冒険者ギルドの前には馬車があり、ミシェルは荷台へ乗せられた。
続いてツバメと医者が荷台に乗り込み、御者台にはヒトリが乗った。
「お、おい。ちゃんと説明してくれよ」
困惑しているトーマがツバメに問いかけた。
「説明は道中でするから、あなたも早く乗って」
ツバメがトーマに向かって右手を伸ばす。
「…………わ、わかった」
トーマはツバメの手を取り、荷台へと乗り込んだ。
「ヒトリ、馬車を出してちょうだい」
「う、うん。わかった」
ヒトリは手綱を引き、馬車を走らせる。
「さて、改めて依頼内容を説明するわ。とは言っても、さっきの依頼が全てなんだけどね」
依頼書を取り出しケラケラと笑うツバメ。
そんな様子にトーマは眉をひそめた。
「何でそんな依頼が出るんだ? 俺は頼んでないし、ミシェルもこの状態だ……無理に動かすのは……」
「その為に私が呼ばれた……正直、この状態でどこまで役に立てるかわからんがな」
医者はミシェルの袖をまくり、脈をとる。
そして注射器を取り出し、揺れる馬車のなかでスムーズに針を腕に刺した。
「そう言わず、よろしくお願いしますよ。で、依頼に関してなんだけど……このノートを見たのと、持って来たヒトリが珍しく私に頼み込んで来たからです」
ツバメがミシェルのノートを手に取り、トーマに渡した。
「このノートが? 一体なんて書いて……」
「待った!」
ノートを開こうとしたトーマに対してツバメが止めた。
「中身を見ちゃった私が言うのもなんだけど、あなたは見るべきじゃない……少なく今は……ね」
「? ……何だよ、それ」
トーマは納得がいかないと思いつつも、持って来ていたミシェルのカバンの中にノートをしまった。
※
馬車はレンイ森の手前にある関所で停車するが、ツバメの一言で簡単に通してもらえた。
職権乱用って言うのはこの事なんだろうなとトーマはそう思った。
「あっ……ば、馬車が入れるのはここまでです」
レンイ森の手前でヒトリは馬車を止めた。
「よし、それじゃあ私がミシェルちゃんを……」
「待ってくれ、ミシェルは俺が背負うよ」
そう言うとトーマはミシェルの身体を持ち上げた。
「わかった。じゃあ私達は後ろから支えますね」
ヒトリが先頭を歩き、その後ろをミシェルを背負ったトーマ、両脇にツバメと医者が続く。
出てきたモンスターはヒトリがあっという間に処理し、順調に森の奥までやって来た。
するとパラパラと雨が降り始めた。
「あ、雨? くそっこんな時に……」
「大丈夫、傘あるから」
ツバメは用意してあった傘を取り出して、ミシェルとトーマが濡れないように差し掛けた。
「この森の奥は特殊な地形でな、雨が降りやすいんだ」
医者も持って来ていた傘をさした。
「でも、この雨が虹花を見るのにかなり重要なんですよ」
「雨が……?」
トーマはよくわからないままヒトリの後について行く。
しばらくすると、ヒトリは足を止めた。
「あっ……つ、着きました」
目の前は森の開けた場所だった。
その地面には、チューリップの様な蕾が膨らんでいる花がたくさんあった。
「あれが……虹花? 全然咲いていないじゃないか……」
緑一色の光景にトーマが落胆した声を出した。
「……大丈夫です。雨が完全に止むまで、木の下で雨宿りしましょう」
ツバメの案内で5人は大きい木の下に入り、雨が止むのを待った。
10分ほどたった頃に雨がやみ、雲の隙間から開けた場所に光がさしこんで来た。
すると――。
「……あっ……」
トーマは目の前の光景に息をのんだ。
虹花の蕾が一斉に開いたからだ。
開いた虹花は名前通り、花弁が虹色に輝いていた。
「虹花は普段蕾の状態なんですけど、雨で濡れた後は蕾を開いて日光で乾かす習性があるんです。花自体すごく弱くて採るとすぐ枯れてしまい、栽培もまだ成功例がありません。ですから、この森とこことよく似た雨が降りやすい場所でしか見れない花なんですよ」
「へぇ……」
トーマはただただ虹色の絨毯に魅了されるのだった。
「……わあ…………綺麗……」
「っミシェル!?」
ミシェルが小声でつぶやいた。
トーマは慌ててミシェルの顔を見る。
その表情は微笑んでいて、苦しんでいたのが嘘のようだった。
「苦しくないのか……?」
「……うん……何も感じない……力も入らないけど……」
「何も感じないって……どういう事ですか?」
トーマは訳がわからず、医者の方を向く。
医者は静かに首を振り、口を開いた。
「神経等が麻痺している様だ……彼女はもう……」
「そ、そんな……」
医者の言葉にトーマを含め、ヒトリとツバメの表情が暗くなる。
「……あのさ……横向きじゃなくて……起きて見たいな」
「あっああ、わかった……」
トーマはミシェルの上半身を起こし支えた。
「……やったぁ……虹花……見れた…………えと……ノート……ノート……」
「ノートはここにあるぞ」
トーマはミシェルのカバンからノートとペンを取り出し、ミシェルに渡した。
ミシェルは弱々しく受けとりノートを開いた。
「…………達成……と……」
虹花を見るという項目に線を引いて消した。
そして別のページも開き、ある項目にも線を引いた。
「…………ふふ……よかったぁ……1番達成したかったの……出来た」
「そんなに虹花を見たかったのか?」
トーマの言葉に、ミシェルは虹花ではなくトーマの顔をじっと見る。
「……ん? どうした? 何か変な事言ったか?」
「……ううん…………ねぇトーマ……あたしが……引っ越して来た時の事……覚えてる……?」
「な、なんだ……急に……? 覚えているけど……」
「……この三つ目……気持ち悪いって……みんなから、仲間外れにされてさ……それで落ち込んでいた時……トーマが話しかけて来てくれたよね……」
「……そう……だったな」
「……それ以来……一緒に遊んだり……話をしたり……楽しかった……」
「ああ、俺もだよ……」
「……あのさ……気付いてた……? ……トーマの眼って……感情で色が変わるんだよ?」
「感情で色が?」
「……そう……嬉しい時……悲しい時……その時の感情で……色んな色に……あの虹花みたいにキラキラと……あたしね、トーマのその大きくて綺麗な眼が……大好き……なんだ……」
ミシェルは弱々しく右手を上げ、トーマの頬にあてた。
「……」
「……トーマ……」
「……なんだ?」
「……最後まで……たくさんの……思い出…………ありがとう……」
ミシェルが笑顔を見せると同時に、トーマの頬に添えられていた右手が力なく離れた。
「――っ!」
トーマはすぐさまミシェルの右手を取り、握りしめた。
しかし、ミシェルはその手を握り返してくる事は無かった。
「…………何を言うんだ……礼を言いたいのは……こっちの方だ……ミシェル……」
トーマはミシェルの体を強く……強く抱きしめた。
この日、少年と少女の旅は終わりを告げた。