サクは混乱したものの、すぐに息を整えて冷静になる。
そしてマンドラゴラをじっと見つめた。
マンドラゴラは確かに人型でうねうねと動く植物だ。
しかし、ここまで大きく、ましてや面と向かって会話をするマンドラゴラなんてサクは生まれてこの方見た事も聞いた事も無い。
「……? あの~……どうかしましたカ?」
だが、現にこうして目の前に立っている。
実に不可解な光景だ。
「……いや、何でもない…………立ち話もなんだ。家に入りな」
「はイ!」
サクはマンドラゴラを家へと招き入れた。
普通、得体の知らないものを家の中へと入れる事はしない。
だがサクの好奇心が勝り興味を持ったのと、マンドラゴラから一切殺気を感じられなかった為に大丈夫だと判断した。
とはいえ、手にした伐採斧を手放す事はしなかった。
「お邪魔しまス~」
マンドラゴラは嬉しそうに家の中へと入る。
扉を閉め、サクは椅子へと座った。
マンドラゴラもそれを見て、空いている別の椅子にちょこんと座った。
「……で、改めて聞くがお前はあのマンドラゴラでいいんだな?」
「はイ! そうです!」
「……ふむ」
サクはマンドラゴラにした事を思い返す。
マンドラゴラを抜こうとした奴らを追い返した。
抜けかかったところを家に持ち帰った。
日の当たる所に埋め直した。
木の枝を花の茎にあてた。
店で適当に買った青いスカーフを巻いた。
ゴアゴ博士から貰った特性の治癒ポーションをかけ……。
「……博士の奴、一体何のポーションを渡しやがったんだ?」
もはや原因はこれしか考えられなかった。
今まで怪我も無く飲んでいなかったが、もしあのポーションを飲んでいた場合どうなっていたのか……考えるだけ恐ろしいのでサクは考えるのを辞めた。
「……さっき恩を返しに来たとか言っていたよな?」
「はイ! みんながそうするべきだと言っていたのデ!」
「……ん? みんな?」
「この辺りの植物達でス」
「……この辺りの植物達って……え、植物って会話をするのか?」
「そうでス。とはいっても口は無いので、頭の中? で会話していまス。ただ、ウチがこの大きさなると全然聞こえなくなっちゃったんですよネ……でも、こうして触れば……」
マンドラゴラは、机の上に置いてある花瓶に刺さった白い花を手に取った。
「ふむふむ、なるほド。ウチが来て、ご飯作りが止まってしまったいたんですカ」
「……え」
マンドラゴラの身長では、背伸びをしても窓から家の中を覗くのは無理だ。
おまけにカーテンはまだ開けていない。
つまり、マンドラゴラがサクの行動を見る事は出来ない。
サクの行動を把握しているとすれば……。
「……本当に花と会話を……植物ってテレパシーみたいなもので、コミュニケーションをとっていたわけか? 実に興味深いな……これはゴアゴ博士の所に連れて行くべきか……? ……いや……人体実験大好きマッドサイエンティストエルフのケイアがいるから危険か……ん?」
少し考え事をしている間に、椅子に座っていたマンドラゴラがキッチンの前に立ち包丁を持っていた。
「……お前、何をする気だ」
その姿にサクは伐採斧を強く握りしめた。
「何って、ご飯を作ろうと思いまス」
「……ご飯を作るって、お前そんな事が出来るのか?」
「はイ! 初めてですけど、この子が色々と教えてくれると言ってますかラ」
マンドラゴラは白い花をスカーフの隙間に差し込んだ。
「……俺達は常に植物に監視されている状態なのか……」
サクは、これから色々と植物の前では気を付けようと心の中で決めた。
「……そういえば、俺は木こりだ。木たちは俺に対して文句を言っているのか?」
「あ~……無いと言えば嘘になりますガ……ですけど、栄養を取り合ったり、日陰が無くなったりと自分達がより成長が出来る事も理解していまス」
「……そうか……」
マンドラゴラはニンジンを手に取り、包丁を近づけた。
……が、それ以降全く動かなくなった。
「……どうかしたか?」
「……ませン……」
「……ん? なんだって?」
「ウチにはできませン! この子、傷付けないでって必死に訴えて来るんでス!」
「……はあ!? だったら、自分がやるとか言い出すなよ!」
サクは立ち上がり、マンドラゴラから包丁を取り上げた。
そして、ダンッとニンジンを真っ二つに叩き切った。
「ああああああああア! ニンジンさあああああン! なんて事ヲ!」
「……なんて事って……俺達は食べなきゃ生きていけない。こればかりは理解してくれ……えーと……そういえばお前、名前は?」
「名前? そんなのは無いでス」
「……まぁそれはそうか……んー名前が無いのも不便だな……けど、植物に性別があるなんて聞いた事ないし……どうすっかな……」
サクはしばらく考えたのち、マンドラゴラの頭の花を見て……。
「……ハナ、なんてどうだ?」
安直で見たままの名前。
だが、聞いたマンドラゴラは大いに喜んだ。
「ハナ! はい、今日からウチはハナでス! わ~イ!」
無邪気に喜んでいるハナの姿に、もうちょっと捻るべきだったと多少後悔するサクであった。
※
ハナがサクの家に来てから1週間。
サクが仁王立ちし、その前でダブダブのサクの服を着たハナが土下座してプルプルと震えていた。
「……もう、地面の中へ戻ってくれるか? 別に恩返しされる事はしてねぇし……」
「っそう言わズ! お願いしまス! 見捨てないでくださイ!」
ハナはサクの足にしがみ付き泣きついた。
この1週間、ハナが掃除をすれば逆に散らかり、洗濯をすれば服をビリビリに破いてしまう。
畑の収穫を頼めば、野菜たちと世間話を始めて中々戻ってこない。
出来る事といえば野菜以外の物を切れるようになったくらいだ。
「今度こソ! 今度こそ、家を綺麗に掃除しまス! ウチにチャンスを下さイ!」
「………………はあ……わかったから、足から手を離せ」
「ッ! ありがとうございまス!」
ハナは笑顔になり、サクの足から手を離した。
「……じゃあ、俺は仕事に行く」
サクは伐採斧を手に取り、肩に担いだ。
「はイ! 行ってらっしゃいまセ!」
「……不安だ……」
ハナの笑顔を見て、そう思いつつサクは家から出て行った。
しかし、日が落ちてもサクは家に帰って来なかった。