冒険者ギルドが【影】に襲撃される少し前。
ルノシラ王国の城下町に来ていたドワーフのアルヴィンとゴーレムのカラの姿があった。
アルヴィンは両手でたくさんの荷物を持ち、少しふらついて歩いていた。
「坊ちゃま、荷物はカラが持ちます」
「いいよ、このくらい。にしても流石は王国だな、朝市で色んなものを買えたぜ」
アルヴィンとカラは父エリックが作った工芸品を納品する為、前日にルノシラ王国に訪れていた。
せっかくだからと一晩宿に泊まり、朝市へと足を運んでいた。
「買い過ぎではありませんか?」
「しょうがないじゃないか、アドラには新鮮な野菜や魚なんて売ってないんだから」
「……ですが……アドラに着く頃には大半が腐ってしまいますよ?」
「あっ……」
カラの言葉にアルヴィンの足が止まる。
同時にカラも足を止めた。
「……仕方ない……ギルドに寄ってお裾分けするか……」
「そうですね」
2人が冒険者ギルドへ向かおうとすると、背後から年老いた男性の声が聞こえてきた。
「もしかしてカラ……ではないですか?」
2人は後ろを振りかえる。
そこには白髪の執事服を着た初老の男と、緑色の髪で瓶の底の様な厚いレンズの眼鏡をかけた少女の姿があった。
カラは初老の男を見たとたん、右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾をつまみ軽く持ち上げて会釈をした。
「お久しぶりです。フロイツ様」
「フロイツ?」
アルヴィンが不思議そうにフロイツを見る。
「やっぱりそうか。久しいな」
フロイツの隣にいたパロマもアルヴィンと同様に不思議そうに尋ねた。
「フロイツ、お知り合いの方ですの?」
「はい、彼女は昔の冒険者仲間が作り出したゴーレムです」
「…………ええっ!! ゴーレム!? あの女性がですの!?」
パロマはカラに近づき全身をジロジロと見る。
「……両手、両足は鋼みたいですけど……人間にしか見えませんわ」
ツンツンと指でカラの腕をつつくパロマ。
それを見て、アルヴィンは不快そうな顔をしつつ注意をする。
「おい、見世物じゃないぞ」
「おっと! 失礼しましたわ。わたくしったらつい……」
パロマはカラから離れ、フロイツの元へと戻った。
「人の形に近いゴーレムなら見た事ありますけど、あそこまで精密なゴーレムなんて初めて見ましたわ」
「ですな。私も初めて見た時は、人に胴の武具をつけていると思いましたよ」
フロイツは昔を懐かしむように頬を緩ませる。
「……あんたがカラの事を知っているのはわかったけど……何者なんだ?」
アルヴィンの指摘にフロイツは我に返る。
「失礼、私はウォルドー家に仕えるフロイツと申します。そして……」
「パロマ・ウォルドーですわ」
パロマは上品良くお辞儀をする。
「ウォルドー? ……んん? どこかで聞いた事がある様な……」
アルヴィンは両腕を組み眉間にシワを寄せた。
「ウォルドー家はパチレスを収める領主です」
「ああ、それで聞いた事が……って領主!? そんな人がどうしてここに!? じゃなくて!」
アルヴィンは慌てて頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、失礼な事を!」
「いえいえ、気にしないでくださいませ。わたくしの行動が不躾でしたし」
パロマがにこりと笑う。
普通に笑顔で返しただけなのだが、逆にアルヴィンは恐怖を感じてしまった。
「あ、そう……ですか……? では、これ以上引き留めえるのもあれですし……俺達はこれで……」
アルヴィンがその場から逃げようとカラの方を見ると下を向いて、ジッと地面を見つめてる事に気が付いた。
フロイツも同様に地面を見ていた。
「? カラ、どうかしたのか?」
