深夜のルノシラ王国、町外れの宿屋。
その宿屋の階段をヒトリとシーラが、酒に酔ったフランクを担いで上っていた。
「ういー……もうのめれぇ……」
呂律が回らないフランクに対してシーラが顔をゆがめる。
「ったく……情けないねぇ。今日は稼ぎがあったからって、飲み過ぎなんだよ! ねぇヒトリ?」
「えっ……あっ……え~と……あ、あはは……そうですね……」
ヒトリはとりあえず愛想笑いをしてその場をしのぐ事にした。
「にしても、今日は一緒の宿でよかったよ。アタイ1人じゃあこいつを運ぶのはかなり大変だったからねぇ」
「あっ……いえ……お、お気になさらずに……」
2人は2階へと上がり、フランクの部屋の中へと入る。
「よっと!」
そして、フランクをベッドの上に放り投げた。
「グガアー! グガアー!」
フランクは起きる気配もなく、イビキをかいていた。
「これで良しっと」
シーラは両手をパンパンと叩きながら部屋から出ようとする。
「えっ? あっ……このままにしておいて、良いんですか?」
フランクは枕と反対向きに寝かされているうえ、布団も被っていない状態だった。
「ん? ああ、いいのいいの。そいつは雪山で寝ても風邪とかひいた事ないんだから」
「あ~……なるほど……」
ヒトリはフランクをチラリと見て納得し、シーラと一緒に部屋からか出て行った。
「本当にすまなかったねぇヒトリ」
「あっ……い、いえ……」
「この借りはちゃんと返すからね。それじゃあ、アタイも部屋に戻るよ。ふあ~……」
シーラはアクビをしつつ、自分の部屋の前まで向かった。
「おやすみ~」
「あっ……はい……お、おやすみなさい……」
シーラは右手を小さく振って部屋の中へと入って行った。
「……ふぅ~……今日は特に何もしていないのに、なんか疲れちゃったなぁ」
ヒトリはぼやきつつ自分の部屋の扉の前まで行き、ノブに手を伸ばした……。
「――っ!」
ヒトリは手を引っ込め、すぐさま後ろへとジャンプする。
その瞬間、扉の内側からナイフや刃が飛び出して来た。
「なっなに!?」
ヒトリがナイフを取り出して戦闘態勢に入る。
すると扉は激しい音と共に粉々に弾け飛び、部屋の中から黒いマントを羽織りフードを深々と被った2人の人物が飛び出してきた。
そして、躊躇せずにヒトリに向かって同時に襲い掛かってくる。
ヒトリは必死に応戦をした。
「っあなた達は一体――っ!」
廊下のランプで照らされた2人の顔には、両目の空いた真っ白な仮面がつけられていた。
「【影】!? 何でここに!」
「なっなんだい!? 今の音は!!」
シーラが慌てた様子で部屋の中から飛び出して来た。
同様に、他の宿泊客も何人か部屋から顔を出す。
「ヒ、ヒトリ!?」
シーラはヒトリが戦っている事に気付き声をあげる。
【影】の1人がナイフを取り出し、シーラに向かって投げようとした。
「させないっ!」
ヒトリがナイフを持っている【影】に体当たりをして廊下の窓を突き破り、外へと飛び出した。
すぐさま廊下に残っていた【影】も壊れた窓から外に飛び出す。
「ヒトリ!」
シーラは壊れた窓に近づき覗き込む。
地面には3人の姿は無く、シーラは辺りを見わたした。
「…………いたっ!」
ヒトリが宿屋から遠ざかって行く。
【影】の2人も、ヒトリの後を追いかけていた。
「あの黒い奴、まさか【影】!? どうして【影】がヒトリを…………いや! 今はそんな事を考えてる場合じゃない! 早くヒトリを追いかけないと!」
シーラは自分の部屋に戻り弓と矢筒を手に取った。
そして、フランクの部屋まで行き扉を蹴飛ばして中に入った。
「グガアー! グガアー」
フランクは騒動があったにもかかわらず、さっきの体勢のまま寝ていた。
「フランク! 起きな!」
「グガアー! グガアー」
「起きろっての!!」
