回避をした【影】5人のうち2人はヒトリに襲い掛かり、残りの3人はミシェルとトーマの後を追いかけようとわきをすり抜けようとする。
「行かせない!」
ヒトリが小型ナイフ3本を取り出し、わきをすり抜けようとしている3人に投げようとする。
「させるかよ!」
襲い掛かって来ていた【影】の1人がショートソードを抜き、ヒトリに向かって降り下ろす。
ヒトリは体を捻って斬撃を回避し、相手の腹を蹴りつつ小型ナイフを3人に向かって投げつけた。
「――!」
3人は投げられた小型ナイフに反応し1人は後ろへと飛び、もう2人はそれぞれ木の枝に飛び乗って回避をする。
木の枝に飛び乗った2人は、そのまま他の枝をつたってミシェルとトーマの後を追いかけた。
「待ちなさい!」
ヒトリは両手にナイフを持ち、枝をつたっている2人に追撃しようとする。
「このっ!」
だが、ナイフを取り出した【影】に攻撃されて追撃を邪魔をされる。
「っ……いってぇじゃねかよ!」
蹴られた【影】も体勢を整え、ショートソードで再度襲い掛かる。
2人同時に攻撃され、ヒトリは防戦一方となってしまった。
「……ちっ舐めた真似をしてくれる」
足止めを食らった【影】の1人は鎌を取り出し、防戦一方になっているヒトリに向かって走り出す。
逃げたトーマとミシェルはすり抜けた2人に任せ、ヒトリの排除を優先する形を取った。
「――っ! 足止め出来たのはたったの3人か……! どうか逃げ切って!!」
ヒトリは両手に持っているナイフを強く握りしめ、【影】の3人との戦いの火ぶたが切られる。
「はっ! はっ! おいっ! もっと早く走れ!」
トーマがお腹のリュックを押さえているミシェルに向かって叫ぶ。
「はあっ! はあっ! 一生! 懸命! 走ってる! わよ!」
そうは言うが、明らかにミシェルの速度は卵のせいで遅くなっている。
「はっ! はっ! くそっ! 今は少しでも早く関所に戻って、救援を求めないといけないのに……あっそうだ! その卵を、その辺りの木の陰に隠してしまおう! そうすれば身軽になる!」
「えっ!? でもっ」
トーマの提案にミシェルは少し戸惑いを見せた。
「今は駄々をこねている場合じゃない! ヒトリさんの命もかかっているんだぞ!」
「そ、そうね! わかっ――」
ミシェルがリュックを降ろそうとした瞬間、地面に鉄串が数本刺さった。
「――たっ!?」
背後を振りかえると、少し離れた木の上に2人の【影】の姿があった。
「うそっ! ヒトリさん、やられちゃったの!?」
「……いや、追って来ているのは2人だ! 後の3人と戦っているんだろう!」
トーマはミシェルの手を掴み、引っ張る様に走る速度をあげた。
鉄串を指の間に挟んでいる【影】の1人が、2人に向かって何回も鉄串を投げつける。
「くそっ! あいつ何本持っているんだよ!」
トーマは悪態をつきつつ、必死に走る。
しかし徐々に距離を詰められ、飛んで来る鉄串が体をかすり始めた。
「っあぶな! もう! 頭に来た!」
ミシェルがトーマの腕を払い、立ち止まった。
そして振り返り、右手を【影】達の方へと向けた。
「おい! ミシェル!」
「食らいなさい! フレアボム!」
ミシェルが叫ぶと、【影】達の目の前で爆発が起きた。
「どうだ!」
ミシェルが得意げな顔をする。
だが、爆煙の中から傷一つなく【影】の2人が飛び出してくる。
「嘘でしょ!? フレアボム! フレアボム! フレアボム! フレアボムウウウ!!」
ミシェルが爆発魔法を連続して撃つが、【影】達は回避しつつドンドンと距離を詰める。
そして【影】の1人がスティレットを取り出し、近接戦闘の態勢をとった。
「くそっ!」
逃げられないと判断したトーマは、迎え撃つ為に剣を抜いて構えた。
「こうなったら……トーマ、少し時間を稼いで!」
ミシェルは目を瞑り、両手に魔力を集中し始めた。
「時間って……1対2でか? 無茶を言ってくれる!!」
トーマは【影】達に突っ込み、気を引くようにがむしゃらに剣を振り回した。
しかし、トーマの剣は【影】達にかすりもしない。
逆にトーマの体は傷つきどんどん血まみれになっていく。
「っミシェルまだか! これ以上は――」
「………………よしっ! トーマ!!」
ミシェルの叫びに、トーマはバックジャンプをして【影】達から距離をとった。