「……地面の下、何か大きなものが動いています」
「はあ? 地面の下?」
「はい、それも数体……――っ!!」
突如、地面が揺れだした。
「わっ! なっなんだ!?」
「じ、地震ですの!?」
アルヴィンとパロマ、周辺にいた町の人達が慌てふためいた。
「坊ちゃま!」
「お嬢様!」
カラとフロイツは異変を感知し、カラはアルヴィンの腕を掴み後ろへ引っ張る。
フロイツはパロマの胴体に手を回して後ろへジャンプをした。
直後4人の居た場所が崩落し、大きな穴が開いた。
そして、穴の中からリザードマン……の上半身がドラゴンの首元から生えている化け物が出て来た。
『ガアアアアアアアア!!』
「なっなんだこいつは!?」
アルヴィンは目の前の異形の化け物に腰を抜かす。
カラは即座にアルヴィンの前に立ち、戦闘態勢に入った。
「お嬢様! あの化け物は!」
「ええっ! 上半身が違いますが、あの時の!」
パロマが冒険者の体験をした日。
王国の下水道に現れた化け物と造形が全く同じだった。
「うわあああああああ! 助けてくれええええええ!」
「きゃああああああああああ!」
「だ、誰かあああ!」
町のあちらこちらから悲鳴や破壊音が響き渡る。
4人の場所だけではなく、王国の各所に下水道の化け物が姿を現したのだ。
「一体何が起きて……ぬっ!」
フロイツの視線の先に赤ん坊を抱いた女性が倒れ込む。
その女性の背後から、上半身が狼の獣人で両手が斧になっている化け物がのそのそと近づいて来た。
女性は化け物から逃げようと必死になって地面をはいずる。
「いかん!」
フロイツは女性を助けようと体を動かした瞬間、リザードマンの化け物が反応し、フロイツに向かって前足を振り下ろして来た。
『ガアアアアアアアア!!』
「っ!」
フロイツは臆する事無く前に向かって地面を蹴り、降り下ろされた前足をかわす。
そしてドラゴンの胴体の下を潜り抜け、女性の元へと走った。
「ひっひいいいいい!」
「ガ……ガガ……」
地面を這って逃げる女性に向かって、狼の獣人が右腕の斧を振り上げた。
「――っ間に合わん!」
『ガアッ!』
狼の獣人の斧が、女性に向かって降り下ろされた。
『ブウウウウウウウウウウ!』
突如レッドワイバーンの赤ちゃんが飛んで来て、獣人の顔めがけて火を吹いた。
『ウガア!?』
化け物が一瞬怯む。
その隙に、一つ目で大きな金色の瞳の少年が女性の前に立ちはだかった。
「ナイス! シェリー! おりゃああああああああ!」
一つ目の少年トーマはロングソードを抜き、獣人の胸に向かって突き刺した。
だが化け物は動きを止めず、もう一度斧を振り上げた。
「なっ!? 胸を刺したのに!」
トーマが驚きの声をあげる。
「少年! そいつの弱点はここです!」
フロイツがドラゴンの胴体部分に手刀を打ちこむ。
そして核に触れた瞬間、掴み取り握りつぶした。
『ガ……ガガ……』
化け物は動きを止め、その場に倒れ込んだ。
「ふぅ……少年、よくやりましたね」
「あ、いえ……褒めるならシェリーを褒めてあげてください。こいつのおかげで間に合いましたから」
レッドワイバーンのシェリーがトーマの肩へと乗っかる。
『ピィ!』
その姿はどことなく、誇らしげにしている様に見えた。
フロイツは口角を上げ、シェリーと目線を合わす。
「お見事でした」
フロイツが優しくシェリーの頭をなでる。
と同時に背後からパロマの叫び声が聞こえて来た。
「フロイツウウウウウウウウウウ! 早く戻って来て下さいましいいいいいいいい!」
フロイツはハッとした表情で声の方向を見る。
その先にはカラが化け物相手に必死に戦っていた。
「今行きます!!」
フロイツが慌てて走り出す。
「あっ! 俺も手伝います!」
トーマはフロイツの後を追いかけた。