「……何にせよ、『アレ』が巨大ネズミ達を追いやった原因なのは間違いないでしょうな」
フロイツが自分の顎髭を擦る。
ヒトリも小さく頷いた。
「あっ……ボ、ボクもそう思います……」
「という事は、『アレ』を倒せばいいのですね!」
パロマは拳を作り、両腕を交互に数回前に伸ばした。
「……いえ、ここは一度地上に戻ってギルド及び王国に報告をしましょう」
「えっ? 戦わないんですの?」
フロイツの言葉にパロマが少し不満そうに答える。
「新種のモンスター……と言えるのかわかりませんが、何も情報が無いのに真正面から戦うのは愚の骨頂です。そうやって嘗めてかかり、死んでいった者を私は何人も見ています」
「うっ……」
その重い言葉にパロマは拳を降ろした。
「……わかりましたわ」
「あっ……じゃ、じゃあ『アレ』に気付かれない内に……戻りましょうかぁ」
3人は静かにその場を後にする。
『…………ウ……ア……アア……』
3人が去った後、化け物が歩いて来る。
そして3人の跡を追いかけるように、同じ方向へと足を進めた。
「あっ……あの角を、曲がれば扉です!」
ヒトリが角を曲がる。
と同時にビタリと足を止めた。
「――なっ!?」
目の前に、先ほど見た化け物……によく似た別の化け物が立っていた。
違う部分は上半身が獣人ではなく人間の青年男性で、両腕は鉄の長剣が生えている。
「なんと! 1匹ではなく2匹目もいたのかっ!」
その姿を見たフロイツは叫び。
「嘘でしょ!?」
パロマが悲鳴のような声をあげる。
『アア……ガアアアア!!』
化け物は目の前にいるヒトリに向かって右手の長剣を振り下ろした。
「――っ!」
ヒトリは長剣を避け、怪物に向かって小型ナイフを3本投げつける。
投げられた3本の小型ナイフは、男性の胸に突き刺さった。
しかし、化け物はひるむことなく両手の長剣をがむしゃらに振り回した。
「まったく効いていないっ!?」
動揺しつつも、ヒトリは剣を避ける。
そして、もう一度3本の小型ナイフを取り出し今度は頭に向かって投げつけた。
『ガガッ! ウガアアアアアアア!!』
小型ナイフは額、頬、右目に突き刺さった。
だが、先ほど同じ様に怯む様子は無く両手の剣を振り回した。
「っ! ならっ!」
ヒトリは斬撃を避けつつナイフを取り出し、化け物を斬り付ける。
「フロイツ! 何故あの化け物はナイフが刺さっているのに平然としていますの!?」
「わかりません、痛みを我慢しているのかそもそも痛みが無いのか……いずれにせよ、ヒトリ殿の加勢に入ります! パロマお嬢様はここでお待ちください!」
フロイツが化け物に向かって駆け出す。
「わ、わたくしだってお手つだ――きゃっ!!」
突如パロマがその場でこけてしまう。
「いたたた……何ですの? いきなり右足を引っ張られたよう……な……?」
パロマが右足を見と、足首には蛇の尻尾の様な物が巻き付いていた。
「……ま、まさか……」
パロマは恐る恐る顔を上げて後ろを見る。
すると、少し離れた場所に獣人の化け物が立っていた。
「うっ嘘! いつの間に後ろに……きゃあああああああああああああああああああああ!!」
獣人の化け物は大蛇の腕を戻し、パロマを引き寄せる。
パロマは必死に地面にしがみ付こうとするが、力負けをしどんどん引き摺られて行く。
「っ!? お嬢様!!」
悲鳴を聞き、2人はパロマの異変に気付いた。
ヒトリはすぐさまフロイツに向かって叫んだ。
「ここはボクが! パロマさんを!」
「かたじけない!」
フロイツは猛スピードで獣人の化け物に向かって走り出す。
引き摺られているパロマを抜き去り、あっという間に獣人の目の前まで辿り着いた。
