「はいはーい。見つめ合ってるとこ失礼しまーす」
近くから閻魔さまの声がする。
ど、どこ……!?
「やあ、紗那ちゃん」
「きゃあぁっ!」
「ふふふ。驚いた?」
閻魔さまは全身を外に出すと、そのまま足を組んで篁の机に腰掛けた。ちょうど、私と篁の間に入る形だ。
閻魔さまは、どこからでも現れる。
懐から手鏡を取り出し、乱れたヘアスタイルを直してる。真っ黒で四角くて、ゴツゴツとした装飾が施された鏡だ。
「良いムードのとこ悪いね」
「いいえ、まったく問題ありません」
すまなそうに謝る閻魔さまに、笑顔で答える。
良いムードなんてとんでもない。
阿呆と言われていたところです。
過剰労働に暴言。
時代錯誤も甚だしいパワハラだ!
「またお前か」
さらに機嫌が悪くなる篁。
「あれぇ、紗那ちゃん。ビジネススーツなの? 服装は自由って言ったのにィ」
閻魔さまが不服そうに眉を寄せる。
「水着でもいいし、何ならこないだのパジャマでも良いんだよ」
「セクハラですよ、閻魔さま」
閻魔さまなら許しますけどね。
服装自由はありがたいけど、ビジネススーツの方が何かと都合がいい。私は実家暮らしなので、
人目につかない路地裏に入って、周囲に充分気を配った上で鞄に手を入れる。誰かに見られたりしたら大変だ。
「して、要件は」
篁が閻魔さまの肩越しにぬっと顔を出した。
「もー。せっかちだなぁ、篁は」
閻魔さまは呆れたように篁を一瞥すると、すぐに鏡に視線を戻す。角度を変えながら自分のイケメンぶりを確認すると、満足そうに頷いた。
「紗那ちゃんも、そろそろ冥界の詳細を知っておいた方がいいと思ってね。ちょっと時間とれるかな?」
わ。
新人研修ですか。
「行きます行きまーす!」
右手をビシッと上げる私。
「いいねぇ、意欲的で。そういうワケだから篁、ちょっと紗那ちゃん借りるよ」
「フン」
篁は不満そうに机に足を投げ出した。私がいないと自分が動かなければいけないため、面倒なのだろう。
「研修なら仕方ないですよね、篁さま~。あとお願いしまーす」
ホントは帰るつもりだったけど、私の感覚だと俗世はまだお昼過ぎ。時間的には余裕だ。
しかも、超絶イケメン閻魔と研修だよ!
「どうぞ、紗那ちゃん」
少し曲げた腕をこちらに差し出して微笑む閻魔さま。私は、ドキドキしながらそこに自分の手を添える。
冥界万歳!!
研修終わったら黙って帰っちゃおーっと。