リトーレス大陸南部、リンゼ地方にある古代遺跡。
その遺跡の中を右目に黒い眼帯をつけ、こん棒を持った筋肉質で赤色の肌をした大男のオーガと、赤髪の上に黄色いバンダナを巻き、矢筒を背負った褐色肌の女性のダークエルフが壁を調べていた。
「んー……なぁ何処にも仕掛けなんてねぇぞ?」
オーガはスキンヘッドで額に2本の小さな角が生えた頭をポリポリとかきながら、ダークエルフの方を紫の瞳でチラリと見る。
「おっかしねぇ……情報によるとこの壁の向こうに通路があるはずなんだけど……」
ダークエルフはとがった耳を上下にピコピコと動かし、手に持っていた見取図を開きオレンジの瞳で睨みつけた。
オーガの名前はフランク、ダークエルフの名前はシーラ。
2人は一組で行動している冒険者だが、ギルドの依頼を受ける事はほぼない。
海、山、廃墟、遺跡など、主に人の手の入ることのない場所に行き、遺された財宝を探すトレジャーハンターだ。
「ガセ情報をつかまされんじゃねぇのか?」
フランクの言葉に、シーラの耳がピンと真上につり上がった。
「情報は古代遺跡を研究している奴から高値で買い取ったやつだよ! ガセなわけあるかい! 絶対にこの先に通路がある!」
シーラは見取図を道具袋の中へつっこみ、コンコンと壁のあちらこちらを叩き始めた。
「それをつかまされたっつーんだ。だからいつも言っているだろ、情報を買う時は慎重にって……」
「うっさい! ウダウダ喋る暇あったらあんたも探しな!」
「散々探したじゃねぇか。けどスイッチらしきでっぱりもへこみもねぇし、仕掛けらしい仕掛けも無い。いい加減諦めて……」
「……」
フランクの言葉を無視し、シーラは黙々と壁を叩き続ける。
「はあ……相変わらず意固地な奴だな。オレぁ疲れたからちょっと休ませてもらうぜ……よっこらせ」
フランクは呆れかえり、その場で腰を下ろした。
そして少し上を向き、首をコキコキと鳴らす。
「…………ん? なんだあれ?」
フランクが見つけたのは、天井から垂れ下がったボロボロの1本のロープだった。
「……まさか……だよな?」
フランクは立ち上がって、垂れ下がったロープを握り下に引いてみる。
すると天井裏からガコンと何かが動く音がした。
「ん? 今の音はなんだい? フランク、あんたなにか……ってなになになになに!?」
シーラが叩いていた壁がガタガタと動き出し、上へと上がり始めた。
しばらくたつと壁は天井付近まで上がり、目の前に通路が現れた。
「……あった……あったよ! 通路があった!」
シーラは喜びの声をあげながら開いた通路の中を覗き込んだ。
「マジかよ……今までの探してた時間は何だったんだ……」
「見つかったらいいじゃないか、ほら行くよ!」
シーラは意気揚々と通路を進み始めた。
フランクは納得がいかないといった顔をしつつ、後を追いかけた。
※
2人は数分探索を続けたが、これといって目ぼしい様な物は何も見つからなかった。
フランクは疲れた様子でシーラに話しかける。
「なぁ……ここ、探索されつくされたんじゃねぇか?」
「そ、そんな事は……あるかもねぇ……あの野郎! 戻ったらぶん殴って払った金を取り戻してやる!!」
シーラが怒り、拳で壁を殴りつけた。
すると、殴った所からバキバキとヒビが入り始めた。
「え?」
シーラは驚き、慌てて拳をひっこめる。
「おいおい、いつの間にそんな力を付けたんだ?」
「ア、アタイの力じゃないよ! ここの壁がもろくて……ん?」
シーラは何かに気付いた様子で、ヒビの入った箇所に近づきじっと見つめた。
「どうかしたのか?」
「…………やっぱり、普通の壁じゃない――ふんっ!」
今度は勢いよくヒビの入った箇所を蹴り飛ばす。
ヒビはさらに大きく壁全体に広がり、ガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
「おお!」
フランクは崩れ落ちて空いた穴を覗き込む。
「……中は……部屋か……おっ! 宝箱があるじゃねぇか」
フランクは、部屋の端に置かれた古ぼけた木製の箱に向かってドスドスと走って行く。
「あっ! ちょっと待ちな!」
「さて、何が入ってるかなぁっと!」
シーラの言葉を無視して近づいたフランクは、箱を空けようと手を伸ばした。
その瞬間――。
「――おわっ!? イデデデデデ!!」
突然箱の蓋が開き、フランクの頭に噛みついた。
「はぁ~やっぱり、ミミックだったかい」
ミミック。
生息している場所によって宝箱、ツボ、大きい物だとタンスなどの物の姿に擬態する能力を持つモンスター。
トレジャーハンターからすれば、非常に厄介で迷惑な存在である。
「まったくもう……フランク! 動くんじゃないよ!」
シーラは矢筒から矢を1本抜き取り、弓を構えた。
「んな事言われてもよぉ!! イデデデデ!!」
痛みで暴れ回るフランク。
シーラは仕方なく矢先をフランクの動きに合わせ――。
「………………そこだっ!」
――矢を放つ。
放たれた矢は、乾いた音と共にミミックの頭らしき箱の上に突き刺さる。
噛みついていた威力が落ち、フランクはミミックの口をこじ開けて地面に投げ捨てた。
「……た、助かったぜ……姐さん……いってぇー」
フランクの頭はミミックの歯形がくっきりと付き、血まみれになっていた。
「アンタさぁ、いい加減Bランクとしての自覚を持ちな。同じランクのアタイまで恥かくよ」
文句を言いつつ、シーラは道具袋の中から治癒ポーションを取り出してフランクに投げた。
「……おっとと。いやはや面目ねぇ……んぐ」
治癒ポーションをキャッチしたフランクは一口で飲み干す。
するとミミックに噛まれた傷がみるみる治っていった。
「しっかし、新しく作られたこの治癒ポーションの効果はすげぇな」
「そうだねぇ。前のビン位の量なら骨折も一瞬で治りそうなんだけど……その小瓶の量以上を飲むと中毒を起こしちまうのが残念だよ」
シーラは部屋にあった棚から装飾されたツボを手にする。
「けど、小瓶になったおかげで持てる量が増えたのも事実だから一朝一夕って奴だな!」
「それを言うなら一長一短だよ……ふむ、これは値打ち物っぽいね」
「おっいくらくらいになりそうなんだ?」
「それは鑑定士次第だねぇ。他は……金になりそうにもないねぇ」
シーラは道具袋から布を取り出し、ツボを包んだ。
「そうか。なんかここはいまいちだったな……オレぁ噛まれ損な気がするぜ」
フランクはミミックに噛まれた頭を擦る。
「だねぇ……せめて払った分は取り戻せればいいんだけど……とりあえず鑑定士のいる王国に行って、ついでに何か儲け話が無いかギルドに寄ろうか」
「おう。ギルドに顔を出すのは3カ月ぶりだな」
2人は王国に戻る為、遺跡の出口へと向かった。