ギルドの中は、いつもの様にたくさんの冒険者達で混雑していた。
「…………」
ヒトリは辺りを見わたし、こそこそと人がいない壁際を歩いてギルド内の一番奥へにある席へと向かった。
日の光が全くあたらず、明かりは吊るされた蝋燭の火のみでかなり薄暗い席。
誰も座ってない席にヒトリが椅子に座った。
「……ふぅ…………やっぱり、この席は落ち着くな~………………」
ヒトリは少しの間、感傷に浸る。
そして日課のナイフを磨こうと、布を出す為に道具袋に右手を入れた。
「……あっ」
ヒトリは、右手に触れた物を道具袋の中から取り出す。
それはデフォルメされたドクロの仮面だった。
「……ツバメちゃんが、拾って入れておいてくれたのかな?」
ヒトリはドクロの仮面をジッと見つめる。
そして、道具袋から布を取り出して仮面を拭き始めた。
ヒトリの表情はとても柔らかく、それはまるでわが子を愛でているかの様だった。
「………………よし、こんな所かな」
汚れが落ち、綺麗になった仮面を道具袋の中へしまう。
「……さてと……」
今度はナイフを磨く為に、ナイフを取り出した……その時。
「ヒトリ、受けてほしい依頼があるの!」
「ふえっ!?」
突然のツバメの登場に、驚いたヒトリが手にしていたナイフを足元へと落としてしまう。
「あぶなっ! もう~気を付けなさいよ」
ツバメが呆れながら、ヒトリの傍へと近づいた。
ヒトリは慌てふためきながら床に落ちたナイフを拾い、ツバメの方を見つめた。
「えっ? ちょっ……タ、タイミングがおかしくない……?」
いつもなら、ヒトリがナイフ磨きに集中している時にツバメがやってくる。
それは何時何時でもだ。
にもかかわらず、今日のツバメはナイフ磨きに集中する前に声をかけて来た。
いつもと違う事に、ヒトリはちょっとした恐怖を感じてしまう。
「ん? 依頼を頼むのに、タイミングがおかしいとかないでしょ」
ツバメは不思議そうに首を傾げた。
言っている事は確かにそうだが、ヒトリからすればおかしなことである。
「そ、そうだけど……ボクからしたら……そうとも言えなくて………」
ブツブツ言いつつ、ヒトリは椅子へと戻った。
「何ぶつくさ言っているのよ? まぁいいわ。はい、これ」
ツバメがテーブルの上に1枚の依頼書を置いた。
ヒトリは口を尖らせつつ、依頼を手に取って目を通し始める。
「……もう……相変わらずなんだから…………え~と、依頼内容は人探し……名前は……えっ……?」
依頼に書かれていた名前に、ヒトリが息を詰まらせた。
そこにはヒストリアの名前が書いてあったからだ。
わけがわからず、ヒトリはツバメに向かって顔を向ける。
「……ツ、ツバメちゃん……こ、これってどういう……」
「聞いて下さいよ、冒険者さん」
ツバメとは違う女性の声が聞こえて来た。
「その人、ボクの幼馴染なんです。けど、一緒に誘拐されて……離れ離れになったんです」
「……えっ……えっ……」
ツバメが笑いながら、顔を右の方に向けた。
すると、女性のウサギの獣人が顔を出した。
そのウサギの獣人は肩より長い白髪で、右耳は半分くらいの長さしかなかった。
「……あっ……あっ……」
獣人の姿を見たヒトリは体を震わせた。
「で、3年前に偶然再会したんですけど…………そいつ、会うなりいきなりボクの胸にナイフを刺したんですよ」
ウサギの獣人は怒った表情を見せ、腕を組んだ。
「……う……うそ……そ、そんな……」
ヒトリは声を震わせながら、立ち上がる。
「そして、そのまま姿を消しちゃって……兵士さんが治癒ポーションを持っていなかったら、死んじゃうところだったんです……酷い話だと思いませんか?」
ウサギの獣人は腕を解き、笑顔でヒトリを見つめた。
「……パ、パティイイイイイ!!」
ヒトリは涙を流しつつ、パティに向かって飛びついた。
「……久しぶりだね……ヒストリア。やっと会えた……」
パティも涙を流しつつ、ヒトリの体を抱きしめた。
「よっよかったああ! い、生きてて……! あ、あの時は……本当に……ごめん! ごめんね!」
「うん……いいよ……事情は聞いたから……だから……もう…………ボクも……ヒストリアが生きていてくれて……すごく嬉しい……」
2人はもう二度と離れない様、強く……強く抱きしめ合った。
しばらくしたのち、少し落ちついた2人が離れる。
「ぐす…………と、ところで……どうして、パティがここに……?」
ヒトリの質問に、パティがツバメの方を向いた。
「1週間ほど前に、ツバメさんから連絡が来たの。ヒストリアが生きていて、冒険者をしてるって」
「……え? ツバメちゃんが?」
ヒトリもツバメに顔を向けた。
ツバメは照れ臭そうに、右手の人差し指で自分の頬をかいた。
「あ~……うん。ヒトリにはお世話になりっぱなしだから、何かできないかなって思って。で、もしかしたらって思ってヒトリから聞いた情報を元に、独自でパティさんを探してみたの。そうしたら、事件の後に教会へ戻っていた事が分かったのよ」
「……教会って……」
「そっ、ボク達の家だよ」
パティの言葉に、ヒトリの顔が少し曇る。
「……」
「ねぇ、誘拐された日の夜……交わした約束を覚えてる?」
「も、もちろん……」
「ボク、約束を破って先に帰っちゃったけど……今度こそ2人で……一緒に帰ろう? ね?」
「……」
ヒトリが戸惑い、1歩後ろに下がってしまった。
「ヒストリア?」
「……か、帰れないよ……パティが生きていた事は嬉しいよ……でも、今のワタシに帰る資格なんて……」
「何言っているの、ヒトリ」
ツバメがヒトリの右手を優しく掴んだ。
「……ツ、ツバメ……ちゃん?」
「約束を交わした幼馴染が迎えに来て、一緒に帰ろうって言っているんだよ? 資格なんて関係ない。それに、ここで拒否をすれば絶対に後悔するわ。友達……親友の助言は聞くものよ」
そして、パティの左手にヒトリの右手を乗せた。
「……もうヒストリアったら変わらないわね。ほら、帰るわよ」
パティはヒトリの右手を握りしめる。
「…………う、うん……わかった……」
ヒトリが頷き、握り返した。
それを見たツバメは、そっと手を離す。
「あ、そうだ。これを返すね」
パティは貝殻のついたネックレスをポケットから取り出した。
「……あっ……これ、まだ持っててくれたんだ……」
「当たり前じゃない。ボクにとっても大事な物だったしね」
「……あり……がとう……」
ヒトリは左手で貝殻を受けとり、ギュッと握りしめた。
「よし、それじゃあ行きましょうか!」
パティはヒトリを引っ張り駆け出した。
「あわっ! あっツバメちゃん! ありがとう!」
「お礼なんていいわよ。行ってらっしゃい! ヒトリ!」
ツバメは笑顔で右手を振った。
「うん! 行ってきます!」
ヒトリも笑顔を返し、パティと一緒にギルドの扉を開けた。
ヒトリぼっちの陰キャなEランク冒険者 ――終――