美しい鐘が鳴り終わると同時に、若手オークショニアの声が会場ホール内に響き渡る。
「皆様……大変長らくお待たせしました! 本日、最初の品でございます!」
シックな内装のオークション会場に、押し殺したざわめきが広がる。
(やれやれ、やっとオークションが始まるぜ……)
(今日はいつもよりも開始時間が遅かったね。大丈夫かなぁ)
オークションスタッフのガベルとサウンドブロックは、身を寄せ合ってコソコソと会話を交わす。
大きな声で会話をして、まだぺーぺーな若手オークショニアの邪魔をするわけにはいかない。
ダン! ダン!
木槌が振り降ろされ、打撃板が鈍い音をだす。
ダン!
そして、最後にもう一度、木槌の音が鳴り響いた。
その大きな音に導かれ、参加者全員の視線が壇上に集まった。
仮面で顔を隠した多くの貴人が、演台にいる若いオークショニア――競売人――に探るような眼差しを向ける。
押し殺したざわめきのなか「カラカラカラ……」と出品物を載せたワゴンが舞台に登場した。
(うわあっ!)
(ど、どうしたガベル! いきなり大きな声をだすんじゃない。神経質なワカテが驚いてミスったらどうするつもりだ!)
(いや、だって……)
ガベルはぷくっと頬を膨らまし、注意した相棒のサウンドブロックを睨みつける。
「こちら、虹色に輝く羽根でございます!」
若手オークショニアの説明がはじまる。
(わあ! 虹色に輝く羽根だって! すごい! すごく綺麗だ! ボク、あれが欲しい!)
(えええええっっっ!)
(なんだよ? どうして、そんなに驚くんだよ!)
(いや、だって……ガベル! お前、いきなりなにを言い出すんだ? 驚くところはいっぱいあるだろ! というか、驚かない方がおかしいぞ!)
サウンドブロックの反論に、ガベルは一瞬だけ考え込む。
(そうだよね。オークションスタッフは、オークションに参加できないもんね。入札しちゃだめだもんね。ボクってば、うっかりしてたな。でも、あれ……すごく欲しい。なんとしてでも欲しい! 後で落札者に譲ってもらおうかな)
(いや、ガベル……それ以前に、お前は自由にできる金を持ってないだろ!)
(それなら、大丈夫。みんなが帰ったあとに、金庫を開けて取り出せばいいじゃないか。たくさんあるよ。暗証番号と開け方なら知っているよ。ボクなら簡単にできちゃうかもしれないでしょ?)
(……いや、そもそも、そんなことは、簡単にやっちゃいけないから。それに、ガベルが言っている資金調達方法は、立派な犯罪だから!)
名案だ! と真顔で頷いているガベルに、サウンドブロックはすかさずツッコミを入れる。
(サウンドブロック……わかってないね。バレるから犯罪になってしまうんだよ。バレなければ、犯罪として立証できないから、それは犯罪じゃないよ)
(……俺のガベルが変だ……)
かつて見たことがないくらいの熱い眼差しで、ガベルはワゴンの上にある出品物を見つめている。
(くそっ。俺もそんな熱い視線でガベルに見られたい……。くそっ!『虹色に輝く羽根』が羨ましすぎるぜ)
悔しくて、羨ましくて、ふるふるとサウンドブロックは身体を震わせる。
なぜ、ただの綺麗な羽根に対して、ガベルはあんなに情熱的な眼差しを注ぐのか……。怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「こちら、七色にキラキラと輝く美しい羽根……」
若手オークショニアが声を張り上げ、一生懸命に出品物の説明をしている。
一生懸命なのだが、経験とやる気というか、仕事に対する情熱がちっとも足りておらず、ベテランオークショニアのような心地よい説明ではない。
例えるのなら、若手オークショニアは『丸暗記した原稿を読み上げているだけ』で、ベテランオークショニアは『物語を聴衆に滔々と語ってきかせる』といったところか。
とにかく、若手オークショニアの説明は耳障りで、心がちっともワクワクしてこない。
うっとりと羽根を見つめていたガベルには雑音でしかなく、イライラが募ってくる。
「……ガチャ石のレインボーカラー! その神秘の色の通り……」
(ちょっと! どういうことだよ!)
若手オークショニアの口上に、ガベルが激怒しはじめる。
(いや! それは、俺のセリフだ!)
サウンドブロックも怒り心頭である。
仕事中なのに、相棒以外のことに気をとられるなど……許せたものではない。
(この美しい羽色をよりにもよって、ワカテくんってば、低俗な『ガチャ石のレインボーカラー』なんかに例えるなんて! ボキャブラリーなさすぎ! ボクの大切な羽根が汚された! ムカつく!)
(え? いつからその羽根がガベルのものになったんだ?)
(一目みた瞬間から、心を奪われたに決まっているじゃないか。これって、もしかしたら、一目惚れっていうヤツかな?)
まあ、確かに、よい品物と出会ったときに『一目惚れした』と言って購入する場合もあるにはある。
だとしても……。
ガベルが……ガベルが……どうしようもなく変だ。
夢見るような乙女の顔でうっとりとしていたと思ったら、いきなり般若のごとく怒りだす。
その情緒の激変にサウンドブロックはついていけないでいた。
(どうして、こんな素晴らしくて尊い羽根を、ワカテくんに任せちゃうんだよ。サウンドブロックもそう思うよね? これは、間違いなく、ベテランさんの領分だよ。オークション最後の出品物のオオトリだよ! なのに、前座なんて! 信じられない! みんな、どうしちゃったのさ!)
