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4・戻る日々

 【影】達との戦いから2週間がたった。


 冒険者ギルドの2階、換気の為に開かれた窓の1室。

 その部屋のベッドの上に、ヒトリが横たわっていた。


「………………うう…………」


 ヒトリの目蓋がゆっくり開かれる。


「…………?」


 目を左右に動かし、状態を把握しようとする。

 だが、頭がぼんやりとしてなかなか理解できなかった。


「……うっ!」


 体を動かそうとすると、全身に激痛が走る。


『ピ?』


 ベッドの横で寝ていたレッドワイバーンの赤ちゃんが顔を上げた。


「…………シェリー……?」


 シェリーとヒトリの目が合う。


『ピィ! ピイイ!!』


 シェリーが慌てた様子で、半開きになっていたドアから飛んで出て行った。


「…………ボ、ボクは……どうなって……」


 バタバタと部屋に向かって入ってくる足とが聞こえて来た。

 そして、勢いよく扉が開く。


「ヒトリ!」


 部屋に入ってきたのは、シェリーを頭の上に乗せたツバメだった。


「……ツバメ……ちゃん……?」


「はぁ~はぁ~……よかった……ようやく起きたのね……もう2週間も眠り続けていたから、このまま起きないんじゃないかって思ったわよ」


 ツバメはベッド傍にある椅子に腰をかけた。

 シェリーはツバメの頭から降り、ヒトリの寝ているベッドの上にちょこんと座った。


「ヒトリが起きた事、教えてくれてありがとうね」


 シェリーの頭をツバメが優しく撫でた。


『ピィ!』


「どう? 体の様子は?」


 ツバメはシェリーからヒトリに視線を変える。


「…………えと……か、体を……動かそうとすると……痛い……」


「そか……ん~怪我は治癒ポーションと、魔石の力で治っているはずなんだけど……ちゃんと先生に診てもらった方がいいわね。今トーマくんが先生を呼びに病院へ行ってくれたから、すぐに来ると思うわ」


「……魔……石……? ……え?」


 ヒトリは頭を少し上げ、自分の胸元を見る。

 そこには砕けたはずの魔石が埋め込まれていた。


「……? ……これ……どういう……」


「ああ、それは……いや、目覚めたすぐに説明するのもあれか」


「……教えて……あの後……どうなった……の?」


 ヒトリはツバメをジッと見つめる。

 ツバメは小さくため息をつき、語り始めた。


「……わかった。ヒトリが倒れた時…………」




 ――2週間前、玉座の間。


「ヒトリ! お願いだから治癒ポーションを飲んで! ねぇってば! 目を開けて! ヒトリ! ヒトリイイイイイイイイイ!!」


 玉座の間に、ツバメの悲痛な叫びが響き渡る。

 シーラがツバメの隣に屈む。


「一体どうしたっていうんだい!」


「わ、わからないんです! ヒトリが治癒ポーションを飲んでくれなくて! 血も出てるし、どんどん体も冷たくなって……! ヒトリ! ヒトリ!」


 ヒトリの体を揺らすツバメ。

 それをユウが止めに入った。


「揺らすのは良くないです! 落ち着いて下さい!」


「で、でも……でもおおお」


 嗚咽するツバメの肩に、カラが手を置いた。


「危険な状態ではありますが、まだヒトリ様は生きておられます。ユウ様のおっしゃる通り、冷静になってください」


「うう……」


 多少落ち着いて来たツバメだが、とても頭が動く状態ではないのは明らかだ。

 故にシーラが必死に考える。


「…………そうだ! 治癒ポーションを口移しで無理やり飲ませるのは……」


「治癒ポーションは無駄よぉ」


 シーラの提案に、女性の声が遮った。

 その声の主は入り口前に横たわる、ロープです巻き状態にされたケイアだった。


「無駄って、どういう事だい!」


 シーラがケイアに向かって怒鳴る。

 ケイアは気にせず話を続けた。


「怪我よりもぉ、魔石が壊れた事の方が問題なのよぉ。ヒトリちゃんはゴーレムの様に魔力が必要な体だからぁどんどん衰弱していっているわけぇ」


「魔石って……じゃあ、ヒトリはもう助からないんですか!?」


「……あるわよぉ。ヒトリちゃんが助かるかもしれない方法ぉ」


「ケイア、それは本当なのかい!?」


 シーラがケイアの傍へと駆け寄った。


「絶対とは言えないけどねぇ。教えてほしいぃ?」


「…………教える代わりに、お前を逃がせとか言うんじゃないだろうね?」


 シーラの言葉にケイアは頭を左右に振った。


「そうしてもらいたいけどねぇ、それが無理なのはわかってるわぁ。ジャックがやられ、キングもやられ、私もこの状態ぃ……王国は戻ってくる騎士と冒険者に取り戻されるのも時間の問題ぃ……もうどうしようもないからぁ、ただの気まぐれよぉ」


「…………その方法っていうのは?」


「カラの魔石を使うのよぉ」


 全員の目線が自然とカラへと向けられる。


「ヒトリちゃんもゴーレムの一種。だからぁ加工された魔石を埋め込めば、体に魔力が補給されるはずよぉ」


 カラは、自分の胸元に埋め込まれている魔石に手を置いた。


「ですが、カラの魔石は特殊な加工をされています。ヒトリ様に適応しないのでは?」


「そこがぁかもしれないって事よぉ……どの道、このままだとヒトリちゃんは死んじゃう……適応するしないは……賭けねぇ」


「……」


 ケイアの言葉に、全員が黙ってしまう。

 そんな中ツバメは涙を拭き、カラを見つめた。


「……カラ、あなたの魔石を貸してもらってもいいかな?」


「問題はありませんが……賭けるのですか?」


「……うん。何もしないよりは……」


「わかりました」


「ごめんね、カラ」


「いいえ、カラに謝る必要はありません。ヒトリ様が助かる事を、お祈りしています」


 カラは自分で魔石を引き抜く、と同時に停止した。

 ツバメは立ち上がり、カラの魔石を手に取る。

 そして横になっているヒトリの傍に座った。


「…………お願い……」


 ツバメはヒトリの魔石が埋め込まれていた場所に、カラの魔石をさしこんだ。




「…………という訳で、魔石はうまく適合。それから、あんたはずっと眠っていたわけよ」


「……そう……だったんだ……」


 ヒトリはゆっくりと右手を自分の胸元に置いた。

 そして、魔石を優しく撫でた。


「あ、カラは大丈夫よ。アルヴィンくんがすぐに魔石を加工して、今は元気に動いているから」


「お、お礼……言わないとね……」


「まともに動ける様になったらね…………キングのアッシュさん、クイーンのケイアさん、ジャックのバァルさんは檻の中。城下町に出た化け物は殲滅、【影】のメンバーもほとんど捕まった……もう【影】は消滅したような物よ」


「……」


 ヒトリは少し顔を上げ、外の空を見つめた。


「ヒトリ」


「……ん? ……あ……」


 ツバメが優しくヒトリの頭を撫で始めた。


「本当に……お疲れ様」


「…………」


 ヒトリは気持ちよさそうにしつつ、目蓋を閉じた。

 ツバメの優しく温かい手。

 窓から入ってくる柔らかな風。

 聞こえて来る、いつもと変わらない城下町のざわめき。

 すがすがしい気持ちと心地良い感覚に包まれながら、ヒトリはもう一眠りするのだった。

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