下水道から戻ってきたヒトリ、パロマ、フロイツの3人はギルド内へと入って行った。
3人が戻って来た事に気付いたツバメは、受付カウンター越しに手を振る。
「3人ともお帰……って! どうしたんですか! その格好は!?」
フロイツの服がボロボロになっている事にツバメが驚いた声を出した。
「いやはや、御見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません……ですが火急の知らせがある為、このままの格好でお許しください」
「! わかりました。奥の席に行きましょう」
ツバメはペンと白紙の報告書を手に持ち、受付カウンターの外に出て来た。
奥の席に座った3人は、下水道で起こった事をツバメに全て話す。
一通り話を聞いたツバメは報告書を書きつつ、険しい表情を見せる。
「…………ドラゴンの胴体に人と獣人の上半身……腕が蛇と剣……で、その化け物を『コレ』が操っていたわけですか……」
ツバメがテーブルの上に置かれた2匹のクラゲの様なモノに目を向ける。
「ツ、ツバメちゃん……これが何かわかる?」
ヒトリの問いにツバメは頭を横に振った。
「まったくわからないわ。新種のモンスターの可能性もあるけど……もしかしたら……」
「人工的に作られた……とも考えられますな」
フロイツの言葉にパロマが驚く。
「じ、人工って……そんな事が出来ますの?」
「生物ではありませんが、ゴーレムは人工的に作られたものです」
「あっ……そうでしたわ」
「健在、核が魔石? の生物は確認されていません……ただ、魔石を核としたゴーレムが存在する以上、『コレ』が人工的に作られたモンスターの可能性は十分考えられます」
ツバメは険しい顔のままペンで頭をかいた。
「これは今すぐにでもパパに話した方がいいわね…………お話、ありがとうございました。至急ギルド長に報告しますので、私達はここで失礼します。さっ行くわよ」
ツバメは立ち上がり、ヒトリの腕を掴んだ。
「うえっ!? 私達って、ボ、ボクも入ってるの!?」
「当たり前でしょ! 調査するには当事者が必要なんだから!」
「だ、だったらボクじゃなくてフロイツさんを連れて行った方が……」
「こういうのは現役の冒険者がやる仕事でしょ! グダグダ言わずついて来る!」
「あううううう……」
ツバメはヒトリを引き摺り、足早で2階へと登って行った。
「我々が出来るのはここまでですな」
「……そうみたいですわね……ふう~……」
パロマは疲れた様子でテーブルに突っ伏す。
「今日は散々でしたわね」
「そうですな」
「……冒険者って、毎回こんなに大変ですの?」
「んーこのような事は滅多にありません……が、大変なのは間違いないです」
「……そうですの」
「…………冒険者になりたくありませんか?」
フロイツの言葉にパロマは上半身を上げ、軽く伸びをする。
「……んんっ……! いいえ、そんな事はありませんわ。ですが……」
「ですが?」
「わたくし自身、武術、瞳の力、精神……全てにおいてまだまだ未熟者で弱いと痛感いたしましたわ」
「最初はそんな物ですよ。誰かに言われたからではなく、自分で気付けたというのは素晴らしい事だと私は思います」
「そう言ってくれると嬉しいですわ。さて、今日はもう宿に戻って休みましょうか。明日も頑張らなければいけませんし!」
パロマが椅子から立ち上がる。
「そうですな」
続いてフロイツも立ち上がった。
「あ、でも下水道関係は絶対に受けませんわよ!」
「それに関して私も同意見でございます。んー……そうだ、次は薬草採取の依頼を受けるのはどうでしょうか? いざという時は必ず役に立ちますし」
「あ、それはいいですわね!」
パロマとフロイツは楽しそうに会話をしつつ、ギルドから出て行った。
お嬢様の冒険者体験はまだまだ続く……。
※
その日の夕方。
マンホール前に11人の男女が立っていた。
ヒトリ、ツバメ、ギルドと王国の合同調査員4名、Aランク冒険者2名、王国騎士2名、そして……。
「どうしてパパがここに居るのよ……」
「馬鹿野郎! 仕事中はギルド長と呼べ! ギルド長と!」
冒険者ギルドの長でツバメの父親、オウギ・クラウドの姿があった。
ざんばらの白髪、もみあげがつながっている顎髭、蒼色の瞳で右目にはドラゴンの刺繍の入った眼帯をつけている屈強の大男。
オウギの事を知らない人は、絶対に近づきたい風貌だ。
「報告を聞いて色々気になってな、この目でちゃんと見たかったんだよ。大丈夫だ、自分の身は自分でちゃんと守るからよ」
ツバメは呆れた様子で右手を自分のこめかみにあてる。
「……はあ~まったく自由なんだから……少しは長としての自覚を持ってよ。まぁいいわ、この調査チームの責任者は私ですから、私の言う事は聞いて下さいよ。ギ・ル・ド・長!」
「おう! 任せとけ!」
「それじゃあヒトリ、案内をお願いね」
「う、うん……」
調査チームはマンホールを開け、下水道の中へと入って行った。
「相変わらずくせぇ場所だぜ……なんでこんな場所にいるかな」
オウギは眉を寄せつつボヤいた。
そのボヤキにツバメが淡々と答える。
「人が寄り付かないからじゃないですか?」
「あー……そうなると、この調査次第ではそういうところにも目を光らせないといけないかもな」
オウギはしゃがみこみ石化した巨大ネズミを指でつついた。
「なあ、ヒトリ。確認しておきたいんだが、この石化している巨大ネズミは化け物じゃなくてパロマ嬢の力なんだよな?」
「あっ……は、はい……そう……ですぅ」
「噛まれたフロイツ殿に異変はあったのか?」
「あっ……と、特に問題はありませんでしたぁ……毒も持ってなかったようです」
「……そうか。もし他の奴が居て、毒とか持ってない事を祈るぜ」
オウギが立ち上がり、調査チームは先へと進んだ。
「あっ……こ、この扉の先に、います……」
「わかったわ。慎重に行きましょう」
ツバメの合図で扉をゆっくりと開け、Aランク冒険者と王国騎士がそれぞれ飛び込んだ。
「…………異常無し」
辺りを確認しつつ、冒険者が騎士を方を見る。
騎士も同様に冒険者の方を見てから頷く。
「…………こちらも異常無しだ。入って来ても大丈夫です」
騎士の言葉に残りのメンバーが後に続いた。
そして、ヒトリは目の前の光景に自分の目を疑った。
「……あれ? ……無い……?」
倒れているはずの2匹の化け物達の姿が消えていたからだ。
「た、確かにここで倒したんです! あれ? お、おかしいな……」
慌てふためくヒトリに対し、ツバメとオウギは周辺を確認する。
「真新しい戦闘の跡がありますから、ヒトリの言っている事に間違いはないと思います」
「俺も同意見だ。っとなると、その後に動き出して何処かに行ったか、誰かが持ち去ったのか……」
オウギは暗闇が広がる不気味な下水道の奥を睨みつける。
「いずれにせよ、本腰を入れないといけないみたいだな」
その後、ギルドと王国は下水道の中を調査し続けた。
しかし1週間、1ヶ月経っても化け物の姿はおろか、何の手掛かりも掴む事は出来なかった。
―了―