城の中へと入ったヒトリは、廊下を走っていた。
数多くある部屋の中から時折人の気配を感じつつも、ヒトリは一心不乱に城の奥へと突き進む。
「っ!」
階段前のホールに入ると、赤いマントを羽織った5人の騎士が倒れていた。
国王を守る近衛兵達だ。
「……うう……」
微かなうめき声が聞こえ、ヒトリは傍で仰向けに倒れている1人の近衛兵に駆け寄る。
「だっ大丈夫ですか!?」
声をかけるも、反応はほとんどない。
息はしているものの傷は深く、もはや治癒ポーションを飲ませても助からない状態だ。
「……っ」
何も出来ないヒトリは、悔しさに奥歯を強く噛む。
「……お…………おう……」
近衛兵が小さく口を動かし、吐息の様な声を出した。
ヒトリは耳を口元まで近づけた。
「…………ぎょく……ざ…………たの……………む………………おう…………を…………………………」
これ以上、近衛兵の口が動く事は無かった。
ヒトリは近衛兵の手を取り、胸の前で手を組ませて傍に落ちていた剣を握らせた。
そして他の4人も視界に入れてから目を瞑った。
「……任せて下さい……国王は必ず……」
ヒトリは立ち上がり、玉座に向かって階段を駆け上った。
豪華に装飾された、玉座の間の扉。
ヒトリは扉の前で立ち止まり、臨戦態勢に入る。
玉座の間からキングの気配を感じ取ったからだ。
「……」
ヒトリはゆっくりと扉を開け中へと入る。
玉座の間はとても広く、一番奥に1席の玉座が置かれていた。
「よお……まさか、一番最初にその扉を開けたのは、お前だとは思わなかったぜ」
足を組み、ふてぶてしく玉座に座るキングの姿があった。
キングの傍には豪華な衣装を着た初老の男性、国王デイヴィッド・ルノシラ六世が倒れていた。
「国王様!」
「ん? こいつが心配なのか?」
キングは玉座から立ち上がり、ルノシラ六世の前でしゃがみこむ。
そして、乱暴にルノシラ六世の髪の毛を掴み、顔を無理やり上げた。
「うぐっ……!」
ルノシラ六世は苦しそうにうめき声を上げる。
「安心しろ、この通り生きてる。まあ……動けないように、ちょっとだけ痛めつけたけどな」
ケタケタと笑い、手を離すキング。
ヒトリはジッとキングを睨み続ける。
「別に殺しはいねぇよ。むしろ、生きていてもらわないと困るからなっと……」
キングはもう一度玉座に座り、ひじ掛けをポンポンと叩いた。
「いくらオレでも、王国騎士や高ランク冒険者達の相手はかなりきつい。だから、こいつがオレに対して王位と権威を譲ると、群衆の前で宣言してもらわないといけないからな」
「……それで、あなたに皆が跪くとでも?」
ヒトリの冷たい声が玉座の間に響く。
キングは肩で笑いながら答えた。
「んー……お前を含め、一定数の奴等は跪かないだろうな。それどころか、反乱を起こすだろう……だが、それがどうした? オレの言う事を聞かない奴は処刑するだけだ! こうしてなっ――!」
玉座に座っていたキングが、一瞬にして姿を消した。
「――っ!」
その瞬間、ヒトリはナイフを持っていた右手を首元まで素早く上げた。
直後、金属音が玉座の間に鳴り響く。
キングが豪華に装飾されたブロードソードを、ヒトリの首元に向かって降り下ろし、ヒトリはナイフで受け止めて防いでいた。
「おっ? これに反応できるか!」
「っ!」
ヒトリはブロードソードを弾くと同時に、小型ナイフを取り出してキングに向かって投げつける。
キングは軽い身のこなしで小型ナイフを避けて距離をとった。
そして、ブロードソードの刃先を自分の右肩に軽く当て、トントンと叩いた。
「反応は褒めてやる。だが、魔石の力を使ったところで、このオレに勝てると思っているのか?」
「…………つ」
「ん? なんだって?」
「……勝つ! ボクが昔のままだと思うな!」
ヒトリが鉄製のガントレットとグリーブを外すと同時に、胸に埋め込まれている魔石が輝き始めた。
「なるほど……ガントレットとグリーブで魔力を制御をしていたってわけか」
余裕をかましていたキングが構える。
「……」
「……」
ヒトリとキング。
2人は黙って見つめ合う。
そして――。
「っ!」
「っ!」
2人は同時に踏み込んだ。
ヒトリがキングの胸に向かってナイフを突き刺す。
即座にキングはブロードソードの刃で防ぎ、右足でヒトリの腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ! ――んんっ!」
ヒトリは腹部に入った右足を左手で掴み、真上に投げ飛ばした。
「おわっ!?」
キングがバランスを崩して転倒しかける。
その隙を狙い、ヒトリはキングの腹部に向かってナイフを振り下ろした。
そうはさせまいとキングはローブの端を握りしめ、ヒトリの右手に向かって叩きつける。
叩かれた衝撃でナイフの軌道がズレ、腹部をかすめるように空を斬った。
「くっ!」
キングは床に両手をつけ、不格好な形の後方転回をしながら着地をする。
「おっとと、危ない危ない……なっ!」
キングが踏み込み、剣舞の様にロングソードをヒトリにふるう。
「そらそらそらそら!」
「っ」
ヒトリはひたすら足を動かして回避に専念し、玉座の間にある大きな柱の裏に隠れた。
「そんな所に隠れても意味ねぇよ!」
キングはヒトリが隠れた柱に連続で斬撃を入れ、柱を乱切りにして破壊する。
柱が崩れると同時に、瓦礫の隙間からキングに向かって数本の小型ナイフが飛んで来た。
動転する事も無く、キングはブロードソードで次々と小型ナイフを叩き落とす。
そして、顔に飛んで来ていた小型ナイフを弾いた瞬間――。
「なっ!?」
小型ナイフの後ろに、もう1本の小型ナイフが隠されていた。
もはや回避も間に合わず、小型ナイフがキングの仮面の額部分に突き刺さる。
「っー! 痛ってねぇな……!」
キングの仮面にヒビが入り、上部が割れてしまった。
「あーあ、割れちまった。これ気に入ってたのによ……しゃあねぇか」
キングは割れた仮面を顔から外し、床へと放り投げた。
「……えっ……」
キングの顔を見たヒトリが、驚きの声をあげてしまう。
「…………そ……そんな……あなたが……キング……?」
「ああ、そうさ」
キングはフードに手をかけ、後ろへと下げる。
フードの下から出て来たのは茶髪のくせっ毛。
そして、ヒトリもよく知る顔……。
「オレ様だよ、ヒトリちゃん!」
冒険者アッシュが額から血を流し、下卑た笑顔を浮かべながらヒトリを睨みつけた。