突然のトーマの行動に【影】達は一瞬動きが鈍くなる。
「食らいなさい! グラビティフィールド!」
その一瞬の隙にミシェルが重力変化の魔法を放つ。
【影】達の足元に大きな魔法陣が出現した。
「――グッ!」
「――ぬっ!?」
魔法陣が光ると同時に【影】達が地面に押しつぶされた。
「……くっ……何だ……これは……」
「……っ」
【影】達は起き上がろうと体を動かす。
「ちょっと嘘でしょ! 起き上がろうとしている!」
ミシェルが驚きの声をあげる。
「……マジかよ」
この重力魔法を食らった事のあるトーマは1発で気絶したので、【影】のタフさに驚いた。
「こ、こうなったらもっと威力を上げ――ゴホッ!」
ミシェルが突然苦しそうに咳き込んだ。
「ゴホッ! ゴホッ! ……嘘……こんな時に……」
そして、ふらつて倒れそうになる。
「ミシェル!?」
トーマは急いでミシェルの傍に駆け寄り体を支えた。
「……むっ?」
「……動けるぞ」
地面の魔法陣が消え、重力にとらわれていた【影】達が起き上がった。
「どうした!? ミシェル!」
「――ゴフッ!」
ミシェルが鈍い咳をしたと同時に口から血を吐いた。
「血!? おい、ミシェル!」
「よくわからんが、好機の様だな」
【影】達がトーマとミシェルの前に立った。
仮面をつけていても、薄ら笑いを浮かべているのが見える。
「よくもやってくれたな……」
【影】の1人がスティレットを構えた。
「――死ねっ!」
スティレットの刃先が、トーマとミシェルに向かって突かれる。
「はあっ!」
女性の声と同時に金属音が鳴り、スティレットが空中を舞って地面に突き刺さる。
「何っ!? お前はっ!」
スティレットを弾き飛ばしたメレディスが【影】達を睨みつける。
「王国騎士だと!?」
鉄串を持っていた【影】がメレディスに向かって投げようと構えた。
「私もいるぞ! ふんぬっ!」
今度は男性の声がし、1人は槍の柄で腹を、もう1人は尻尾で顔面を殴られる。
「――がはっ!!」
「――ぷぎゃっ!!」
殴られた衝撃で2人は同時に吹き飛び、木の幹に激突して動かなくなった。
メレディスが素早く【影】達に近づき状態を確認する。
「……2人とも気絶しています」
「わかった。では、今すぐ拘束を」
「はい」
メレディスは道具袋からロープを取り出して【影】達の腕を縛り始めた。
その間バァルは警戒して辺りを見わたす。
そして安全と判断して槍を下ろし、トーマとミシェルの傍へと寄りしゃがみこんだ。
「すまない、駆けつけるのが遅くなった」
「王国騎士……? どうして、ここに?」
「森の奥から爆発音が聞こえてな。何かあったと思い、来てみれば……まさか【影】に襲われていたとは」
バァルが腕を縛られている【影】達を見る。
「……あっ! ヒトリさん! ヒトリさんを助けてくれ!」
「どういう事だ?」
「俺達を逃がす為に、他の【影】達と戦っているんだ! あっちだ! 早く!」
トーマが森の奥に向かって指をさした。
「なんだと!? メレディス、ここは頼んだぞ!」
バァルが立ち上がり森の奥へと走り出した。
戦闘現場に到着したバァルは、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
「……なんと……」
数多くの折れ曲がった枝、数多の切創がある木々の幹。
ここで壮絶な戦いが行われていた事がよくわかる。
そんな場所で、ボロボロの格好したヒトリが気絶した【影】3人の体をロープで巻いていた。
「君、1人で3人倒したのか……?」
ヒトリはバアルの声に反応して振り返った。
「え? あっ……バ、バァルさん? どっどうして……ここに?」
「君の連れに言われて、駆け付けたんだが……」
「あっ……そ、そうなんですか……じゃあ2人は無事、なんですね? ……良かったで……す……」
ヒトリは糸の切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
バァルが慌ててヒトリに駆け寄って抱き起した。
「す~……す~……」
ヒトリは寝息を立ててすやすやと眠っていた。
「ね、眠っているだと? ……一体なんなんだ、こいつは?」
バァルは首を傾げつつヒトリを抱え、【影】3人を引き摺って関所へと向かった。