アッシュの背後に立ったフロイツは肩を叩いて声をかけた。
「ちょっとよろしいですか?」
「ああん? ……何だ爺さん?」
振り向いたアッシュはフロイツを睨みつけた。
フロイツは臆する事無く、言葉を続ける。
「彼女は今忙しい様子。しつこく話しかける物ではありませんよ」
「はっ! これだから爺さんは……あのな、俺様はツバメちゃんの事を思って誘ってるの。休憩も大事だからな」
「その気持ちだけで十分!! 今休憩している暇はないの!!」
ツバメは頭を上げず、必死にペンを走らす。
「と、言ってますが?」
「あのな、こういう事は休憩をとった方が効率が――」
「いい加減にしなさい! 人の迷惑を考えなさいですわ!」
アッシュン言葉を遮り、奥の席から戻ってきたパロマが声を張り上げた。
「チッ、爺さんの次はガキかよ……」
「ガキ!? わたくしはもう15歳ですわ!!」
「十分ガキじゃねぇか! はあーお前等さ、これ以上俺様を苛立たせるなよ」
アッシュは自分の腰に下げている剣に右手を伸ばした……その瞬間――。
「――っ!」
一瞬でフロイツが間合いを詰め、アッシュの右腕を掴み捻り上げた。
「いでででででで!! 腕が折れる!!」
「お嬢様に剣を向ける事は俺が許さん。その腕、へし折られたくなければ今すぐ消えろ」
フロイツの殺気に満ちた声と瞳。
急に雰囲気のが変わりアッシュがたじろぐ。
「わ、わかった! 出て行くから腕を放してくれ!」
アッシュの悲痛な叫びに腕を放すフロイツ。
「……くそっ! 覚えてやがれ!!」
捨て台詞を吐き、アッシュは走ってギルドから出て行った。
「ベ~!! まったく、色々と情けない男ですわね」
「……」
アッシュの腕を掴んでいた右手をフロイツはジッと見つめていた。
「? フロイツ、どうかしましたの?」
「あ、いえ、何にも……すみません、お騒がせしました」
フロイツはペコリとツバメに頭を下げる。
「いえ! こちらこそ助かりました! ありがとうございます! ですが、今はちょっと!」
ツバメは少し頭を上げ礼を言った後、すぐに下げて作業を続けた。
「わかっております。ただ、その作業が終わった後に我々の話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」
「終わった後でしたらいくらでも!!」
「ありがとうございます」
フロイツはツバメに頭を下げ、パロマの方に振り向いた。
「それではパロマお嬢様、ここは食事も出来ます。少し早いですが、夕食を食べながら終わるまで待ちましょうか」
「そうですわね」
「えーと、空いている席は……」
フロイツはギルド内を見わたした。
だが、どの席も埋まっている状態だ。
唯一賑わっていない席となると……。
「……奥の席が空いていますな。ずいぶんと薄暗いですが」
フロイツが奥の席に向かって歩き出した。
あの異様な空間の相席は避けたいと思ったパロマは慌てて止めた。
「あ、あの席には1人の女性が座っていましたわ! 何か訳アリの様な感じでしたの!」
「そうですか。こんなに賑わっているのに奥の席で女性1人きり……確かに何かあったのかもしれませんな。……仕方ありません、一度外に出てレストランを探しましょう」
「そうしましょう! そうしましょう!」
パロマはフロイツの背中を押して、ギルドから出て行った。
※
夕食を食べ終わり、ギルドに戻って来たパロマはフロイツ。
ギルド内もすっかり落ち着き、先ほどの騒ぎが嘘の様だ。
受付のカウンターに近づくと、そこには真っ白に燃え尽きて椅子に座っているツバメの姿があった。
「あの……大丈夫です……か?」
パロマの心配の声にツバメが反応する。
「……あ……先ほどの……はい……何とか終わりました…………んっ!」
ツバメは両手で自分の頬を叩き座り直す。
「うしっ! で、今日はどういったご用件だったのでしょうか?」
「え~と……お疲れようなら今日は出直しますけど……」
ツバメの姿にパロマは申し訳なさそうな顔をする。
「いえいえ、大丈夫です。終わった後にお話を聞くと約束していますし」
ツバメは笑顔で答えた。
パロマとフロイツは互いに顔を見た後、フロイツが前へと出る。
「では、お言葉に甘えまして……私、1週間ほど冒険者に戻ろうと思いまして……」
フロイツは懐からドッグプレートを取り出してツバメに見せた。
「随分と古いプレートですね……えと、フロイツ・マイル……Aランク………………えっ!? フロイツってあのフロイツさんですか!?」
ツバメが驚いた様子でフロイツの顔を見た。
「おそらく、あのフロイツであっていると思います」
「パパ……じゃなくてギルド長からお話を聞いています! 会えて光栄です!」
「おや、オウギ殿の娘さんでしたか。光栄だなんて……今はただの老人ですよ」
「いえ! 数多くの武勇伝を子供の頃から聞いて……っとすみません、話がそれましたね。えと、1週間だけ復帰というのはどういう事ですか?」
「説明にあたり、この手紙も見てもらった方が良いでしょう」
「手紙?」
ヘレンからの手紙をツバメに手渡し、これまでの経緯を全て話した。
「……なるほど、ウォルドー家のご息女ですか」
ツバメはパロマの方をちらっと見る。
パロマは話には加わらず、掲示板に貼られている依頼書を目を輝かせて見ていた。
「事情は分かりました」
「私の付き添いという形で問題は無いですか?」
「付き添いについては問題はありません。ただ、一般人となるとCランク以上の依頼はちょっと……」
「もとより高ランクの依頼を受ける気はありません。低ランクの依頼はありますかな?」
「えっ!? わたくしはドラゴンの討伐をしたいですわ!」
パロマの手にはAランクが受けられるドラゴン討伐の依頼書が握られていた。
フロイツは、すぐさまその依頼書を奪い取る。
「いいですか、お嬢様。物事には順序というものがあります。今のお嬢様は冒険者の新人の様なもの、新人時代はドブさらいや害虫駆除、薬草採取といった仕事を受けるのが普通です。ですから、この依頼は駄目です」
そう言うとフロイツは依頼書を掲示板に貼り戻した。
「うう……ドラゴン……」
パロマは諦めきれずといった様子で依頼書をジッと見つめる。
「おっと……後、出来ればパーティーの経験も積みたいのですがどうでしょう?」
「ん~……低ランクでパーティー……ですか……」
ツバメは手を顎に添えて考え込む。
「……あっそうだ。明日、巨大ネズミの大群の駆除に行く冒険者がいるんですけど、それに同行しますか?」
「おお。ぜひ、その方を紹介して頂けますか?」
「わかりました、まだ帰っていないので私が口利きしますね」
受付のカウンターからツバメが外に出て来る。
そして、奥の席の方へと向かいはじめた。
「……え? まさか」
嫌な予感が脳裏をよぎるパロマ。
「……いやいや、そんなわけ……ないですわよね」
あの変な女性が冒険者とは限らないし、このまま他の席に行くかもしれない。
そう自分に言い聞かせつつ、ツバメの後ろをついて行った。
「あの子ですよ」
ツバメが1人の女性に手のひらをかざした。
その先には笑みを浮かべ、ナイフを磨いているヒトリの姿があった。
「ニヒヒヒ……」
「……」
嫌な予感が的中してしまったパロマは、その場で固まってしまうのだった。