「
とにかく、男性を連れて篁の元へ走る。
何かの間違いだろうと思っていたのに、篁はさして表情を変えずに羽扇を掲げた。
「待ってください! 何かの間違いじゃないんですか!?」
「忘れたのか? 透けておらんだろう」
私が慌てて男性と篁の間に体を割り込ませると、篁はにべもなく言った。
「だからってそんな義務的な! こんなに若い人ですよ? 間違いでしょう!?」
「あんた、さっきから何ワケ分かんねえこと言ってんだ? 誰だよ、コイツ」
金髪の男性は、気味悪そうに私と篁を見比べる。
「アコ」
男性がハッとしたように呟いた。
「そうだ! アコは? 一緒にいたはずなんだ。車で展望台に向かっ……」
男性は言葉を切って青くなり、篁に掴みかかる。
「なあ! 俺どうなっちまったんだよ!? アコは!?」
篁は黙って男性の手を引き剥がすと、再び羽扇を掲げた。
「帰るが良い」って言うんだよね? おかしいよ。こんなに若い人が冥界に来るなんて……。でも、この人は透けてない。
イヤだ。こんなに生命力に溢れてる人に死後の説明を──?
「ま、待ってください!」
気づいたら身体が動いていた。
袖を引かれた篁の顔が険しくなる。
「何か確かめる方法はないんですか? この人だって納得できませんよ。間違いの可能性だってあるでしょ」
私がまくし立てると、篁は眉間を押さえてため息をついた。
「ならば俗世を
羽扇が私の鞄に向いている。
指図されなくたって行ってやるわよ。こんな時すら義務的な篁の対応は、絶対におかしい!
「大丈夫ですからね」
不安げな男性を元気づけると、私は鞄に飛び込んだ。
「阿呆が」
舌打ち混じりの篁の声が、微かに聞こえた──。
「痛ったぁ……」
頭を押さえつつ起き上がる。この痛覚が、今いる場所が俗世であるということを明確に物語っていた。
「何よ、ここ! めっちゃ山ん中じゃない!」
ビジネススーツにパンプスだっていうのに。身体についた小枝や落ち葉を払いつつ、大切な鞄を拾い上げる。
前方に黒煙が見えた。
「!!」
進んでみると、黒のSUVが横転して黒煙を吐いている。上を見上げると、ガードレールが突き破られていた。
事故だ。
カーブを曲がりきれなかったのか。
「嘘……」
寂しい山道。
通りかかる車はない。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄って叫ぶ。
横向きになったフロントガラス越しに、あの金髪の男の人が見えた。頭から血を流し、ぐったりとして動かない。
隣で誰かが身じろぎした。
「あッ!」
栗色の髪、ポニーテール。白いワンピース。
さっき冥界に来た女の人──!!
「シュンちゃん!? イヤ! しっかりして!!」
隣の男の人に必死で呼びかけてる。
事故のせいで気を失ってたんだ。篁に「帰れ」と言われて、意識が戻ったのだろう。
女の人は、冥界に来た時「シュンちゃん、どこ?」と言っていた。ってことは、この金髪の男性が“シュンちゃん”……。
この二人、繋がってたんだ。
「大丈夫ですか!? 今、救急車を──!」
必死で呼びかける。
何としても助けなきゃ。
この女の人……アコさんのためにも。