真黒なマントを羽織った人物は静かにフランクを睨みつける。
その人物の顔には、左目の下に黒いスペードマークの入った銅色の鉄仮面を付けていた。
「っその格好に、その仮面! そうか! お前がジャックか!!」
フランクの怒鳴りに対し、【影】のジャックは淡々と答えた。
「……今すぐここから立ち去れ、さすれば命まではとらん」
地を這うようなぞっとするほどの低く威圧感のある声。
フランクも、その声に少したじろいてしまう。
「……っ! へっ、命まではとらんだと? 今まで何人も殺してきて言う言葉かよ!」
「仕事以外、無駄な殺生はしたくないだけだ。去る気が無いのなら……」
ジャックは手に持っているハルバードの柄を、シーラに強く押し付けた。
「――がはっ!」
シーラは苦痛で顔をゆがめ、肺に溜まっていた息を吐き出す。
「姐さん! ちいっ……! 何が無駄な殺生だ……噂通り卑怯な奴だぜ」
フランクの言葉にジャックが反応を示した。
「卑怯だと?」
「ああ、そうだろうが! 姐さんを人質にして脅迫しているじゃねぇか!」
「勘違いするな、これは我の慈悲だ。生かしてやっているのだからな」
「話が通じねぇ奴だな……まぁいい。なんにせよ、その慈悲とやらでお前は自分の首を絞めた。さっさとオレ達をやっておくべきだったんだよ!」
フランクが叫ぶと同時に地面に伏せた。
その瞬間、フランクの背後から4本の小型ナイフがジャックに向かって飛んで来る。
ヒトリが投げた小型ナイフだ。
「――ふんっ!」
ジャックはハルバードを振り回し、飛んで来た小型ナイフを叩き落とす。
「……去る気はないようだな」
「――っいいや! あんたをとっ捕まえる気だよ!」
ハルバードの拘束がとかれた瞬間、シーラは即座に短剣を抜き、ジャックの足にめがけて振り下ろした。
しかし、ジャックはシーラの行動がわかっていたように後ろへとジョンプをし、文様が刻まれた部屋に着地した。
と同時に、フランクは雄たけびを上げながらジャックに襲い掛かった。
「うおおおおおおおおおおりゃああああああああ!!」
フランクは力任せにこん棒を振り下ろす。
その攻撃にジャックは避けもせず、ハルバードの柄でフランクの攻撃を受け止めた。
衝撃音と共に、ジャックの足元の床に大きなヒビが入る。
「オレの渾身の一撃を……受け止めたのは……お前が初めてだぜぇ!!」
フランクはこん棒に力を籠め、ジャックを押し潰そうとする。
「……なら、使っていたのは格下相手だな」
フランクをあざ笑うかのように、ジャックは悠々と答える。
「っ!! ほざくなっ!!」
鍔迫り合いでは押し切れないと判断したフランクは、右足でジャックの横腹に向かって蹴りを入れ込む。
が、ジャックは即座に左腕でフランクの蹴りをガードし、逆にフランクの横腹に右足で蹴りを入れ込んだ。
「――ぐっ!!」
まともに食らった為にフランクは一瞬意識が飛びそうになり、ふらついてしまうがすぐに体勢を戻す。
「……へっ……こ、このくらい……屁でもねぇな!」
「ほう、その体格は伊達じゃないか」
ジャックの言葉にフランクが吠える。
「あたりめぇだぁ! うりゃあああああああああ!!」
フランクは鍔迫り合い状態からこん棒を外し、がむしゃらに振った。
それに対してジャックは身をかわしたり、ハルバードで受け流す。
「……あの野郎、完全に遊んでいやがるねっ」
フランクの背後で弓を構えたシーラが歯を軋ませる。
一見、フランクが押している様にも見えるがそうではない。
ジャックはフランクの攻撃をかわしつつ盾にし、シーラの矢の的にならないように立ち回っていた。
それほど余裕をかましているのだ。
「フランク! 落ちつきな!」
シーラが叫ぶも、頭に血が上っているフランクには聞こえていない。