(いや、どうかしちゃってるのはガベルの方だろ! 鳥の羽根だからって、なんで、ベテランサンが担当のオオトリ扱いになるんだよ! タダの羽根だぞ!)
サウンドブロックの言葉に、ガベルから表情が抜け落ちる。
(え? な、なんで?)
ものすごく冷たい目で睨まれる。
その冷徹な眼差しに「どっくん!」とサウンドブロックの心臓が飛び跳ねる。
そこらの木屑を見るような冷たく突き放すような視線に、サウンドブロックの背筋がゾクゾクしてきた。
(なに? 洒落でも言っているつもりなの? 鳥の羽根だからオオトリって……酷いよ! ボクはこんなに真剣なのに! あきれた。サウンドブロック……って、サイテー)
サイテー、サイテー、サイテー……。
ガベルの冷淡な声がリフレインする。
(う、嘘だ。なんで!)
それは拒絶。
それは侮蔑。
それは……激しい刃のごとく、深々とサウンドブロックの心に突き刺さった。
ぐさっという効果音とともに、身体が真っ二つに割れてしまうのではないか……と思ってしまうほどの攻撃力だ。
(きょ、きょ、今日のガベルはいつも以上に冷たいぜ……)
まあ、ガベルは昔からちょっと素直じゃないところが……そこがまた可愛くてたまらないのだが……いつもツンツンしていて、冷たい。
でも、十回いや、二十回に一回くらいは、優しい言葉をかけてくれる。
それに、冷たい言葉の奥底には、ガベルの深い愛がこっそりと隠されており、言葉が冷たければ冷たいほど、サウンドブロックの心は激しく燃え上がるのだ。
そう、ガベルは間違いなく、ツンデレキャラだ。
なのに、今日のガベルは冷淡だった。
裏も表もなく、純度ヒャクパーセントのツンツンキャラだ。
なぜだ……。なぜだ……。目の前が真っ暗になったサウンドブロックに、容赦ないガベルの罵倒が降り注ぐ。
(あの羽根の素晴らしさがわからないなんて、信じられない! それでも、サウンドブロックはザルダーズのスタッフなの? こんなダメダメなヤツだったなんて……がっかりだよ。ああ、ボクってば、なんで、こんなヤツと組んで仕事なんかしてたんだろ! 嫌になっちゃうよ)
(え? え? え? ちょっと、なんで? なんで、嫌になっちゃうの? ガベル! 俺たち長年連れ添った相棒だろ! 心を許し合うパートナーだろ! なのに、なんで、あんな羽根ごときの扱いで怒るんだ?)
ガベルの厳しいダメ出しに、サウンドブロックが慌てふためく。
「……鑑定の結果、こちらの羽根には……魔力はないと判明しました。不思議な力など全くない普通の羽根。ですが……夜会に身にまとえば……」
(え――! この尊い羽根をアクセサリーの部品扱いにするかな! なんで! これは、家宝にして飾っておくべきものなのに!)
ガベルは猛然と抗議する。
(カホウ……。あの羽根を家宝にするって!)
今日ほどサウンドブロックは、ガベルを遠い存在と思ったことはない。
互いを信頼しあい、補いあい、今日の今日まで上手くやってきたのに。
なぜ、ガベルがあのちょっと『綺麗な羽根』に固執するのか……サウンドブロックには全くわからない。
(ドウシテコンナコトニナッチャッタンダ)
(ちょっと、サウンドブロック! ぼーっとしないでよ。ボクたちの出番だよっ!)
(あ、わ、わるい!)
(もう、しっかりしてよね! 集中してよ!)
ガベルの叱咤が飛んでくる。
(ボクたちがいないと、オークションははじまらないんだよ! どっちが欠けてもだめなんだからねっ!)
(お、おう……)
サウンドブロックはびっくりしながらも、コクコクと頷く。
いつものツンとしたなかに、ちょっぴり励ましのスパイスが混じっているガベルのセリフ。
さっきまでのガベルは……そう、夢だ。夢にちがいない。自分は目を開けたまま夢を見ていたんだ、と、サウンドブロックは自分に言い聞かせる。
(『黄金に輝く麗しの女神』様に、ボクががんばっているところをしっかり見てもらわないといけないんだからね! サウンドブロック、手抜きしたら容赦しないよ!)
(…………)
やっぱりガベルが……ちょっとおかしい。
サウンドブロックは大きなため息をついた。
ちょっと様子がおかしいけど……やっぱり、ガベルは大事な相棒だ。
たまたま言動が奇妙な日もあるだろう。
それがたまたま今日だっただけだ。
こういうときこそ、自分がしっかりとガベルに寄り添わなければならない。
多少、突飛のないことを言い出しても、かなり冷たくあしらわれても、それは絆を深めるための試練だ。
(そうか! これは、俺たちの絆の強さを試す、神が与えた試練なんだ!)
手をとりあって、試練を乗り越えるのが相棒のあるべき姿、理想の相棒関係だ。
サウンドブロックの中に一筋の光が差し込む。
沈んでいた心が浮上し、モヤモヤが吹っ飛ぶ。
「それでは、オークションを開始いたします!」
口上を終えた若手オークショニアが木槌を手にする。
これから入札が始まるのだ。
会場スタッフたちの動きが慌ただしくなる。
ダン! ダン!
こうして、本日最初のオークション『虹色に輝く羽根』の入札が始まったのである……。