「このような形で、またお会いするとは思いませんでした」
地下道の一つを抜けた先、天井から顔を出すと、神官コーレウの姿があった。
私は教会の石床に手を突きながら、身体を穴から引き抜いた。
「外にいる協力者の一人ってあんただったんだ」
あとから梯子を上ってきたナナやパラレルスを引き上げながら聞く。
「神職というのは、何かと都合の良いものですからね」
コーレウは微笑みながらそんなことを言ったので、頭をつい掻いてしまった。
「神官が、自らのこと、そんな風に言っちゃっていいわけ?」
「状況が状況ですので――」
彼女はそう、苦笑いをした。
「この教会内は安全なの?」
見回すと、ここは空き部屋のようだった。クローゼットとベッドがそれぞれ生活感なくぽつんと置かれているのみで、他にめぼしい家具はない。
コーレウは私の問いに首を振った。
「いえ、そうは言い切れませんので、変わらぬご用心を。しかし、ここに長く留まる必要もありません――こちらです。『糸が解けた先に本質が見える――』」
彼女が詠唱を行うと、ぽつりとあったベッドの姿が糸に解けて、床下の扉が現れる。私はうーんと唸った。
「この街、どういう考えでこんなに隠し通路を作ったわけ?」
「通路自体はかなり前に作られたものだと思われます。少なくとも、リネーハのそれぞれの地域が自治を始めるより前のことです。地下通路はほとんどの教会に用意されているものでして、避難経路だと先代のコーレウからは言われておりますが――」
「えっ、コーレウさんって、前の神官さんもコーレウさんだったんですか?」
ナナの素っ頓狂な問いに、私は頭を抱えた。
「ナナ、この前に教えたこと、もう忘れたんだね。これは帰ってからお説教だな――」
「えっ、嘘っ、教えてもらいましたか――そんな怖い顔しないでメルンさん!」
すると、コーレウが、まあまあ、と割って入った。
「私がナナちゃんに教えて差し上げますから、それで手打ちとしてくれませんか?」
コーレウはこちらの手を握り、だけれども、頭はしかと下げて。
「はあ――神官っていうのは子供に甘くていけないね。わかったよ、どうぞ」
「ありがとうございます。さて、ナナちゃん。神官になるにはいくつか決まり事があるのですけれども、その中でも一番大きいのは『どの神官も先代神官と同様の見た目であること』というのが重視されるんです」
「そんなことできるんですか?」
「もちろん、この決まり事に厳しいところ、厳しくないところがございます。我がアラファ教会は厳しい方ですね。背の高さから体型、髪色や目の大きさに至るまで何もかも」
ナナは、へえ、と言いながらコーレウの爪先から頭の先までをじっくりと眺めた。
「コーレウさんくらい背の高い人見つけるの、難しそうですね――あたっ!」
「そんな風に人を見ない。はしたない」
「メルンさんだって目をじっと見つめるの、結構不埒じゃないですか!」
「――何言ってるの? キスするわけでもないでしょ」
「もう、そういうところですよ!」
「ほんとに何を言ってるんだこの子は。ほら、神官様から直接教えてもらえる機会なんて早々ないんだから、ちゃんと聞いて」
「もう、最初に口挟んだのはメルンさんじゃないですか」
「その悪態は聞かなかったことにするよ」
ナナは咳払いをして、改めてコーレウに尋ねる。
「でも、顔のパーツも一緒だなんて大変じゃないですか?」
「そうですね、そこはちょっと緩かったりするんですよ。例えば、初代コーレウの目は開いてもなお判別のつかない細い目でしたが、私は――」
コーレウは突然ぱっちりと目を開くものだから、ナナのみならず、私も思わず声を上げてしまった。淡く光を跳ね返す真っ青な瞳に、ナナの驚いた顔が映り込んでいる。と、私は慌てて目を逸らした。
「びっくりしました、コーレウさんの目ってそんなに大きかったんですね」
「ええ。ですがこれくらいなら細めてしまえば――」
きゅっと目が伏せられ、いつもの笑顔でコーレウは言う。
「ほら、この通り。こうやってなんとか誤魔化しながらもやっているわけです」
「すごい!」
無邪気に喜ぶナナを横目に、私も手を挙げてみる。
「質問なんだけど、神官のその文化、どういう意味が込められてるの?」
「一説には神の不変性を象徴するためと言われていますね。『信仰』において永遠というのは非常に重要な概念とされてきましたから」
「なるほどね、私も勉強になった。ありがと。さて――」
私は地下の通路に手を入れてみたが、冷たい空気が指先に触れるだけ。
「この通路には『治安』の術が施されておりませんので、ご注意くださいませ。なにせこの先にあるのは――」
「わかってる、リネーハ大図書館でしょ」
リネーハ大図書館。それが私達の目的だ。
「リネーハ大図書館の周りに、黒縄がたむろしてるの。今日しっかり確認してきたわ。あそこには必ず奴らに関する歴史があるはず。黒縄が守っているのはそれよ」
パラレルスの推測が外れていたとして、リネーハ大図書館に何かがあるのは間違いないはずだ。昨日の戦いを考えるとかなりの危険だが、そうしなければ話が進まない。
「本当はカランドを連れてきたかったんだけど――」
「あいつ、咳で見つかるでしょ」
「そうだね。彼の『治安』の術でも複数に見つかったらもう対処できないかも。ガチガチに術をかけないとあれは無理だね」
「それができるならあんたらだけでもどうにかしてるもんね――」
私が言いながら梯子に足をかけようとすると、コーレウが声を上げた。
「あの、ナナちゃんは戦えるのでしょうか。もし戦えないのでしたら、こちらで預かった方が安全かもしれません」
「それは――私もできるならそうしたいんだけど、事情があってね。ナナと私は離れられない状態にあるんだ」
心臓の共有は、どれくらいの距離が限界か、それは私にも分からないことだ。かと言って試すわけにもいかず、可能な限り、ナナを傍に連れることにしている。それは例えどんなに危険であっても、そうしなければならないのだ。ナナには酷な話だが。
「ありがとうございます、コーレウさん。私、これでも結構しぶといので大丈夫です!」
胸を張るナナに、コーレウは微笑みを返した。
「そうですか、わかりました。それでは皆様、どうかご無事でありますように」