ツバメはヒトリから依頼書を受けとり、目を通す。
「……うん、問題は無しね」
満足そうな顔をするツバメ。
「……や、やり方に問題があるよぉ……」
その横で唇を尖らせるヒトリ。
「文句を言わない。ほら、出発の準備をしてきて」
ツバメはヒトリの太ももを軽く叩き催促する。
「……ううう……」
ヒトリは立ち上がり、部屋から出て行った。
「今すぐに助けに行きたいだろうけど、準備も大事だから少しだけ待ってね」
「……あッ……はイ」
ツバメの言う通り、ハナはサクを助けにいるとわかってから居ても立っても居られない状態だった。
ただ、こればかりは自分ではどうしようもない。
ハナは必死に気持ちを抑え込んだ。
「あ、ハナちゃん。ちょっと、聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「なっなんでしょウ?」
「その頭の花とか葉っぱ……後、髪っぽい根っこは痛みを感じるの? 調べる時に、当たって痛いとか不快な思いをしちゃうと問題になるから教えてほしいの」
「ウチは痛みを感じませン。触れてる~って感覚はあるんですけどネ」
そう言うと、ハナは頭の葉っぱに手を伸ばし千切る。
そして根っこの方もつかみ、ポキッと折った。
「ちょっ!?」
突然のハナの行動にツバメが慌てる。
「痛みが無いからって、いきなり取っちゃって大丈夫なの!?」
「全然問題ありませン。土の栄養と日の光を浴びていれば、また伸びて来ますかラ」
「……そう? なら、良いんだけど……」
「はイ。なので、存分にウチの身体を調べて下さイ。あ~……でも、野菜みたいにあちこちぶつ切りにするのだけは止めて下さいネ。流石にそこまでされると再生できる気がしませン……」
「そこまではしないわよ! 体の負担になる様な事は、絶対にしないから安心して」
「なら、良かったでス」
「……でも、せっかく……っていうのもおかしいけど、その取った葉っぱと根っこを貰えないかな? その状態でも色々と調べる事が出来るし……」
「これをですカ? どうゾ」
ハナは手に持っていた自分の葉っぱと根っこをツバメに渡した。
「ありがとう。これは良い前払いを貰っちゃったわね」
「……そ、その前払い……羨ましいことです事……」
背後から聞こえた声にツバメが振り向く。
そこには準備を整えたヒトリが立っていた。
「そう言うけど、ヒトリが貰っても意味がないでしょ?」
ツバメはハンカチを取り出し、ハナの葉っぱと根っこを丁寧に包んだ。
「そ、そうだけどぉ……こう~気分的に……なんか……」
また唇を尖らせるヒトリ。
それを見たツバメは、今回はちょっと強引すぎたなとちょっと反省をする。
「無事にサクさんを救い出したら、ツバメ特性アップルパイを作ってあげるから、そんなにヘソを曲げないで、ね?」
「……え? ア、アップルパイ? ……う、うん……楽しみにしとく……」
アップルパイと聞いて、尖っていたヒトリの唇が緩む。
「さっこれ以上は時間を無駄に出来ないわ。サクさんを助けに行ってあげて」
「よろしくお願いしまス! ヒトリさン!」
ハナはペコリと頭を下げる。
「えっ……あっ……は、はい……よ、よろしくお願いします……」
対して、ヒトリはキョドリながら返事をする。
そんな姿を見て、ツバメが小さくため息をついた。
「はぁ~……植物を相手にしても、いつも通りか~……ヒトリのこれは一生治らないわね……」
ハナとヒトリはギルドを出発し、王国の外へと出た。
「では、帰り道を聞くので少し待っていてくださイ」
そう言うとハナはその場にしゃがみこみ、雑草に触れた。
「……え? 帰り道を……聞く?」
ヒトリは意味がわからず困惑する。
「…………わかった、ありがとウ。こっちだそうでス」
ハナは立ち上がり、東の方角に指をさした。
「……だそうですって……あっ……あの……い、一体誰に聞いたんですかぁ?」
「誰っテ……この子ですけド……」
ハナは触っていた雑草を見る。
ヒトリは雑草を見て、ハナを見て、もう一度雑草とハナを見てようやく気付いた。
「あっ……も、もしかして……しょ、植物と会話してたんですかぁ!?」
「そうでス。みんなに道案内をしてもらったから、ここに来れたんですヨ」
「あっ……そ、そうだったんですかぁ……植物同士が会話をしていた……ふふ、ギルドに帰ったらツバメちゃんにも話そうっと、きっと驚くだろうなぁ」
※
その日の夕方、2人は森の中にあるサクの家まで到着した。
「着きましタ。ここがハナとサクが住んでる家でス」
「あっ……こ、ここですか……静かでいいところですねぇ……なんだか、落ち着きます……」
「じゃあ、ウチはサクがどの辺りに居るのかみんなに聞きますので、その間ヒトリさんは家の中に入って休憩していてくださイ」
「あっ……はい、わかりました」
ヒトリは家の扉を開ける。
「――こっこれは!!」
家の中を見た瞬間、ヒトリはハナの傍まで急いで駆け寄った。
その行動にハナは不思議そうに声をかける。
「あの、どうかしましたカ?」
「……い、家の中が荒らされていました」
ヒトリはナイフを手にし、辺りを警戒する。
「エ? 荒らさレ……あ、それハ……」
「気を付けて下さい、近くに何かがいるかもしれません!」
ハナは申し訳なさそうな顔をしつつ、口を開いた。
「それ、ウチでス……」
「…………へっ?」
「ウチが掃除すると、何故か散らかっちゃうんですよネ……なので、何も問題はないでス……はイ……」
「えっ……あっ……そ、そうだったんです……か……」
ヒトリはナイフをしまい、警戒を解いた。
そして恥ずかしそうに俯いた。
「あっ……じゃ、じゃあボクは家の中で休憩を……ん?」
ヒトリは俯いていた頭を上げた。
そして、森の奥をジッと見つめる。
「今度はどうしましタ?」
「……何か近づいてくる……」
「え? 何かって、なんですカ?」
「――危ない!」
ヒトリはハナの腕を掴み、無理やり自分の方へと引き寄せた。
「わッ!?」
その勢いでハナが地面に倒れ込む。
直後、大きな影がハナのいた場所を通り過ぎた。
「な、何なんですカ! 急に……ヒッ!」
体を起こしたハナは、目の前にいたモノに恐れ小さな悲鳴をあげた。
『グルルル……』
そこにいたのは体長は1mを優に超え、全身は夜の闇よりも黒く、燃える様な赤い瞳を持つ魔犬だった。
唸りを上げ、赤い瞳でギロリと2人を睨みつける。
「ブ、ブラックドッグ!? でも、こんな大きなのは見た事も…………っ!」
ヒトリが瞳を動かし、辺りの茂みを見る。
その茂みの隙間からは、数多くの赤い点が光り輝いていた。
背後からもブラックドッグの唸り声が聞こえてくる。
「……どうやら、完全に囲まれたみたいね……」
ヒトリはデフォルメされたドクロの仮面を顔につけ、ナイフを取り出し戦闘態勢に入った。