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5・ジャックとの決着

 広場に着いたシーラがフランクとジャック……バァルの姿に驚きの声をあげた。


「はあっ!? なんでフランクとバァルが殴り合……って、あの姿は……まさかジャックの正体は!」


 フランクとバァルはお互いの顔から拳を離し、1歩距離をとった。


「今のパンチは中々効いたぜぇ」


 左手で切れた唇から出た血を拭いながらフランクが笑う。

 バァルは一切表情を変えず口を開いた。


「……どうして俺だとわかった?」


「あん? ああ、その羽を見た時だよ。今まで見て来た竜人の中で、右の羽に切り傷がついているのは旦那しかいなかったんでね」


 フランクの言う通り、バァルの蝙蝠の様な羽の指間膜には剣で切られた傷がついていた。


「……未熟な時代の傷で感づかれてしまうとは……己が情けないわ」


「もうそんな事はいいじゃねぇか! 今は只々オレとやり合おうぜ!!」


 フランクは左手をこめかみのあたりに、右手をアゴのあたりまで上げて構えをとった。


「……お前は相変わらずだな」


 バァルは口角を少し上げた後、フランクと同じ構えをとる。


「……」

「……」


 フランクとバァルは黙ってお互いを睨みつける。

 様子を見ていたシーラは絶対に2人の邪魔してはいけないと感じ、音を立てないように見守る事にした。


「「――っ!」」


 合図も無く、2人が同時に踏み込んだ。

 バァルが右ストレートを放つ。

 フランクは避ける様子を見せず、顔面で拳を受け止めた。

 そして、フランクは左ジャブでバァルの顔面に向かって撃ち込む。

 バァルもまた避ける様子を見せず、顔面で受け止めた。


「――っうりゃあああああ!」

「――っぬおおおおおおお!」


 2人は咆哮を上げ、相手の顔、腹に向かって何発もの拳を打ち込む。

 竜人には鋭い牙や爪、第三の腕ともいえる尻尾、空中を飛べる翼もある。

 だが、バァルは己が持つ武器を一切使おうとせず拳のみで殴り合っていた。


 お互いに回避もフェイントもせず、ひたすら拳を相手にぶつける。


「はあ! はあ! っその程度か! 貴様の拳が徐々に軽くなってきているぞ!」


「ぜえ! ぜえ! ああん!? んな事はねぇ! おらあああああ!」


 バァルの言葉にフランクが一気に踏み込み、右ストレートを突き出す。

 その瞬間、動きを読んだバァルが左アッパーでフランクの右拳を弾き飛ばした。


「なっ!?」


 バァルがすかさずフランクの後頭部に向かって右フックを打ち込む。


「ぐおっ!」


 流石のフランクも、後頭部の衝撃に足元がふらついてしまう。

 バァルは容赦なく追い打ちを仕掛けた。


「うがっ! ぐふっ! っクソ……がっ!」


 フランクは何発かの拳をくらいつつ、必死に両腕でガードをして防ぐ。


「――これで終わらせてくれる!!」


 勝機を掴んだとばかりに声を張り上げ、バァルの渾身の一撃がフランクに向かって放たれる。


「――っ!」


 フランクが体を捻り、バァルの渾身の一撃を回避した。


「……はっ?」


 回避された事により、バァルが呆気に取られてしまった。

 回避をされたところで、普通なら呆気に取られる事は無い。

 だがバァルにとって、この殴り合いでフランクが回避行動を取るとは一切考えていなったのだ。

 文字通り、予想外の行動だった。


「――おらあっ!」


 空振りしたバァルの拳に合わせて、フランクが左アッパーを腹に叩き込む。

 その衝撃でバァルの巨体が一瞬宙に浮く。


「がはっ!」


「おらあああああああああああああ!」


 そして、フランクの渾身の一撃がバァルの顔面に捻じ込まれた。


「……がっ!」


 バァルが糸の切れた人形のように仰向けで崩れ落ちる。

 フランクは小さくガッツポーズを取ったのち、仰向けに倒れてしまう。

 赤く腫れ上がった酷い顔の2人。

 しかし、どこか満足そうでもあった。


「フランク!」


 見守っていたシーラがフランクの元へと駆け寄る。


「フランク! 大丈夫かい!?」


「あっ……姐……さん……見たか? オレ……勝った……ぜ……」


「ああ! 見てたよ! よくやったねぇ! ……ほら、これを飲みな」


 ツバメに渡された治癒ポーションをフランクに渡し、シーラはバァルの元へと近づいた。


「……ひどい面だ……あんたのそんな顔、見る日が来るとは思いもしなかったよ」


「……」


 バァルは黙って空を見続けていた。


「1つ聞いてもいいかい? あんたの本当の顔はどっちなんだ? 王国騎士なのか、【影】のジャックなのか」


「…………どちらも……だな……俺は戦えれば、それでいい……」


「……そうかい…………ふんぬっ!」


「ぐおっ!?」


 シーラがジャックの腹に向かって肘を叩きつけた。


「ぐおお……なっなにをする!」


「まだこの程度でよかったと思いな! ……あとは檻の中でたっぷり反省するんだね!」


「……」


 バァルは黙って腹を擦った。


「はは……姐さんは優しいねぇ……んぐ……」


 フランクはシーラから受け取った治癒ポーションを一口で飲み干した。


「……ふぅ……ん? うっ!!」


 傷が治り始めているフランクの顔が、苦虫を噛み潰したように歪んだ。


「ん? フランク? ちょっどうしたんだい!?」


 慌ててシーラがフランクに駆け寄る。


「かっ体が……体がっ! うがあああああああああ!」


 突然、フランクが体中をかきむしりはじめた。


「なっ! 一体どうしたんだい!? フランク!!」


「うあああああああああああ!!」



「そういえば、この試作品のポーションの副作用って何なんですか?」


 ユウがカウンターの下にある試作品の治癒ポーションに指をさした。

 それを見たハナが真剣な表情で答える。


「痒くなりまス」


「へっ?」


「全身がすごくかゆくなりまス」


「え? え?」


 ユウが困惑していると、ツバメも真剣な顔で答えた。


「傷の治りかけってかゆくなるでしょ? 効力を高めたせいか、その痒みがすごいのよ」


「え~と……確かにかゆくなるのは嫌ですけど、そこまで真剣にならなくても……」


「甘い! かゆいからかくでしょ? かくと傷が出来る、傷が出来ると治りはじめてかゆくなる、そしてかいてしまう……ここまで言えばわかるわよね?」


「……あっ! それって無限に!」


「そう……人によるけど、大体30分くらいは苦しむ事になるわ……まぁフランクさんなら問題ないと私は思っているけどね」



「かゆいいいいいいいいいい! かゆくてかゆくて死にそうだ!!」


 ツバメの目論見は見事に外れていた。

 フランクは全身をひたすらかきむしる。


「はあ? 痛いじゃなくて……かゆいだってぇ?」


「そうなんだよ! しかも、かけばかくほど痒みが!! なんじゃこりゃあああああああ!」


 体中かきむしりながら、地面に転がりまくるフランク。

 その姿は、とても戦いの勝者には見えなかった。


「……俺との闘いよりも苦しむとは……悲しい気持ちになって来た……」


 バァルがフランクから顔をそらしてしまった。


「……それに関したら同情するよ……うん……」


 広場にフランクの悲痛な叫びがこだましつつ、ジャックとの戦いに決着がついた。

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