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2・2人の少女

 窓から明かりが漏れる冒険者ギルドへとヒトリ、シーラ、フランクが飛び込んで入って来た。

 ギルド内で1人残業していたツバメが驚いた様子で立ち上がる。


「きゃっ!? なになに!?」


 ツバメが入り口の方を見ると3人の姿があり、ヒトリが怪我をしている事に気付く。


「どっどうしたんですか!?」


 ツバメは慌てて受付のカウンターから外に出て来る。


「話は後! 早く手当を!」


「あっ! は、はい!」


 シーラの言葉にツバメは治癒ポーションを取りに奥へと走って行った。




「ごくっ……ふぅ……」


 治癒ポーションを飲み、ヒトリの傷がふさがっていく。

 ツバメは優しく傷跡を擦った。


「大丈夫、ヒトリ? ……あの、一体何があったんですか?」


 シーラは椅子に座りつつ、先ほど起こった事をツバメに話し始めた。


「宿屋で【影】に襲われたんだ。そしてキングが現れて……ヒトリが刺されたという訳だよ」


「えっ! 【影】!? キング!?」


「ああ、残念ながらキングには逃げられちまったがな……ちなみに襲って来た【影】2人は、気絶している間に逃げられない様に簀巻きにしてゴミ箱に突っ込んでおいたから、後で王国に回収するように言っておいてくれ」


 シーラの隣の椅子にフランクも座る。


「で、キングが逃げる時にヒトリに向かってこう言ったんだよ……次はないぞ、ジョーカーってね……」


 シーラの言葉にツバメとフランクがランクがヒトリの方を見る。

 しばらくの沈黙の後、ヒトリが震えつつ口を開いた。


「……はい……ボクは……【影】のメンバーで……ジョーカーと呼ばれて……ました」


「おいおい……マジかよ」


 フランクは驚いた表情を見せ。


「……ヒトリが一般的な人間じゃないのはわかっていたけど……ジョーカーだったとはねぇ」


 シーラは困惑しつつも、納得した様子で頷き。


「……」


 ツバメは黙ってヒトリを見つめていた。


「……ツバメ、その感じだとヒトリがジョーカーだって気付いていたね?」


「はあ!? なんだって!?」


「…………確信はありませんでしたけど、長い付き合いで何となくは」


 ツバメはヒトリの隣の椅子へ座り、優しい口調でヒトリに語り掛けた。


「ヒトリ……話してくれる……? 私と出会う前の……あなたの事を……」


「……」


 ヒトリが頷く。

 そして、過去の事を話し始めた。


「ワタシの本当の名前は――」




 ――10年前。


「――ヒストリア!」


 森の中で少女の声が響き渡る。

 リトーレス大陸東部、クルーズ地方にあるヴァラの町から少し離れた森の中にある1件の古い教会。

 その教会の近くにある幹が太く大きな木の陰に少女が座っていた。

 肩より少し長い漆黒の髪、目が隠れるほどの前髪が特徴の少女だ。


「ニヒヒヒ……」


 少女は笑みを浮かべながら虹色に輝く貝殻を布で磨いている。


「やっぱりここにいた! ヒストリアってば!」


 そんな少女にウサギの獣人の少女が近づいて来た。

 白髪のボブカット、ウサギの耳が頭の上から生えているが右耳は切れた感じで半分くらいの長さしかない。


「ヒストリアっ!」


 くりくりとした空色の瞳でヒストリアを睨みつける。


「ニヒヒヒ……」


 だが、ヒストリアは笑みも貝殻を磨く手も止める気配がない。

 ウサギの少女は大げさにため息をついた後、ヒストリアの耳元まで自分の顔を近づけ……。


「ヒストリアアアアアアアアアア!!」


 大声で名前を叫んだ。


「うひゃああああああああああ!?」


 ヒストリアは大声に驚き飛び上がる。


「えっ……? 何? 何? 何事?」


 ヒストリアはキョロキョロと辺りを見わたし、ウサギの少女の存在に気付いた。


「……あっ……パティ……いたの?」


「あっ……パティ……いたの? じゃないよ! さっきから呼んでたよ!」


「……え? そ、そうだったの……?」


 ヒストリアの言葉にパティが呆れた顔をする。


「まったくもう~……お昼ご飯だから帰るよ」


「あっ……うん……」


 ヒストリアは貝殻と布をポケットの中に入れ立ち上がる。


「さっ帰ろ」


 パティが右手を差し出す。


「うんっ」


 ヒストリアはパティの手を握り駆け出した。


 この教会は孤児の子供達を養護している孤児院。

 ヒストリアとパティもこの教会に引き取られていた。


 ヒストリアは流行り病で両親を失い、パティは虐待により両親から逃げ出していた。

 2人が出会った時は同じ5歳。

 すぐに仲良く……なってはおらず、内気で大人しいヒストリアを陽気で明るいパティが絡みに絡むという、ヒストリアにとって迷惑な状態だった。

 しかし、一緒に生活をしているうちに次第に打ち解けていった。



 そんなある日。

 いつものように木の陰で座って貝殻を磨いているヒストリア。

 その横で見ていたパティが声をかけた。


「その形見の貝殻って海で拾ったんだよね?」


「う、うん……お父さんとお母さんと、初めて海に行った時に拾った物なんだ……」


「思い出か~……」


 パティはしばらく考えた後、勢いよく立ち上がった。


「よし、海に行こう!」


「へっ?」


 突然のパティの言葉に、ヒストリアが目を丸くする。


「ボクも思い出の貝殻が欲しいの! だから海に行こう!」


「で、でもシスターは今用事で町まで行ってるし……」


「ボク等だけで行けば良いじゃん」


「ええっ!」


「あっでも、他のみんなには内緒だよ。言ったらついて来るだろうし」


「だ、黙って行くの? そんなことしたら、シスターに怒られちゃうよ」


「大丈夫大丈夫。シスターが帰ってくるのは夜だし、今から行けば夕方頃には帰れるわよ。だから、ねっ!」


 パティはヒストリアの右腕を掴み、無理やり立たせた。


「……う、うん……わかった……」


 ヒストリアが頷くとパティは笑顔で森の方に指をさした。


「決まり! それじゃあレッツゴー!」


 2人は海に向かって森の中を駆け出した。


「あわわっ」


 その走る先に、過酷な運命が待っている事も知らずに……。

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