シーラは手に持っていた弓でフランクの頭を思いっきり殴りつけた。
「――あだッ!?」
流石のフランクも痛みで飛び上がる。
「いてて…………おい! 何するんだよ!」
頭を擦りながら、傍にいたシーラに向かって怒鳴るフランク。
「訳は道中で話すから早くついて来な!!」
シーラが駆け足で部屋から出て行った。
「はあ? ど、どういう事だよ! おい!!」
フランクはよろよろとシーラの後を追いかけた。
ヒトリは人の寄り付かない路地裏まで走って来た。
「……ここまで来ればっ」
デフォルメされたドクロの仮面を顔つけ、体を右に回転させて真後ろに向きを変えると【影】達に向かっていった。
「なっ!?」
突然の行動に【影】達は一瞬の隙を見せてしまう。
ヒトリはその隙を狙い、【影】の1人の頭に向かって回し蹴りを叩き込む。
「ごふっ!!」
蹴りを食らった【影】はそのまま壁へとぶつかり倒れ込む。
「――お前!」
もう1人の【影】がナイフをヒトリに向かって投げる。
ヒトリは体を捻りナイフを避け、【影】との距離を一気に詰める。
そして【影】の鳩尾に拳を打ち込んだ。
「がはっ! ……くっくそ……が……」
【影】は地面に膝をつき、その場に倒れた。
「……どうして……」
ヒトリが倒れている【影】達を見ていると……。
「やはり、相手にならんか」
「――っ!」
ヒトリが振り返ると、背後に1人の【影】が立っていた。
「……なあ……? 『ジョーカー』」
「!!」
【影】の言葉にヒトリはビクリと体を震わせる。
「…………な、何を……言って……」
「シラを切っても無駄だ、ここ数日貴様を見張り……確信したからな」
「……あ、あなたは一体……」
「おいおい、寂しい事言うなよ。オレだよ、オレ」
【影】が被っていたフードを少し上げる。
月明かりで照らされたその顔には、左の下に赤いダイヤマークのある金色の仮面が付けられていた。
「なっ! キ、キング……!!」
「久しぶりだな。まさか、生きてるとは思わなかったぜ」
「……うっ」
「まあ、生きてようが死んでいようが関係は…………ないっ!」
キングが右手で豪華に装飾されたブロードソードを鞘から抜き、ヒトリに向かって襲い掛かって来た。
「っ!」
「ここでお前を始末をすればいいだけだからな!!」
キングがブロードソードを降り下ろした。
ヒトリは斬撃を避け、ナイフで反撃を仕掛ける。
「遅いっ!」
キングは左手でヒトリの右腕を掴んで止める。
「っ!?」
「死ねっ!」
キングはブロードソードでヒトリの首を突き刺そうとする。
右腕を掴まれ逃げられないヒトリは無理やり体を捻り、首の位置をずらした。
「あぐっ!」
ブロードソードの剣先がヒトリの左肩に深く突き刺さる。
「抵抗するな、余計な痛みを味わうだけだぞ?」
キングはブロードソードを抜き、振り上げる。
その瞬間、キングに向かって矢が飛んで来た。
「むっ!」
飛んで来た矢をキングが斬り落とす。
「ヒトリ! 無事かい!?」
「その手を離せ! おらあああああああ!」
フランクがキングに向かって殴りかかる。
キングはヒトリの腕を離し、ひらりと拳をかわした。
「チッ、邪魔者が増えたか……これは引き時だな。次はないぞ、ジョーカー」
「ジョーカーだって?」
キングの言葉にシーラが眉を顰める。
キングは壁を蹴り、屋根まで一気に飛び乗る。
そして屋根の上を走り、闇の中に消えて行った。
「あっ! 逃げんな! 戻って勝負しやがれぇ!!」
屋根に向かってフランクが叫ぶ。
シーラは肩を押さえているヒトリに駆け寄る。
「大丈夫かい! ヒトリ!」
「……うぐ」
「ひどい怪我だ……この辺りだとギルドが近いね。ひとまずギルドへ行くわよ」
シーラがヒトリを支えつつ歩きだす。
「後で色々と話してもらうから……いいね?」
「……はい……」
ヒトリは小さく頷き、3人はギルドへと向かった。