「――っ!!」
先に動いたのはヒトリの方だった。
身を低くしたまま、アッシュに向かって駆け出す。
「おいおい、ここに来て突っ込んでくるのかよっ!」
アッシュはタイミングを見計らい、走って来るヒトリにブロードソードを振り下ろした。
刃がヒトリに当たった瞬間、ヒトリの姿が陽炎のように消える。
「なっ!? 消え――」
ヒトリの姿はアッシュの背後にあった。
ブロードソードが降り下ろされるタイミングで、前方にジャンプをしてアッシュを飛び越えていたのだ。
隙を見せたアッシュの背後に、ヒトリがナイフを振り下ろす。
「……なんて――なっ!」
アッシュは左足を軸に体を回転させ、ヒトリの腹部に蹴りを入れ込んだ。
「ぐっ!」
蹴り飛ばされたヒトリは受け身を取り、床に着地する。
アッシュは着地の隙を狙い、ブロードソードを振り回して襲い掛かる。
「そらそらそらそら!」
「くっ!」
無理な体勢だったにもかかわらず、ヒトリは必死に体を動かして刃を避け続けた。
だが、全てを回避する事は到底出来ず、体のあちらこちらに切り傷を負ってしまう。
「あぐっ!」
ブロードソードがヒトリの右肩を大きくかすめた。
とっさに左手で右肩を抑えると、隙を狙っていたアッシュがトドメとばかりにブロードソードを大きく降り下ろした。
ヒトリもアッシュが大振りする瞬間を狙っており、大振りに合わせて後方にジャンプし、回避をしつつアッシュから距離をとった。
「チッ……だが、流石にをかわし続けるのは無理だったな。その右肩の傷、結構致命的だろ?」
「……」
ヒトリは血が止まらない右肩を左手で押さえ続ける。
「良いんだぜ? 治癒ポーションを飲んでも」
「……飲もうとした隙に、斬りかかってくるのがバレバレです」
「だよなー……この戦況で、そんな馬鹿な事はしないか」
「……」
ヒトリは右手に力を入れた。
傷は痛むが、我慢できないほどではない。
まだナイフは握りしめられる……まだ戦える。
「ふぅ……――っ!!」
ヒトリが走り出す。
床を蹴り、壁を蹴り、柱を蹴り、天井を蹴ってアッシュに向かって襲い掛かった。
右肩が負傷しているにもかかわらず、今だにスピードが落ちないヒトリにアッシュは防戦一方になってしまう。
「はっ! まさかっ! まだここまで! 動けるとはなっ!」
アッシュはヒトリの姿を目で追いかける。
ヒトリと出会ったあの時と同様に、動きから行動パターンを読み始める。
「……天井……柱……壁……床………………ここだっ!!」
アッシュはヒトリの動線に割り込み、あえて胸元に向かってブロードソードを突きだした。
ヒトリの胸元、それはもう一つの心臓と言える魔石が埋め込まれている場所。
最初から狙っていれば、この勝負はとっくについていたかもしれない。
しかし、アッシュはあえて今まで狙わなかった。
それは余裕であり、戦いが簡単に終わってしまう事への傲慢な態度だった。
だが、もういい。
この戦いは十分に楽しんだ、もう終わらせる。
ブロードソードを避ける為に体勢を崩したその時、ヒトリの首を一瞬で落とす。
アッシュはそう考えていた……が――。
「――なっ!?」
ヒトリは避ける仕草を一切見せず、ブロードソードが埋め込まれた魔石に突き刺さった。
魔石は粉々に砕け散り、破片が辺りに飛び散る。
アッシュが微塵も思わなかった『避けない』という選択。
その選択が、アッシュの思考を一瞬だけ停止させた。
「はあああああああああああっ!」
大きな隙を晒してしまったアッシュに向かって、ヒトリは残っていた全ての力をナイフに込めて両肩へと突き立てた。
「ぐあっ!!」
アッシュの両手の力が一気に抜け、ブロードソードが床へと落ちる。
「――っ!!」
ヒトリは左手で拳を作り、アッシュの顔を思いっきり殴りつけた。
「がはっ!」
殴り飛ばされたアッシュは、大の字になって床に倒れ込む。
「はあ~……はあ~……」
ヒトリは肩で息をしながら、ゆっくりとアッシュの傍に近づいた。
「…………殺せ」
アッシュの言葉にヒトリが首を振る。
「……いや……です……」
「……慈悲はいらねぇ……さっさとやれ……」
「……じ、慈悲なんか……じゃ……ないです……ボ、ボクは……冒険者……です……人殺し……なんて…………あっ……」
両足に力が入らなくなり、ヒトリが床に倒れそうになった……その時。
「――ヒトリッ!!」
ツバメが名前を呼びながらヒトリの腕を掴み、自分の体の方へと引き寄せて優しく抱きしめた。
「………………あれ……ツバメ……ちゃん……?」
「良かった……生きてる……本当に良かった……」
ツバメは大粒の涙をこぼしつつ、ヒトリを支えながらゆっくりとその場に座る。
そして、ヒトリを横に寝かせてから治癒ポーションを取り出し、ヒトリの口元へと持って行った。
「「ヒトリさん!」」
「国王様!!」
遅れて玉座の間に入って来たユウとシュウ、カラはヒトリの傍に駆け寄り、メレディスは倒れている国王の元へと走って行った。
もう1人はアッシュの傍へと歩いて行った。
「…………ああっ?」
アッシュは近づいて来た人影に気付き、顔を向ける。
その人影は、割れたキングの仮面を持ったシーラだった。
「……キングはあんただったのかい」
無表情でアッシュを見下ろしながら、仮面を放り投げるシーラ。
「……はは……驚いたかい? 姉御……」
アッシュがいつもの口調で笑う。
「ジャックはバァルでクイーンはケイア……知人ばっかりで、もう驚き疲れたよ。だからキングがあんたでも、もう驚きはしないさ」
シーラは肩をすくめた。
「……なんだよ……それ……長い付き合いなんだから……驚いてくれよ……」
「【影】のキングがEランクの冒険者に倒される……確かに驚きだね」
「……チッ…………相変わらず……厳しい……な……はは……は……」
頭をガクッと落とし、気絶するアッシュ。
それを見たシーラは顔を伏せてしまう。
「……まったく……どこまで馬鹿で迷惑な奴なんだ」
「ヒトリ!?」
「「ヒトリさん!」」
ツバメ、ユウとシュウの声にシーラは顔を上げて振り返る。
そこには必死に治癒ポーションをヒトリの口へと流すツバメと、名前を叫ぶ双子の姿があった。
治癒ポーションの中身は口から零れ落ち、ヒトリの顔は全く生気を感じとれない状態だった。
「なっ!」
慌ててシーラも駆け寄る。
「ヒトリ! お願いだから治癒ポーションを飲んで! ねぇってば! 目を開けて! ヒトリ! ヒトリイイイイイイイイイ!!」
玉座の間に、ツバメの悲痛な叫びが響き渡るのだった。