ギリギリで脱出した3人は、低くなってしまった丘を茫然と見ていた。
「……危なかったねぇ」
「……だな」
「……お宝、何も無かったねぇ」
「……だな」
「……ジャックの野郎はどうなったんだろうねぇ」
「……この状態で生きてたら、化け物にもほどがあるぜ……ただ……」
「ただ?」
「もし生きていたら、今度こそブッ倒すだけだ!」
フランクは手に持っていたこん棒を強く握りしめる。
「ブッ倒すだけだって……あれだけ弄ばれていたくせによく言うわよ」
シーラは顔に右手を当て、呆れた様子で頭を軽く振った。
「弄ばれてねぇ! さっきは姐さんやヒトリのやられた姿を見て、ちょこっとだけカッとなっちまっただけだ! 冷静だったらあんな奴――むぐっ!」
「はいはい、わかったわかった」
シーラはしゃべっているフランクの口を塞ぎ、埋まってしまった横穴を見つめた。
「この状態じゃあ、ここに居ても仕方ないね。とりあえず、ギルドに戻るとしようか」
「――ぷはっ! 急に口を塞ぐなっての……そうだな、埋まっちまったもんはどうしようもねぇし。けどよ、未登録の遺跡を壊したとなると、オレ達のAランクの話が無くなりそうで心配だぜ」
フランクは不安そうな顔で頭をポリポリとかいた。
「これはアタイ達じゃなくて、ジャックのせいなんだから心配ないさ。ヒトリも証人としてちゃんと言ってくれよ?」
シーラは横穴からヒトリへと視線を変える。
「えっ! あっ! は、はい!」
突然ふられた事に、慌てふためくヒトリ。
その様子にシーラはケラケラと笑った。
「あはは、しっかり頼むよ。さっ帰りましょう」
3人はルノシラ王国に向かって歩き始めた。
※
日が落ち、ルノシラ王国に戻って来た3人はギルドの中に入った。
と同時にツバメが3人のボロボロの姿に驚き、カウンター内から飛んで出て来た。
「ちょっと! どうしたんですか!? その姿は!?」
「あ~……まずは酒をくれるかい? もう喉がカラカラでさ、その後に話すよ」
ツバメの心配をよそに、シーラはジョッキで飲む仕草を見せた。
それを見たツバメは呆れた顔をする。
「はあ~まったくこの人は……わかりました、すぐ持ってきます」
ツバメは厨房の方へと走って行った。
「さて……どこに座るかだけど……」
ギルド内を見わたすシーラ。
大半の冒険者は解散してしまっているのか、空席が目立っていた。
「あっ……じゃあ、ボクはいつもの席に戻りますのでぇ……お疲れさまでしたぁ……」
ヒトリはそそくさと奥の席へ向かって行った。
その後をシーラとフランクがついて行く。
「…………えっ! あっ……ど、どうしてついてくるんですかぁ?」
完全に解散だと思っていたヒトリは驚きの声をあげた。
「どうしてって、そりゃあ奥の席に行くからに決まっているじゃないか」
「……えっ?」
シーラの言葉にツバメが驚きの声をあげる。
「パーティー解散は打ち上げ後に決まっているだろう。それに今回は大っぴらに話しにくいところもあるし、奥の席が最適だってわけだ」
「……ええ……で、でもぉ…………いえ、なんでもないです……」
この人達に何を言っても無駄。
それを思い出したヒトリは諦めて奥の席へと向かった。
しばらくすると、奥の席にツバメが2人分の酒の入ったジョッキを持ってやってきた。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
テーブルの上にジョッキが置かれた早々、フランクがジョッキを手にする。
「サンキュー! ……んぐんぐ!」
「あ! あんた手が早いよ!」
シーラもジョッキを手に取り、口へと運んだ。
「んぐんぐ……くはぁ~! 疲れが吹っ飛ぶねぇ!」
ツバメは受付のカウンターには戻らず、ヒトリの隣に座り紙とペンを取り出した。
「……で、遺跡で何があったんですか?」
「んぐんぐんぐ……ぷはあっ! お、よくわかったな」