そして、拳を握り締める。
「その汚い尻尾をお嬢様の足から離せっ!」
フロイツが獣人の顔目掛けて拳を叩き込む。
獣人は避けようとせず、拳をまともにくらいゴキリと首が折れる鈍い音がする。
『……ガ……ガガ……』
首が折れたにも拘らず、獣人はギョロリとフロイツを睨みつけた。
「――なんとっ!?」
予想外の出来事に、フロイツは一瞬だけ隙を晒してしまう。
その隙を獣人の化け物は見逃さなかった。
『シャアアア!!』
右腕の大蛇の頭がフロイツの横腹に噛みついた。
「ぐあああっ!」
下水道にフロイツの叫び声が響き渡る。
「いやあああああ! フロイツウウウウウウ!!」
その姿にパロマが泣き叫んだ。
「――くっ!!」
ヒトリは化け物の長剣を弾き飛ばし、後ろにジャンプをして距離をとる。
そして、デフォルメされたドクロの仮面を取り出してパロマに向かって叫んだ。
「落ち着いて下さい!」
「……あ……うっ」
ヒトリの凛とした声にパロマが茫然とする。
「今、フロイツさんを救えるのはパロマさんだけです!」
「わたくし……が……?」
「はい! あなたなら出来ます! こいつは絶対にそちらに行かせませんから!」
ヒトリは仮面を顔につけ、人型の化け物に向かって全力で駆け出した。
「…………っ! フロイツ! 今助けますわよ!」
パロマは涙をぬぐい立ち上がる。
フロイツの武術が効かないのであれば、パロマの武術も当然効くわけがない。
となれば、使える武器は1つしかない。
見た物を石化させるメデューサの瞳だ。
しかし、このままでは化け物と一緒にフロイツも石化させてしまう。
「成功出来るか……いや、絶対させますわ!」
パロマは眼鏡を外し、化け物を睨みつける。
そして、髪の毛が蛇の頭へと変化していく。
『ガア……?』
化け物の獣人部分が徐々に石化をしていく。
パロマのやっているのは石化の制御だ。
通常は巨大ネズミ達の様に一瞬で石化させてしまうが、体の一部だけ石化させたり、石化させる時間を自由に決めたりといった事も出来る。
だが、その制御には相当な鍛錬と集中力が必要となる。
その為、今までパロマは石化の制御を成功させたことはない。
しかしフロイツを救う為に奮起する。
「ふう~……ふう~……ふう~……ふう……」
滝の様な汗を流し、呼吸が荒くなり、目を血走らせ、鼻血が床に落ちる。
頭が割れるほどの頭痛に襲われるがパロマは化け物を睨み続けた。
『ガア……ガガ……ガ………………』
獣人が完全に石化し動きが止まる。
どんどん石化は進んでいき、大蛇の頭の部分まで達する。
「――っ! 今ですわ!!」
パロマは地面を蹴り飛び上がる。
「はああああああああああっ!」
そして、獣人の胸に渾身の一撃を叩き込んだ。
石化した部分にヒビが入って行き、獣人と大蛇は砕け散った。
フロイツは大蛇の口から解放され地面に落ちる。
「フロイツ! 大丈夫!?」
眼鏡をかけ、パロマがフロイツの元へ駆け寄る。
「ゲホッゲホッ! ええ……大丈……ゲホッゲホッ! ……夫です……ゲホッ!」
「血を吐きながら言われても説得力ありませんわよ! 早く治癒ポーションを!」
パロマが道具袋に手を入れた瞬間、フロイツが叫んだ。
「ぐっ! おっお嬢様っ! う、後ろ!」
「へ? ……ええっ!?」
パロマが後ろを振り向くと、化け物のドラゴンの胴体が2人を踏みつぶそうと右前足を大きく上げているのだった。
「ひっひいいいいいい!」
パロマは必死でフロイツを引っ張り、落ちて来た前足をギリギリでかわす。
「あっ危なかったですわ……というか! 何でこの状態で動いてますの!?」
獣人部分が無くなっても、尚動く異形の化け物。
下水道の戦闘はまだ終わらない。