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第四十二話

「綺麗な人――」

「あら、ありがとうね。あなたもとっても素敵よ」

 まったく、ナナはいつも思ったことをすぐに口に出す。半ば呆れながら、私は早速本題に入ることにした。

「ここで祭事の道具を購入できるって聞いたんだけれども、あるかな」

 ガンファに記載してもらったリストを渡すと、彼女はしばらくそれを見つめ、頷いた。

「ええ、大丈夫です。ただ、いくつかないものもあるから、代わりになりそうなものをいくつか持ってきさせます」

「助かるよ、お願い」

 コーレウは他のシスターにリストを手渡し、シスターは上品な動きで教会の奥へと消えていった。それを見て、ナナは何かに感動しているが、もう面倒なので聞かないことにした。

「どちらからいらっしゃったんですか?」

「ハウゼから来たんだ」

「まあ――それは長い旅路だったでしょう」

「そうだね。ちゃんと日にちを数えてないから正しくは分からないけど――ねえ、あのカラフルなガラスはなに?」

「ああ、あれですか。あれはリネーハの民なら必ず使うことになる糸紡の術、それを象徴するものなんです」

 象徴と聞き、ガラスに目を凝らしてみたものの、三角形や四角形などの図形がそこに並んでいるだけで、何かの意味を読み取れる気がしない。私はナナの方を見た。

「あれのガラスって何が描かれてるんですか?」

 それそれ、ナナは思ったことをすぐに口に出してくれる。彼女の直球な質問にコーレウは苦笑した。

「そう――そうなりますよね。実は、私の今の説明は単なる言い伝えなのです。この教会はかなり昔からあるのですが、あのガラスは先代よりずっと伝えられているのです。『これがリネーハの象徴であり、起源であり、意義であり、術である』と」

「じゃあすごいものなんですね!」

 しかし、コーレウは微妙な表情を浮かべた。

「いえ――それが、これは私の教会だけの言い伝えでして。このアラファ教会の者以外はそもそも興味も示さない状態です」

「そ、そうなんですね――」

 あまりに気まずい返答に、ナナが珍しく勢いを失った。

 丁度よかったので、私は気になることを聞いてみる。

「そう言えば、糸紡の術、って言ったね。派閥の術に関してはある程度知っているつもりだけれども、街単位のものとなると、有名なのは『治安』とか『神秘』とか――。だから初めて聞いたんだけど、どんな術なの?」

「これがまた、特殊で――これは歴史をなぞる方が、分かりがいいと思いますよ」

 そう言って、コーレウはリネーハの歴史を語り始めた。

「リネーハの街は、元々、布製品に凝りに凝った職人たちの街だったんです。それは今でも伝統として残ってますし、現在ではそこから先に進んで、化粧品なども盛んです」

「だからみんな唇赤かったりしたんですね!」

「ふふ、そうですね。リネーハの街の服飾品は良質だと評判になり、いずれ街も大きな壁を建てるようになったころ――リネーハの人々は暇を持て余すようになりました」

「大きい街あるあるだ。そこから信念が生まれたりする。ハウゼはそこから『神授医』だとか『医師団』だとか『医猟団』が生まれたんだ」

「ええ、仰る通りで。しかし、糸を紡いできただけのリネーハの職人――その行動はあまりにシンプルで、だからこそ、一つの道に定まることはありませんでした。結果的に、糸紡の術は、時に現金で、時に尊い、そんな術になっていったのです」

「面白いな。『信仰』の派閥で、そんな多彩な人間が現れるんだ」

「糸紡は元より、使命ではなく、職人の願望でしたからね。故に――実は土着している一部神様もないのです」

「えっ」

 つい声が漏れてしまった。何のために建っていたか分かりもしないレーチヤの教会事情とは訳が違う。現在も教会が残り、そこに神官がいる――のに、リネーハには一部神がいない。これはかなり意味不明な状況で、血液があるのに身体がない、と言っているのと同じことだ。

「驚かれますよね。しかし、ここの民達はなぜか信心深く、文化として教会という施設が根付いているのです。もちろん、神に仕えているという自覚も」

「土地に神がいないのに信仰してる――ってすごいことだな――」

 私はふとアンのことを思い出し、疑問をぶつけてみた。

「もしかして、誰にも認知されてないだけ――ってことはない?」

「神官を名乗る者がありながら、それはあり得ませんよ」

「おっと――失礼。そうだね」

 神官は神の存在を感じることができ、神託を受け取れる存在だ。イェルククの一部神であるアンは、誰にも神託は授けることが出来ず――そもそもあんな状態だった。あれが例外中の例外なのであって、普通は一部神の存在を身近に感じられるはずだ。