フランクの問いに、ツバメはヒトリの方をチラッと見る。
「だって、ヒトリが眠そうにしていますから」
ヒトリはこっくりこっくりと船を漕いでいる。
その姿にシーラがほほ笑む。
「なるほどねぇ。まぁヒトリが疲れているのは、大体コイツのせいなんだけど……とりあえず1から説明するよ」
シーラは手に持っていたジョッキをテーブルの上に置く。
そして、遺跡内をマッピングした紙を広げて起きた事を全て話した。
「隠されていた地下遺跡、隠し部屋の魔法陣、青白い石、【影】のジャックとの戦闘、遺跡の崩落……いやいや、いくら何でも色々ありすぎでしょ……」
全ての話を聞いたツバメが左手で頭を抑えた。
フランクは大声で笑う。
「ガッハッハッハ! だな! オレ達もここまで色々あったのは初めてだ。あ、でも遺跡を壊したのはオレ達じゃなくてジャックだからな! だからAランクの話は……」
「安心して下さい、わかってますから。……にしても魔法陣、青白く光る石、ジャックの生死が気になるわ……これは調査隊を送った方がいいわね。今から手配を……おっと」
「すぴ~……すぴ~……」
いつの間にか寝てしまったヒトリに、ツバメは自分の羽尾っていた上着をかけた。
「すみませんが、ヒトリを宿まで送ってもらってもいいですか? 手配には時間がかかりますので……」
「ああ、構わないよ。アタイ達の宿の隣だしね」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで……」
ツバメが手配の為に立ち上がろうとすると、シーラが声をかける。
「ねぇツバメ、ちょっといいかい?」
「なんですか?」
「アタイは、このままヒトリをEにしておくのはもったいないと思う。ヒトリこそ飛び級させるべきだよ」
「それはオレも同意見だな」
「あ~…………」
2人の視線にツバメは少し困った顔をする。
「……あんたが『いいよ』って言ってくれれば、私は楽なんだけどね~……」
そう呟き、気持ちよさそうに寝ているヒトリの頭を優しく撫でた。
※
少し低くなってしまった丘。
その丘の一部が大きく盛り上がり噴火の如く弾け飛んだ。
「……」
爆発の中心部には【影】のジャックが立っていた。
ジャックはローブに着いた泥を払い落とす。
すると、背後から甲高い女性の様な声が聞こえてきた。
「あら~? あんたが遺跡に潰されたって報告があったから、わざわざ死体を回収しに来たのに~……とんだ無駄足だったみたいね~」
ジャックは背後を振りかえる。
そこには真黒なマントを羽織り、フードを深くかぶった人物が横座りで大型の狼に乗っていた。
顔には左目の下に黒いクラブマークのある銀のアイマスクをつけている。
「クイーンか……我を勝手に殺すな」
「遺跡に押しつぶされたんだから、そう思うわよ~。まっどちらにせよマヌケな話よね~! キャッハハハハ!」
「……黙れ!」
ジャックが青白く光る石をクイーンに向かって投げつけた。
大型の狼は石に反応し、大きな口で石をキャッチする。
「な~に~これ~?」
クイーンは狼から青白く光る石を受けとり、まじまじと見る。
「わからん。この遺跡の隠し部屋に描かれていた魔法陣の上に置かれていた物だ。専門外の物だから貴様にやる」
「魔法陣……青白く光る石……ねぇ~そこには10人くらいの魔術師と動物の頭蓋骨が無かった~?」
「ん? ああ、確かそうだった」
「やっぱり~! となると、これは~……ポチ! 今すぐ研究室に戻るわよ~!!」
『バウッ!』
ポチと呼ばれた大型の狼は駆け出し、あっという間にクイーンの姿が消えた。
「ふぅ……静かになった」
ジャックはその場に腰を下ろし、夜空を見上げる。
「奴の動きは尋常ではなかった。もしや……いや、まさか……な」
少し休憩をしたのちジャックはゆっくりと立ち上がり、暗闇の中へと消えて行った。
―了―