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1・影の王

 深夜のルノシラ王国、町外れの宿屋。

 その宿屋の階段をヒトリとシーラが、酒に酔ったフランクを担いで上っていた。


「ういー……もうのめれぇ……」


 呂律が回らないフランクに対してシーラが顔をゆがめる。


「ったく……情けないねぇ。今日は稼ぎがあったからって、飲み過ぎなんだよ! ねぇヒトリ?」


「えっ……あっ……え~と……あ、あはは……そうですね……」


 ヒトリはとりあえず愛想笑いをしてその場をしのぐ事にした。


「にしても、今日は一緒の宿でよかったよ。アタイ1人じゃあこいつを運ぶのはかなり大変だったからねぇ」


「あっ……いえ……お、お気になさらずに……」


 2人は2階へと上がり、フランクの部屋の中へと入る。


「よっと!」


 そして、フランクをベッドの上に放り投げた。


「グガアー! グガアー!」


 フランクは起きる気配もなく、イビキをかいていた。


「これで良しっと」


 シーラは両手をパンパンと叩きながら部屋から出ようとする。


「えっ? あっ……このままにしておいて、良いんですか?」


 フランクは枕と反対向きに寝かされているうえ、布団も被っていない状態だった。


「ん? ああ、いいのいいの。そいつは雪山で寝ても風邪とかひいた事ないんだから」


「あ~……なるほど……」


 ヒトリはフランクをチラリと見て納得し、シーラと一緒に部屋からか出て行った。


「本当にすまなかったねぇヒトリ」


「あっ……い、いえ……」


「この借りはちゃんと返すからね。それじゃあ、アタイも部屋に戻るよ。ふあ~……」


 シーラはアクビをしつつ、自分の部屋の前まで向かった。


「おやすみ~」


「あっ……はい……お、おやすみなさい……」


 シーラは右手を小さく振って部屋の中へと入って行った。


「……ふぅ~……今日は特に何もしていないのに、なんか疲れちゃったなぁ」


 ヒトリはぼやきつつ自分の部屋の扉の前まで行き、ノブに手を伸ばした……。


「――っ!」


 ヒトリは手を引っ込め、すぐさま後ろへとジャンプする。

 その瞬間、扉の内側からナイフや刃が飛び出して来た。


「なっなに!?」


 ヒトリがナイフを取り出して戦闘態勢に入る。

 すると扉は激しい音と共に粉々に弾け飛び、部屋の中から黒いマントを羽織りフードを深々と被った2人の人物が飛び出してきた。

 そして、躊躇せずにヒトリに向かって同時に襲い掛かってくる。

 ヒトリは必死に応戦をした。


「っあなた達は一体――っ!」


 廊下のランプで照らされた2人の顔には、両目の空いた真っ白な仮面がつけられていた。


「【影】!? 何でここに!」


「なっなんだい!? 今の音は!!」


 シーラが慌てた様子で部屋の中から飛び出して来た。

 同様に、他の宿泊客も何人か部屋から顔を出す。


「ヒ、ヒトリ!?」


 シーラはヒトリが戦っている事に気付き声をあげる。

 【影】の1人がナイフを取り出し、シーラに向かって投げようとした。


「させないっ!」


 ヒトリがナイフを持っている【影】に体当たりをして廊下の窓を突き破り、外へと飛び出した。

 すぐさま廊下に残っていた【影】も壊れた窓から外に飛び出す。


「ヒトリ!」


 シーラは壊れた窓に近づき覗き込む。

 地面には3人の姿は無く、シーラは辺りを見わたした。


「…………いたっ!」


 ヒトリが宿屋から遠ざかって行く。

 【影】の2人も、ヒトリの後を追いかけていた。


「あの黒い奴、まさか【影】!? どうして【影】がヒトリを…………いや! 今はそんな事を考えてる場合じゃない! 早くヒトリを追いかけないと!」


 シーラは自分の部屋に戻り弓と矢筒を手に取った。

 そして、フランクの部屋まで行き扉を蹴飛ばして中に入った。


「グガアー! グガアー」


 フランクは騒動があったにもかかわらず、さっきの体勢のまま寝ていた。


「フランク! 起きな!」


「グガアー! グガアー」


「起きろっての!!」


 シーラは手に持っていた弓でフランクの頭を思いっきり殴りつけた。