「こう言っちゃなんだけど――不思議な街だね」

「よく言われます」

 コーレウは慣れたように微笑みで返した。

 それからしばらくすると、シスターが手押しの台で、様々な祭事の道具を持ってきた。

「うわ、すご――こんだけ並ぶと圧巻だねえ」

 私は台の前に屈みこみ、それぞれの道具を手に取ってみる。

「うん、うん――良質なものばかりだ。これなら使えるだろう」

「あの、つかぬことをお聞きしますが、何にお使いになるのでしょう?」

「どこかにいる神様を助けるため――あるいは止めるため、かなあ」

 コーレウは首を傾げたが、それ以上は聞いてこなかった。

「あ、そうだ。コーレウ。魚の腹骨みたいで申し訳ないんだけどさ――」

「どうぞ、何でも仰ってください」

「この街に、病気は存在するかい? それも不治の病で」

 コーレウは反対側へと、また首を傾げた

「いくつかあるかもしれませんが――なにせ大きい街なので」

「いや、そうだよね――こう、見たこともない症状のやつ、知ってたら教えてほしいんだけれども――」

「ご期待に沿えるかは分かりませんけれども、私が思い当たる人の家を書いて差し上げましょうか?」

「ああ、頼むよ」

 結局、コーレウが用意してくれた祭事の道具は、全て購入した。お遣いは順調だ。

 しかし、もう片方のお遣いはかなり難航しそうだ。私は、先ほどナナが見つけた食事屋でため息を吐きながら、お茶を仰いだ。

「どうしたんですか? お口に合わないなら、そのお菓子もらっちゃいますよ?」

「呑気なこと言って――今朝方も話したでしょ。新月病の手がかりを見つけるって」

 ナナは街を見渡し、私もその視線に釣られる。この街は今までの経験からするとかなり平和で、それでいて活発な街でもある。ナナは自分の菓子に再び手を付ける。

「でも、何か病気が流行ってる様子なんてないですよ」

「そうだ。そこなんだよ。私はもう少しこう――どんよりとした空気を想定してたんだけど、そんな様子は全くない。リアの方じゃほとんどの人が新月病に罹ってるっていうのに私の検討違いだったのかな――」

「もしかしたら私みたいな人がいるかもしれませんけど」

 私は眉間に皺を寄せた。

「ナナは子供で隠すのも下手だからすぐ勘付いた。それにイェルククの人口は少なかったからね。でもリネーハは下手したら一万人くらいいるんじゃない? その中から探すのはな――」

「だーれがお子様で嘘も下手くそって言うんですか!」

「いや、だからナナのことだって」

「もう! そういうとこですよ、メルンさん!」

 彼女は怒りに任せてか、私の菓子もひったくった。

「ナナ、それ、『医猟団』のお金なんだけど」

「う――」

 すぐに返してくれた。

 私とナナは食事を済ませると、コーレウの心当たりを一軒一軒見て回った。確かに珍しい症状はある。しかし、私にはどれもなじみ深い普通の症状だった。ただそれを診察して帰る、というのはあまりにも不躾で心がないと思い、治療できるものには薬を配る約束をして、すぐの治療が困難なものに対しては、病院への紹介状を、治療法込みで書いてやった。

「疲れた――」

 そうこうしている内に、夜は更け、気づけば少し欠けた月が夜空に上っていた。

「ほんと――疲れましたね――メルンさんって普段からあんなに薬持ってるんですか」

「ああ、まあ――手癖だね。自生している珍しい薬草とか、夜が明けるまで摘んで、製薬に回してるから」

「旅人って言い張るの、無理がありますよ」

 ナナは、半ば恨めし気だ。散々付き合わせたのもそうだが、腹が空いているのだろう。

「ここからさ、馬に揺られて帰るんだよ、ナナ」

「なんてこと言うんですか!? ほんとに!? 泊まっていきません!?」

「そうしたいけど、一刻も早く、このお遣い道具届けないと」

 私が身体を少し揺らすと、節々からポンだかリンだかカラカラだか、怪しい音がする。

「それとも、こんな私とリネーハで一晩過ごしたい? 結構、不審者だよ」

「さ! 早く帰りましょうメルンさん! あ、走らないで! その音やめて!」

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