メルンと俺は、バルデル医学校では同期だった。メルンとルダの話は知ってるな。そのせいで初め、メルンは試験を受けず――つまりお情けで入学したんじゃないかと言われていた。ああ、落ち着いてくれ、そんなわけは当然なかった。例えそうであったとして、メルンの実力や知識、そしてそれ以上に、その熱意は本物だった。それにあいつ、半端な奴には本当に容赦ないからな。あいつの返す言葉に心折れた奴も多かったぞ。
俺が、メルンと知り合ったのは集団学習のとき。実際の症例をもとにその治療法を一週間で考えろとかいう――バルデル院長直々の授業だった。正直ひどかったよ、あれは。入学したての奴らに対して、とんでもない難易度だ。だけれど、それは通過儀礼のようなものらしくてな、医者として必要な忍耐を覚えるんだとか。まあ、皆、必死だったよ。ここで好成績を残せば、バルデル院長に一目置かれるわけだからな。
だからこそ、試験をパスしていないと思われていたメルンを、グループに欲しがるやつはいなかった。だが、俺は興味があった。過去に、ルダという医師に俺は会ったことがある。普段は物腰柔らかい彼だったが、症例の話ではちらりと狩人の目を見せる――その目を彼女は常に湛えていたのだ。病を駆逐するという熱意がそこにあったのだ。
「なあ、君。誰とも組まないのか?」
席に座る彼女は、症状を箇条書きにして纏めながら、こちらに目も向けなかった。
「組んでも意味がなさそうだから。それに組んでくれる奴もいないでしょ」
「まあ、流布されている君の評判からして、難しいだろうな」
「それもある」
顔を起こしたメルンは、今度はこちらに顔を向けてきた。
「あんたは? 組む気ある? それと、組む意味」
彼女は興味がなさそうに聞いてきた。その問いで自分と同類だと、なんとなく察した。
「大切な妹を亡くした。その最期は――」
「組もうか。それだけあれば十分だよ」
俺は言葉を続けるつもりだったが、それを遮ってあいつは、俺と組むことを決めた。
気遣いとか気まずさとかではない。彼女は、熱意だけを測ったのだ。
それ以来、俺とメルンはよく情報交換をするようになった。通常の症例から新月病に至るまで。図書館に籠り、日が沈むのに気づかぬ日もあった。友人というよりは、仲間だったな。共に、この世界から病気を駆逐することを胸に、俺たちは学生時代を過ごした。
メルンが医者という職を捨てるきっかけは、彼女が正式に医者となってからだ。その頃からメルンはこんなことを言うようになった。
「声が、聞こえるんだ。夢の中で、患者の声がするんだ。痛みがなくなってほしい。病気がなくなってほしいって。すぐに取り除いてあげられないのが、歯がゆいけど」
「すぐに取り除く、というのは無理だろうな。病は自然の歪みであり、異常ではない。それ一つを除けばどうにかなる、というものでもないからな」
「分かってるよ。自然な歪みを自然な流れに治す。あんたの口癖だ」
口では明るく言うものの、その苦悩は薄れていない様子だった。昔よりも丸くなったはずのメルンは、それでも狩人の気配を、あのルダ以上に濃くしていったのだ。俺はそのことをローデスに話したが、彼女もまた物憂げに煙を吐いた。
「メルンは正真正銘の医者だ。だからこそ――その道を諦めるかもしれない。どちらにせよ、私たちにできることは少ない。彼女の体質は、私達に理解できるものではないし、そうだったとして、彼女は自らで判断を下すべきだからだ。私達は、彼女を最小限だけ助ける。彼女の意思を尊重する。それ以外にないよ」
ローデスの危惧は正しかった。
口塞病というのを知っているか。昔には難病とされた、呼吸が上手くできなくなる病気だ。重篤な咳を伴うこの病気は、死に至ることはなくとも、かなりの苦痛を強いられることになる。それを患った少女が、バルデル医院にいたのだ。メルンは彼女と懇意にしており、その完治の方法を日夜研究していた。
そんなある日、彼女の咳で、俺は目を覚ました。口塞病には、発作のように咳がひどくなる時があり、下手をすれば、四肢の動作に後遺症を残すこともある。俺は急いで彼女の病室に駆け込もうとしたが――俺が身体を起こした時には、すでに麻縄に絞められたかのような咳は聞こえなくなっていた。
失神してしまったのか、そう思い、彼女の病室に向かった。
ドアを開くと、そこには煙が立ち込めていた。その傍らに立っていたのは、マスクをしたメルンだった。その手の煙管を彼女はしまいこみ、メルンは俺を振り返った。
「ごめん、ガンファ――私――医者じゃないみたいだ」
「なにを言って――」
マスクを着けたメルンの姿はそのまま立ち消えた。俺はすぐに彼女を追いかけたかったが、念のため、少女の病状を確認した。ああ、あれは驚いた。彼女には病気の痕跡が一切なかった。咳で腫れているはずの喉も、霞んだ音のする肺も、なにも。
その翌日、あいつは旅立ち、ハウゼに一度として戻らなかった。