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プロローグ


 就活用の鞄に吸い込まれた直後、足が地面に着地した。


 パンプスの足元は一面畳敷きだ。それは無限に広がっており、所々に朱色の太い柱がどっかりと腰を据えている。見上げれば一面モクモクとした黄金色の雲が垂れ込め、柱の先は見えない。



 いや。私は冗談は言ってない。いつのもように“出勤”しただけである。



 早速、クライアントを発見した。

 上品そうなおばあさん。不安そうだ。



 「こちらへ参りましょう」



 おばあさんの手を取り、歩調を合わせてゆっくりと進む。



 少し先に、大統領執務室とかにありそうな重々しい机が鎮座している。その黒光りする机の上に、ぞんざいに足を投げ出した着物姿の男が私の上司だ。



 「タカムラ様」



 「ん」



 声をかけると、タカムラは緩慢な動作で座り直した。傍らに置いてある真っ白な羽扇を持ち上げ、おばあさんに翳すと──。



 「うむ。大往生であるな」



 タカムラが荘厳な声音でそう告げると、おばあさんの表情がフッと和らぐ。



 「そう……。やっと得心がいきましたよ。私、死んだのね?」




 おばあさんは、うっとりとため息をついた。



 「それにしてもまぁ、閻魔様がこんなに目元の涼やかなお方だったとは……」



 「我は閻魔ではない」



 タカムラは手短に答え、私に向かって刃物のような視線をくれる。



 はいはい、分かってます。



 私は、おばあさんに向き直って微笑んだ。



 「この後のご説明は私が。ご遺族に伝え忘れたことはございませんか?」





 ここは冥界の入り口。

 私の職場だ。





 「まず、三途の川の渡り方ですが」



 おばあさんを応接セットへ案内し、私は巻き物を広げた。



 「六文銭はお持ちですか?」



 やや耳が遠いおばあさんのため、ゆっくり発音する。おばあさんは困ったように首を振った。



 「ああ、葬儀屋さんがお忘れになっているようですね。あれがないと渡し船に乗れません。お手数ですが、こちらのブースで夢枕にお立ちください……」



 寿命を全うした方を三途の川へ送り出し、そうでない方を俗世へお帰しする──。



 これが、私の仕事である。




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