「この辺り、間違いなく図面と一致します。しかし、妙だと私は思います」
廊下を進んでいる最中、リーゼが提言した。
「リネーハ大図書館のインフラとして、この糸の通路が整備されたのであれば、私達はリネーハ大図書館内に付随している地図から把握できたはずです」
「そうだね。それに図書館にしっかりとかけられていた『治安』の術も気になる。ただかけられているだけならまだしも、二年間誰も術の維持をしてる様子もないのに、こんながちがちにかかっているのは変だ。どうあってもこの先の部屋に、部外者は立ち入ってほしくないと、そう言ってるように見える」
「それだけ重要なものが見つかればいいんですがね」
廊下を抜けた先、管理人の部屋だったのだろうか、私室らしき造りをしていた。
「なんというか――何の変哲もない部屋だね。埃塗れで、日当たりもないけど」
「図書館に住んでたのかな、昔の管理人さんは。おかしな話だね」
パラレルスは、言いながら家具を手当たり次第、探り始める。まるで家探しのようだ。
「図書館に住むとは相当な本好きと見えます。本が尽くすべきはそのような人かと」
「リーゼ、主観がほとんどの感想喋るなら黙ってて」
改めて見渡しても、普通の寝泊りができそうな部屋、という以上のことはない。
「家だったら確かに鍵をかける。確かにそうする。でも、こんな手の込んだ仕掛けを作る意味はないよね。それに、なんでこのインフラが今も機能してるのは訳が分からないな」
この部屋の調査は一人いれば十分だろう。しばらくぼーっと警戒を続けていると、パラレルスが何かごそごそとクローゼットの中を探り始めた。
「パラ。糸職人姉妹だからって服まで漁らなくてもいいんじゃない?」
「いや、それが――なんかここ、妙なんだよ――」
パラレルスの身体は小さく、この大振りなクローゼットの中に埋まってしまいそうだった。まだ私がレーチヤに居たころ、クローゼットを使って隠れる遊びをよくしていた。それも服がたくさんかかった物が好ましい。そうすると、一度開いた程度では見つからないと言った寸法だ。
こうやって背の低いパラレルスがクローゼットに対峙すると、あの方法はとても有用だったんじゃないかと思える。間違いなく、身体を完全に埋め込んでしまえる。ただ問題なのは、このクローゼットが埃っぽく、パラレルスが服を探るほどに、糸くずだとかが舞っていくのだ。
「それにしても、私もなにか妙だと思います」
「主観まみれじゃないなら聞いてあげるけど」
「今回は事実に基づいた推測なのですが、この大図書館の造り――なんか、変というか」
「私室がある時点で変だとは思うんだけど」
「ええ。でもそれは違和感じゃないんですよね。図面と照らしても問題ないのに」
「なんだか、はっきりしないね。あんたらしくない」
「なんでしょう。私もそう思っています。ただただ重要なことに気づいていないような――」
私の目の端で金色の糸がきらりと漂っていった――。
金色の――糸――?
「パラレルス! 離れて!」
そう声を荒げたのは、リーゼであった。私は驚いたが、その言葉を伝えようと口を開いた。
「パラ――!」
クローゼットの方を向いて、彼女を呼ぼうとした。
だが、そこにはすでにパラレルスはいなかった。
急いでクローゼットの中を見たが、最初見た通り、何の変哲もない。埃が舞い、ただ服が大量に掛けられているだけ。
「ナナ! 今パラレルスがどうなったか見てた!?」
「わ、私にはいきなり消えたようにしか見えなかったです――」
「リーゼ――今、何があったかわかったのか?」
手元の彼女は少し言いよどんだ。
「わからないです――ただ――嫌な予感がしたんです――ぞわっと昇ってくるような――メルン、パラレルスが危ないです、そんな気がするんです。絶対に追わなければ――!」
クローゼットを探ると、その奥に金色に光る糸が見えた。間違いない。さっき移動に使った糸と同じものだ。だが、パラレルスは詠唱をしていない。それ以前に気づいていたのなら、知らせてくれたはずだ。それが彼女に出来なかったということは――。
「メルン! 私から願いは取り出せませんか! 私は――私は――!」
リーゼから青い欠片が浮かび上がってくる。死に瀕した訳でもないのに、ひどく強い願い。どうして生命ある本が、こんな力の願いを、この場面で出せるのか、理由を考えている時間はない。
「炎は導、煙は本質――」
――私は――私は――失えない――私の――。
「あなたの想いが、あなたを救わんことを――」