「――あだッ!?」


 流石のフランクも痛みで飛び上がる。


「いてて…………おい! 何するんだよ!」


 頭を擦りながら、傍にいたシーラに向かって怒鳴るフランク。


「訳は道中で話すから早くついて来な!!」


 シーラが駆け足で部屋から出て行った。


「はあ? ど、どういう事だよ! おい!!」


 フランクはよろよろとシーラの後を追いかけた。




 ヒトリは人の寄り付かない路地裏まで走って来た。


「……ここまで来ればっ」


 デフォルメされたドクロの仮面を顔つけ、体を右に回転させて真後ろに向きを変えると【影】達に向かっていった。


「なっ!?」


 突然の行動に【影】達は一瞬の隙を見せてしまう。

 ヒトリはその隙を狙い、【影】の1人の頭に向かって回し蹴りを叩き込む。


「ごふっ!!」


 蹴りを食らった【影】はそのまま壁へとぶつかり倒れ込む。


「――お前!」


 もう1人の【影】がナイフをヒトリに向かって投げる。

 ヒトリは体を捻りナイフを避け、【影】との距離を一気に詰める。

 そして【影】の鳩尾に拳を打ち込んだ。


「がはっ! ……くっくそ……が……」


 【影】は地面に膝をつき、その場に倒れた。


「……どうして……」


 ヒトリが倒れている【影】達を見ていると……。


「やはり、相手にならんか」


「――っ!」


 ヒトリが振り返ると、背後に1人の【影】が立っていた。


「……なあ……? 『ジョーカー』」


「!!」


 【影】の言葉にヒトリはビクリと体を震わせる。


「…………な、何を……言って……」


「シラを切っても無駄だ、ここ数日貴様を見張り……確信したからな」


「……あ、あなたは一体……」


「おいおい、寂しい事言うなよ。オレだよ、オレ」


 【影】が被っていたフードを少し上げる。

 月明かりで照らされたその顔には、左の下に赤いダイヤマークのある金色の仮面が付けられていた。


「なっ! キ、キング……!!」


「久しぶりだな。まさか、生きてるとは思わなかったぜ」


「……うっ」


「まあ、生きてようが死んでいようが関係は…………ないっ!」


 キングが右手で豪華に装飾されたブロードソードを鞘から抜き、ヒトリに向かって襲い掛かって来た。


「っ!」


「ここでお前を始末をすればいいだけだからな!!」


 キングがブロードソードを降り下ろした。

 ヒトリは斬撃を避け、ナイフで反撃を仕掛ける。


「遅いっ!」


 キングは左手でヒトリの右腕を掴んで止める。


「っ!?」


「死ねっ!」


 キングはブロードソードでヒトリの首を突き刺そうとする。

 右腕を掴まれ逃げられないヒトリは無理やり体を捻り、首の位置をずらした。


「あぐっ!」


 ブロードソードの剣先がヒトリの左肩に深く突き刺さる。


「抵抗するな、余計な痛みを味わうだけだぞ?」


 キングはブロードソードを抜き、振り上げる。

 その瞬間、キングに向かって矢が飛んで来た。


「むっ!」


 飛んで来た矢をキングが斬り落とす。


「ヒトリ! 無事かい!?」


「その手を離せ! おらあああああああ!」


 フランクがキングに向かって殴りかかる。

 キングはヒトリの腕を離し、ひらりと拳をかわした。


「チッ、邪魔者が増えたか……これは引き時だな。次はないぞ、ジョーカー」


「ジョーカーだって?」


 キングの言葉にシーラが眉を顰める。


 キングは壁を蹴り、屋根まで一気に飛び乗る。

 そして屋根の上を走り、闇の中に消えて行った。


「あっ! 逃げんな! 戻って勝負しやがれぇ!!」


 屋根に向かってフランクが叫ぶ。

 シーラは肩を押さえているヒトリに駆け寄る。


「大丈夫かい! ヒトリ!」


「……うぐ」


「ひどい怪我だ……この辺りだとギルドが近いね。ひとまずギルドへ行くわよ」


 シーラがヒトリを支えつつ歩きだす。


「後で色々と話してもらうから……いいね?」


「……はい……」


 ヒトリは小さく頷き、3人はギルドへと向かった。

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