます。石の種類は鑑定の結果、世にも珍しい代理石と判明いたしました。魔力も微量ながら含有しており、間違いなく、用途不明の古代遺品になります」


 静かなざわめきが、驚きとなって波紋のようにざわざわと広がっていく。

 ここに集う人々に『代理石』がどのようなものであるか、いかに貴重な石であるか、という説明は不要だろう。

 場がしらけるだけだ。


「まあ、あの貴重な代理石ですって!」

「見たこともない古代遺品だ!」

「なんて、緻密で精巧な彫刻なの……」


 今日、この場に集った貴人たちは、声を潜めてさわさわと囁きあう。


「魔石や宝玉が使用されていたら、もっと素晴らしいものとなったのに……」

「ええ。残念ですわ……」

「なにに使用したのかしら?」

「石ということは、普通の本よりも重いのかしら?」


 パートナーと共に参加した者たちは、競売人の解説を聞きながら、舞台に華々しく登場した出品物の品定めを愉しむ。


 口元を扇や手で上品に隠しながら、マナー違反とならないギリギリの声量で感想を早口で語り合う。

 この緊張……スリルがたまらないと、参加者たちは口を揃えて言う。


 隣人にしか聞こえない声での会話。

 しかし、この会場の支配者でもあるガベルの耳は、ひとつも漏らさずしっかりと捕らえている。

 聞いていてとても楽しい会話だ。


「ご覧の通り……見た目はリアルな本でございますが、モノは石彫でございます。よって、残念ながらページをめくることはできません……」


(そんな当たり前のことを有り難く説明してもなぁ……)


 ガベルは競売人のセリフに呆れ返ってしまったが、なぜか参加者たちは感銘をうけたようだ。


 人々の『ストーンブック』を見る目が、さらに熱いものへと変わっていく。


「まあ……」

「あれが石彫だなんて……」

「とても信じられませんわ」


 なんともチョロい参加者たちだ。

 カモだ。

 カモが鍋をかぶって、ネギをしょっている幻影がガベルには見えた。


「……表紙には超古代語のタイトルが刻まれておりますが、解読は困難。本に何が書かれているのかもわかりません。また、厳粛な鑑定の結果、石板でもないと判明しております。こちら、世界が誇る五賢者の古代遺品であることを証明する鑑定書つきとなっております。これぞ、まさしく『ストーンブック』でございます!」


 最後のトリを飾るベテラン競売人は、実に絶妙な間をおきながら、巧妙な語りで観衆を魅了していく。


 ザルダーズのオークションハウス内では、魔法で聴衆を操作することは禁じられている。

 だが、わざわざ魔法などを使わずとも、声の抑揚、間、語る内容によって、オークショニアは人々の心を意のままに操ることができるのだ。


 特に、このベテランさんにもなると、それはもう神業というか、一歩間違ったら、異世界を震撼させる詐欺師レベルだ。


 四月の企画で、道端に転がっている石を拾って綺麗に磨いて、ベテランさんがオークションを担当したら、なかなかの値段で落札されたのには驚いた。

 人の価値観は実に多様だ。


「……驚くことなかれ! こちらはだだの古代遺品ではありません!」


 ベテランさんの説明に熱が籠もる。

 今度は一体、どんな言葉で参加者たちの欲を刺激するのか……ガベルはドキドキしながら、ベテランさんの口上に耳を傾ける。

 この口上が、これからの入札に影響してくるのだから、自然と力も入るだろう。


「……全世界の注目を浴びる幼き冒険者たちが、はじめてのダンジョン探検で発見した、貴重な本物の古代遺品です! ビギナーズラックつきの縁起物! 一生に一度しかない、はじめてのダンジョン探検で発見された、またとない逸品でございます!」


 ベテランさんは一気にまくしたてる。


「まあ! はじめてのダンジョン探検で、こんなに貴重なモノを発見できるなんて!」

「なんて、ラッキーな冒険者なんだ!」

「その幸運にあやかりたいものだ」


 ザルダーズのベテランオークショニアによって提示された付加価値に、会場内が再びざわめく。


「……それでは、オークションを開始いたします!」


 ダン! ダン!


(アハハ! 読めない本なんかに、誰がお金を払って落札するんだろう……)


 最初、ガベルはそう思っていた。


 だが、この広い世の中には、奇妙なモノを欲しがる奇妙な者がいる。

 ザルダーズはそのような人々に招待状をばらまき、スリルという名の娯楽を提供することで、収益を得ていた。


 競売人がおごそかに入札開始を告げると、恐るべきことに、本日最高のペースで金額が跳ね上がっていったのである……。

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