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第五十七話

 地下道を進んでいる途中、パラレルスが興味津々に聞いてきた。

「ねえねえ、ナナちゃんってなんか深い事情があるって言ってたね。もしかしたらリネーハだったらそれ、どうにかできるかもしれないよ」

「かなり重い問題なんだけど、大丈夫?」

「試せることは全部試さないと。そうでしょ?」

「一理ありますね、聞いてみるのはどうですか、メルン」

 リーゼにまでフォローに入られると、説明をめんどくさがってる場合ではなさそうだ。

「この一件が片付いたあとに聞こうと思ってたんだけど、まあいいか」

 ナナに心臓がない――端的にその説明をすると、パラレルスは慌ててナナの胸に耳を充てた。

「きゃっ――」

「うーん、確かに。鼓動はあるけどすごい小さい」

「それ、私と一緒の心臓使ってるからね。元よりナナの身体は心臓がなくても動くようになっている――というかなってないとおかしいんだ。私と会う前は心臓なく生きてたわけなんだから。ただ、こうしないとナナには病やら不幸やらが降りかかる。だから存在だけをうすーく貸してる状態だと思ってほしい」

「それで、メルンちゃんたちはナナちゃんの心臓を探して旅をしてると」

「まあ、目的は他にもあるけど、目下、大至急なのはナナの心臓だね」

「私は後回しでいいって言ってるんですけどね」

 ナナが小言のように呟くが、聞かなかったふりはできない。

「ナナ、このことの重要性は話したはずだよ。私ともし離れてしまったら――」

「離れないですし、離れたくないと思ったこともないです!」

 この話をすると、ナナはすぐにそっぽを向いて、拗ねてしまう。パラレルスは、まあまあ、と年上らしくにやついてみせた。

「メルンちゃんのこと大好きなのね、ナナちゃん」

「なっ、なっ――」

「えっ、そういう感じなの、ナナ」

「違います! 目を見ないでください! ずる! 変態!」

「ええ――ちょっとだけ見せてくれれば分かるのに――」

 ローデスは私に手を焼かなかった、と常々言っていたが、たまにこんなことを漏らしていたのを思い出す。

「君は手がかからない。ある意味で理想的な子供だった。だからこそ、手がかかる子供を持ったとき、君は苦労するだろうね。何せ少しも気持ちが分からないのだから」

「子供の扱いは得意だよ。私、孤児院の出身なんだから」

「違うよ、メルン。私が言っているのは君が世話をしなければならない子供を持ったときという意味だ。いいかい、君が関わってきたのはせいぜいが十歳前半まで。それ以上の年齢――大人に近くなるとこれが大変になってくるんだ。その心配を私は今からしている」

 その時の私はあっけらかんとこう答えてた。

「必要のない悩みだね。しばらく、私は子供を持つつもりもないから」

 人生どうなるか分からない。今ならローデスが言っていたことの意味が分かる。大人になるともう人は単純じゃないのだろう。別にナナを生まれた時から見てたわけではないけれど、大人に近いナナの世話をしているのは、実際、私だ。同じようなものだ。

「話を戻すけど――要は心臓の代わりがあれば何でもいいってことなんだ」

「そう。――その口ぶり、もしかして心当たりある?」

 パラレルスはうーん、としばらく唸りながら歩いた。カツカツカツと地下通路に足音が響くのを聞いていると、三小節目かに入りそうなくらいで、パラレルスは話し出した。

「試してみないと分からないけど――『糸紡』の術に、お化粧を最強にするものが――」

「ごめん、私、綺麗になりたいって話してたっけ?」

 思わず茶化すと、パラレルスは頬を膨らませた。

「最後までちゃんと聞いてよ! それをうまく使えば心臓だっていう誤魔化しが効くかもしれないじゃない? 実際の機能はそんなに必要ないんでしょ?」

「うん――まあそうだけど――それだと、ナナに一生、術者がいないといけなくない?」

「た、確かに――」

 パラレルスのトーンは落ち、気まずそうにこめかみの辺りの毛を弄り始めた。

「まあ、でももしかしたら役に立つかもしれない。ありがと、パラ」

 そう声を掛けると、彼女はぱあっと笑顔になり、何度か頷いた。

「うんうん! それにリネーハを救うの、手伝ってもらってるんだもの! ルオーメの人はそんな恩人を手ぶらで返しはしないよ! 任せて!」

「気が早いし、大げさ。私たちはまだ何もしてないから」

「こういうのは先に約束しとかないと、ウェルちゃんにタダ働きさせられるよー」

「おっと、それは怖いな。いい子なんじゃなかったっけ?」

 パラレルスはその言葉には同意した。

「でもね、あれでもルオーメの長だから、損得勘定には厳しいし、得できるときはしっかりと得を取るよ。まあ、メルンちゃんに対してそんなことをするとは思えないけどね。ウェルちゃんはメルンちゃんのこと信頼してるみたいだし」

 私はその言葉にそういえば、と首を傾げた。

「パーウェルスが私を使うのは分かる。でも、私を信頼するっていうのはよくわからないな。せいぜいが利害の一致で、もしかしたら裏切り者の可能性を疑うのが普通だ」

「あ、ウェルちゃん、また言ってないんだ。お姉ちゃんはいっつも注意してるんだけど」

「待って、どういうこと――まさか、あの金糸の花、やっぱなんかしてた?」

 焦って聞くと、パラレルスはパーウェルスに似た目で笑った。

「うん。嘘吐いたらね、すぐわかるの、あの花。人間の発する言葉の響きって結構奥が深くてね、嘘を吐いたら特定の震え方をするんだって」

「とんでもないことしてるじゃん――。パーウェルス、糸聞き花みたいなものだって言ってたのに、嘘を吐いている感じもなかった。心を読まれない訓練とかしてるの?」

「ううん、ウェルちゃんは嘘が下手くそだよ」

「えっ、じゃあ結局どういうことなの」

 パラレルスは簡単なことだよー、と続けた。

「まず一つ、ウェルちゃんが術で把握しているのは声の震えだけ。それのどれが嘘の振動をしているかは、単純にウェルちゃんの技術。で、そうなるともう一つはわかると思うんだけど、あれは本当に糸聞き花みたいなもの。花で声を集めてその振動をウェルちゃんに伝えてるの」

「――わからんでしょ、そんなもん。とんでもない技術だね」

 私が深くため息を吐いていると、ナナが呆れたように言う。

「人の目見ただけで感情ほとんど読み取れるのもとんでもないですよ」

「いずれナナもできるようになろうね。私の弟子みたいなもんなんだから」

「できるようになりたいかと言われると――ちょっとなりたくない気もしますけど」

「これ、意思関係ないよ? 一人旅するかもしれないんだから」

「メルンさんはいつもそうやって――!」

 急に怒り出したナナの背中を押しながら、私たちは梯子へと向かった。

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