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2-1 ことのはじまり

 ザルダーズのオークションに『虹色に輝く羽根』が出品されたちょうど二ヶ月前。

 この日もオークションが開催された。

 ザルダーズの異世界オークションは原則として月に一回、開催される。


 オークションには、異なる世界の住人たちが、異なる世界の珍しい品を求めて集まってくる。


 この日もまた、様々な世界に住む貴人が、様々な世界にある出品物を手に入れようとザルダーズのオークションハウスを訪れていた。


 ****


 オークションスタッフのガベルは待つ。

 ただじっと、その時が――自分の出番がまわってくる時が――くるのをじっと待つ。



 十秒……。


 二十秒……。



 創業当時から使用されている年代物の砂時計の砂が、サラサラとなめらかに落ちて時間の経過を告げている。

 この砂時計の砂が完全に落ちきってしまえば、三分が経過したことになる。


 その最後の一粒が落ちる直前に、ガベルは己の役目を果たすべく行動するのだ。

 今は全神経を研ぎ澄ませ、来るべきときに備えて待機中だ。


(み、みんなが、みんなが……。ボクの登場を待っているよ!)


 沈黙と緊迫に支配された重々しい会場の空気。

 咳はもちろん、呼吸することすらはばかれるこのぴんと張り詰めた独特な空気が、ガベルは大好きだった。


(なんて、綺羅びやかで、滑稽で……そして、ドラマチックなんだろう。オークションほど楽しい舞台は他にはないよね)


 どんなに素晴らしいとされる演劇であっても、有名な役者や優れた台本を使用しても、この舞台には敵わないだろう。

 ここは世界で最も胸が高鳴り、心が湧き踊る舞台だと、ガベルは確信していた。


 ガベルはうっとりとしながら、会場内を見渡す。

 今までにないくらい胸が高鳴り、興奮で身体が熱くなる。

 この場に立ち会うことができた喜びにガベルの身体は震えていた。


 ガベルは特等席から、オークション参加者たちをぐるりと眺める。

 ここからだと会場内を一望でき、参加者たちの一挙一動が残さず把握できる。


 己の正体を華美な仮面で隠し、豪奢な仮面に負けじと綺羅びやかに着飾った多くの貴人が、じりじりとした時間経過を共有している。

 バラバラだった人々の心がひとつにまとまる瞬間を迎えようとしているのだ。


 祭りのときのように豪華に、派手に着飾った人々。

 キラキラと光り輝く重そうな宝飾品を身にまとい、男女問わずに化粧や香水の匂いをぷんぷんと漂わせている人々。


 それはとても濃厚な空間であり、ドロドロとした感情がうごめいている。


 この毒々しいまでに美しい熱気の渦に巻き込まれ、ガベルは少しばかり辟易していた。


 会場に集う人々は主役でもあり、観客でもあった。

 声を発する者がその場の支配者になり、最後に残った最高金額提示者が勝者となる。その筋書きにのっとって、オークションは粛々と進行していくのだ。


 采配を振るうのは、オークショニアと呼ばれる競売人たちだ。


 オークショニアは出品物を褒めちぎり、巧みな話術で人々の欲望を煽る。

 そのやりとりは、滑稽な茶番劇のようだった。

 見ていてとても楽しい。


 もちろん、大事なお客様に、己の内心を悟られてはいけない。


 観衆の細かな表情と思惑は、顔を覆う個性的で奇抜なデザインの仮面によって、巧妙に隠されている。


 だが、この会場が誕生したと同時に、大事な役目を仰せつかったガベルには、人々の心が手に取るようにわかっていた。


 みな魔法がかかったかのように身体を硬直させ、瞬きすることも忘れ、ガベルが動くのを今か、いつかと待ちわびている。


 ガベルが見守る先には、この場の主役がスポットライトを浴びて静かに鎮座していた。


 世にも珍しく、高価なものを手に入れたいと願う人々が集うザルダーズのオークションハウスは、終盤にさしかかり、異様な熱気と静寂に包まれていたのである。


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