がむしゃらな攻撃を辞める事は無かった。
「チッ! 駄目か……」
シーラが弓を降ろす。
「あっ……シーラさん……大丈夫、ですか……?」
そんなシーラにヒトリがよろよろと近づいて来た。
「ああ、見ての通り大丈夫さ。アンタの方は?」
「あっ……ち、治癒ポーションで何とか……」
「それは良かった……まぁあれは良くないけどね……」
「あっ……か、完全に周りが見えていませんね」
「あの馬鹿の悪いところさ。1対多に持ち込みたいのに、こんな狭い部屋であんなにこん棒を振り回されるとどうしようもないよ」
「あっ……じゃ、じゃあジャックを、こちらに向ければいいんですか?」
「それが出来たら、アタイの矢で射抜いてやるさ。出来ればの話だけどねぇ」
「……わかりました。やってみます」
そう言うとヒトリはデフォルメされたドクロの仮面を顔につけ、ナイフを取り出して2人に向かって駆け出した。
「えっ! ヒトリ!?」
ヒトリはタイミングを見計らって、フランクの振り回すこん棒の隙間に一瞬で入り込む。
そして、こん棒の動きに合わせて身体を動かしジャックに刃を向けた。
「――むっ!?」
突然の乱入者にジャックも驚きの声をあげた。
手数が増えると流石のジャックも回避しきれず、防御に徹し始めた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
フランクは自分の前にヒトリがいる事にも気付かず、ひたすらこん棒を振り回した。
その押し込む行為がジャックに反撃を許さず、さらにヒトリの斬撃でどんどんと体制を崩す羽目になっていた。
「……ヒトリ、あんた……いや、そんな事言ってる場合じゃないね!」
シーラは再び弓を構え、きたる瞬間をまった。
少しずつシーラの射線にジャックの背中が見えて来る。
そして――。
「……今っ!」
背中を見せたジャックに向かって矢を放った。
「ぐっ!!」
放たれた矢はジャックの右肩に突き刺さり、鈍い声をあげる。
シーラは続けて矢筒から矢を取って構える。
フランク、ヒトリも動きの鈍くなったジャックに追い打ちをかけようとする。
「調子に乗るな!! ザコ共がああああああああああああああああああああ!!」
突如、ジャックが空気が震えるほどの咆哮をあげた。
「うおっ!」
「きゃっ!」
「なっ!?」
鼓膜が破れそうな咆哮に、3人はとっさに両手で耳を塞ぐ。
3人の隙が出来た瞬間、ジャックは振り返りハルバードの剣先をシーラに向けて襲い掛かろうとする。
しかし、ジャックの咆哮に耐えられなかった遺跡の天井が突如崩れ落ちて来た。
「なっ――!?」
ジャックは避ける暇もなく、天井の瓦礫に押しつぶされた。
そして、どんどんと天井が崩れていき遺跡全体が大きく揺れ始めた。
「おいおいおいおい! やべぇやべぇやべぇ! 姐さん早くこっちに!」
「わかってるよ!」
3人は大急ぎで駆け出し、遺跡の入口へと向かった。
「走れ走れ走れ走れえええ!!」
「叫んでるあんたが一番遅いんだよ! もっと早く走りな!」
「これでも全力だっての!!」
「ああ! もう!」
シーラはフランクの後ろに回り、背中を押して走った。
崩れる落ちる通路を突き進み、出口のある階段を駆け上がる。
「遅くなってどうすんだい! このままだとアタイまで押し潰されっちまうよ!」
「登りの階段だから仕方ねぇだろ!」
ギャーギャーと騒ぐ2人の前を走っていたヒトリが叫んだ。
「日の光! もう少しで出口です! 頑張ってください!」
崩落はすぐそこまで迫っていた。
「「うおおおおお! 間に合ええええ!!」」
3人は穴から外へと飛び出す。
同時に激しい轟音と強い地響きが起き、穴からは勢いよく土煙が吹き出す。
大きく出っ張った丘は半分以上縮んでしまうのだった。