翌日の朝、私は馬に跨って、ナナを引き上げた。
「わ、わ、わ――」
ナナは馬の上でじたばたと暴れながら、私の服の裾を、まるで綱のように引きながら、最終的には私の胴に抱き着いた。
「馬に乗るのは初めて?」
「は、は、はいぃ――」
しきりに足元を気にする彼女に苦笑しながら、私は馬を歩かせる。
「ちょ、ちょっと待ってください――まだ心の準備が、あああ――」
最終的に、私に完全にひっつく形に落ち着いたらしい。
「ナナ、苦しい」
「いや、無理ですってこんなの! 無理無理無理!」
「大げさだなあ。もし怪我しても治してあげるから」
「怪我前提なのもやだあ!」
駄々というにはちょっと大人びすぎた語彙で、ナナは私の身体により強くひっついた。腹部への圧迫が強まり、これは面白がってナナを煽った罰だと思った。地味な罰だ。
「いずれナナは馬に一人で乗らなきゃいけない。旅を続けるんだったら覚えておいて損はないはずだよ」
「やだ! 馬車にします!」
「やれやれ――」
一周回って後ろでぴくりとも動かなくなったナナからの締め付けに耐えつつ、馬を飛ばして街へと向かう。これだけぴったりくっついているなら遠慮はなしだ。それにこれでだらだらと時間を引き延ばすのも、彼女には酷だろう。
疲れない馬、というのはやはり優秀らしい。朝にリアを出発し、太陽が天辺にたどり着くよりも早く、私達はリネーハの街にたどり着いた。
「はい、着いたよ、ナナ。早く降りる。苦しい」
「無理ですよ、メルンさん――!」
ナナが馬から降りるのを手伝い、なんとか地に足をつけると、すでに彼女はけろっとして、興奮を隠せない様子でぴょんぴょんと跳ねていた。
「これが糸紡の街、リネーハですね! すごい大きな壁!」
「噂には聞いていたけど、やっぱり有名処の街は違うね。ハウゼぐらいある」
しかし、ハウゼよりもその門は堅固であった。白い石を削って作られた城壁が高く高く積まれていて、見上げていると首が痛くなるほどだ。ただ、衛兵のやる気があまり感じられないところを見ると、極端に平和なのか、治安官がいるのかのどちらかだろう。
「まあ、さっさと事情を話して、街に入れてもらおう」
「やった! 観光とかもしていいですか?」
「一応、仕事で来てるんだけど――まあほどほどにやろうか」
今から気を張られても、燃え尽きてしまうだろう。
特にナナは多感な子だから、考えるのは私の役目だ。
「ようこそ、リネーハへ」
審査を済ますと、やはりやる気のない衛兵の声と共に、街の景色が明らかになった。
「『信仰』の派閥の巨大街は、やっぱり建物に凝ってるね。教会も多い」
「わあ! 私、こういう街初めてです――あ、メルンさん、ほら! あそこのお店とかすごい美味しそうですよ――!」
ナナが今すぐにでも駆け出しそうだったので、首根っこを捕まえた。
「あうっ」
「観光するのはいいけど、お昼ご飯の前に一仕事だ、ナナ。特に今日は祭事の道具を変えるだけ買っておきたい。これだけ教会があればかなり数は集まるはずだ。ほら、行くよ」
「ああー」
情けない声を出しながら、ナナは引きずられている。
「自分の足で歩いてね、腕疲れたら馬から落ちちゃうかも」
「はい! すいません!」
あまりに現金すぎるナナを連れて、街で軽く聞きこむと、外の人間にも祭事の道具を売ってくれそうな場所は、コーレウというシスターの教会だと教えてくれた。コーレウの教会は色とりどりのガラスが使われているものの、その外壁はやや欠けており、それほど潤ってないことがわかる。
「まあ、セオ院長の孤児院も似たようなものだったしな」
あそこよりは日が入るだろうし、外壁も白い石で整えられている。あの無骨な教会よりは全然暖かそうではある。
「メルンさんは教会で育ったんですっけ?」
「うーん、教会ではあるんだけど、セオ院長も街も別に『信仰』の派閥じゃなかったからなあ――なんで教会なんてものがあったのかも、実はよく知らないんだ」
「ただならぬ歴史があるんですね――」
「大げさ。どうせ、昔の街長がランドマークとしてテキトーに建てただけでしょ」
「なんて夢のない――夢を叶えるくせに」
「夢じゃなくて、願いね」
くだらない会話を交わしているとその声を聞きつけたのか、教会の中から一人のシスターが現れた。長い金の髪に、伏せられた目。その目が開いたとして、それを識別できるかは自信がない。身体つきは普通だが、その代わりに背が高く、彼女が私の目の前に立った時、その顔を見上げなければならなかった。
「あまり見ない格好の方ですね。旅人さんですか?」
彼女は、恭しい礼をした。
「私は、神官コーレウ。このアラファ教会を担当しております」