渡し船は、やがて岸についたようだ。出発前とは打って変わって霧に煙っている。獄卒に誘導されながら下船するタナカさん。
ウロウロしていると、洋風の一軒家が現れた。
冥界のイメージとミスマッチなんだけど。これもアップデートの影響? タナカさんは、板チョコのようなドアをそっと開ける。
「いらっしゃい」
鹿撃ち帽に茶系のインバネスコートの紳士が椅子に腰掛け、パイプをくゆらせている。
世界的に有名な探偵のコスプレっぽいんだけど何で?
【死後十四日目の裁きを担当します、
わお。よく見れば青い目のイケメン!
「早速お話を伺いましょう。あなたは生前、どんな
「功徳など、そんな大層なことは……」
タナカさんがひれ伏す。初江王さまは「ふむ」と少し考えると、タナカさんの背中から紙をはがした。
「この紙は、裁きに利用する帳面なんだよ」
巻き物を覗きながら、閻魔さまが解説する。秦広王さまが亡者を送り出す際に背中を叩くと生まれるものらしい。
「目立った功績はないが、あなたはファミリーのために仕事に励んでおられたようだ」
初江王さまが微笑んだ。包容力に溢れた横顔が素敵。
【むせび泣く亡者・タナカ。秦広王が恐ろし過ぎたため力が抜けたようであります】
分かる。人生まっとうしたんだから、初江王さまみたいに優しくしてほしいよ。
「ときにミスター・タナカ」
初江王さまが理知的な目を光らせる。
「あなたは四十八年前の十月十一日十二時四十七分頃、どこで何をしておられましたか?」
「そ、そんな昔のことは覚えとりませんが」
だろうね。
「あなたは約ニ分後、パチンコに出かけている。そこで必要になるのは遊興費だ」
一旦言葉を切り、パイプから煙を吐き出す初江王さま。タナカさんは、何かを思い出したように真っ青になった。
「あなたは、ワイフのへそくりに手をつけたのです」
何しちゃってんの、タナカさん!
頭を抱えるタナカさんに、初江王さまはたたみ掛ける。
「あなたは、それから約ニ年にわたって同様の手口でパチンコ代を」
「わしがバカだったんじゃーっ! 許してくれ、ばあさん!」
床に額をぶつけながら泣き叫ぶタナカさん。
初江王さまはサイドテーブルのインク壺にペンをつけ、例の帳面にサラサラと何か書き付けていく。
いくら家族でも、黙ってお金を持ってくのはなぁ……。だけど後悔してるみたいだし、キツい裁きはやめてあげてほしいな。
「ファミリーに尽くした分は帳消しですな。反省はしているようだが」
容赦無い。
書き終えた帳面をざっと見直すと、初江王さまはスッと立ち上がった。足が長くて素敵。
平伏すタナカさんの傍に
「さあ、これを持って次へ進みなさい」
タナカさんが帳面を受け取った瞬間、辺りは再び霧に包まれ始めた。初江王さまの姿も消えた。
あーあ、素敵だったのに。
そういえば秦広王さまも初江王さまも、タナカさんの生前の所業はすべてお見通しだったみたい。
初江王さまったら、初めから知ってるクセに探偵風を装ったりして。カッコいいから許しますけどね。
今度は何を裁かれるのかな。人生まっとうしても、すぐにお花畑の天国に行けるワケじゃないんだ。大変だなぁ、タナカさん。
やがて、霧の中にぼんやりと瑠璃色のテントが見えてきた。四角張ってて天辺だけが尖ってる、占い小屋みたいな。
【さて。次なる王は
へえ。次は宋帝王かぁ。
もしかして、みんなイケメンなのかな!?