闇の中、タナカさんの悲鳴がこだまする。
しわがれた叫び声に辟易し始めた頃、ようやくトンネルの出口が見えてきた。
「はい、お疲れ様でーす」
ジェットコースターの降車場のようなところに、角が2本のお兄さんが立っている。首から名札を下げてるんだけど、彼も獄卒なのかな。
フラフラと立ち上がるタナカさん。
「こちら、三途の川となっておりまーす」
獄卒くんが指し示す先は、明るく拓けているようだ。この畳敷きの空間と同じく、黄金色の雲がモクモクと漂っている。タナカさんに笑顔が戻った。
タナカさんが進んでいくと巨大な水場が現れる。
視界を横切るように伸びる……これが三途の川? イメージしていたよりも川幅は広いみたい。お花畑でも何でもなく、普通の河原だ。遥か遠くに山々が連なっているのが見える。たくさんの人が行き交っててとっても賑やか。
そこへ。
「へっへーっ!」
「ハッハー!」
平和と思われた河原に突如奇声が上がり、その辺にいた亡者たちが泡を食って逃げ始めた。タナカさんも例外ではない。
【おおっと。亡者・タナカ、ジジイとババアに追われているーっ】
ナレーションの口が悪い。
でも、タナカさんたちを追い回しているのは確かにギョロ目のお爺さんとお婆さんだ。ヨボヨボなのに足がめっちゃ速い。
「はい、ちょっとストップ」
閻魔さまから声がかかった。巻き物から目を離す。
「これは
「あ、名前は聞いたことあります」
閻魔さまの説明によると。
奪衣婆が亡者の衣服を剥ぎ取り、懸衣翁がそれを
「罪の大きさで川の渡り方が変わるんだけど、今はみんな船に乗るからね」
ちなみに船がなかった時代は。
罪のない者は金銀七宝で飾られた立派な橋を、罪が軽い者は浅瀬を、重罪を犯した者は濁流の中を渡ることになっていた。
この濁流、大量の岩が流れてきて亡者を傷つける。しかし既に死んでいる身体はすぐによみがえるため、何度も苦しまなければならない。
悪いことはするもんじゃない──。
閻魔さまが言う通り、今はみんな渡し船に乗れるようになった。ただし渡し賃がいる。
私が亡者の方々をご案内する際、六文銭を忘れていないか確認するのはそのためだ。現代の価値にして約三百円。
“地獄の沙汰も金しだい”とは、正にこのことである。
「じゃあ、なんで亡者たちを追いかけてるんですか?」
「いい質問だね。ま、これはお楽しみイベントみたいなものさ。何もなかったらつまらないだろ?」
いや、楽しみっていうか。
みなさん、けっこう怖がってるよ?
「それに、あそこで走ってるのは着ぐるみだしね」
新事実!
「精巧なのを作ったんだ。本物たちはとっくに引退。衣領樹のそばに家を建てて悠々自適の生活だよ」
一体いつからなの。
巻き物に目を戻せば、ひとしきり亡者を追いかけ回した獄卒たちが岩陰で着ぐるみを脱いでいた。あ、こっちに向かって照れ臭そうに笑ってる。
いや、そんなん見せられても……。
「ほあー、壮大な景色じゃのう。ばあさんを連れて来りゃよかった」
タナカさんは、しみじみと辺りを見回した。
【いや、ばあさん道連れにすなよ!】
ナレーションがどんどんキツくなってる。確かに観光地じゃないけども。
「渡し船に乗る方~。こちらにお並びくださ~い」
アニメ声優みたいな声の女性獄卒が呼んでる。タナカさんは、他の亡者たちと一緒に木で組まれた船着き場に並んだ。
やがて、からっぽの船がのっそりと姿を現す。
「……海賊船?」
「渡し船もリニューアルしたんだ。クールだろ?」
得意げな閻魔さま。アップデートの方向性間違ってない?
タナカさんたちは獄卒に六文銭を渡し、本体も帆も黒一色の海賊船に乗り込んだ。似合わない。でも。
汽笛が鳴ると、辺りは一気に荘厳な雰囲気に。獄卒たちは仕事の手を休め、船に向かって最敬礼する。渡し船が、ゆっくりと川面を進み始めた。
「タナカさん、不安そう……」
あの寂しげな表情を見てると胸が痛くなる。タナカさんたちは、これからどうなるんだろう。
「大丈夫だよ」
閻魔さまに肩を抱かれた。
「これから分かっていくからね」
そのまま頭をポンポンされる。
「は、はいっ……! しっかり勉強します!」
私は、超絶イケメン閻魔の香りを必要以上に鼻の奥に流し込みながら答えた。
研修最高!
冥界万歳!