時は少し戻って同日のお昼過ぎ。
アルヴィンが魔石の加工と格闘していた頃、ヒトリはギルドに戻って来た。
ツバメがいる事を確認し、受付のカウンターへと向かった。
「……た、ただいまぁ」
自分の席で事務作業をしているツバメに声をかける。
ヒトリの声にツバメは手を止め、頭をあげた。
「あ、おかえり~」
ツバメは立ち上がり、受付のカウンターの席へと向かった。
「随分戻ってくるのが早いわね……あれ、ヒトリだけ? アルヴィンとカラは?」
「あっ……そ、それなんだけどぉ……」
ヒトリは先ほどまであった事をツバメに話した。
「…………なるほど、それで先に戻って来たわけと……って、この馬鹿!」
「ひっ!」
ツバメがヒトリに対して怒鳴った。
その声にヒトリは体をビクリと震えさせる。
「護衛なんだから、最後まで傍に居なくちゃ駄目でしょ! まったくもぉ~……」
ツバメは右手を頭に乗せて呆れた様子を見せる。
「……ご、ごめん……」
小動物の様に縮こまるヒトリ。
「はあ……よくはないけどもういいわ。カラがいれば安全に帰って来れるし、万が一カラが動けなくてもゴアゴ博士が何とかしてくれるはず……盗賊討伐の依頼を片付けましょうか」
「あっ……うん。ちょ、ちょっと待ってね……え~と……騎士さんからサインもらった報告書は……」
ヒトリは道具袋に手を入れ、報告書を探し始めた。
「にしても、盗賊達はたいした事ないゴロツキの集まりだったみたいね」
「えっ……よ、よくわかったねぇ」
報告書を見つけ出し、受付のカウンターの上へ置いた。
それをツバメが手に取った。
「わかるわよ、だってヒトリが全然眠そうにしてないからね……あ、でも10人もいたんだ」
「……えと、ツバメちゃん……ちょっと話しておきたい事があるんだけどぉ……いいかな?」
「なに?」
「ちゅ、駐屯地に向かう途中でね……盗賊の1人が目を覚ましたの」
「それで?」
「……つ、捕まった事をクイーンに知られたら……消される、だから早く駐屯地に行けって叫んでたの」
「クイーン? えっまさか【影】のクイーンの事!?」
クイーンの名前が盗賊の口から出てきた事にツバメは驚いた。
「た、たぶん……」
「じゃあ、盗賊達は【影】のメンバーだったの?」
「と、取り調べは騎士さん達がやるからわかんない。でも……仮面をつけず素顔を見せてたから【影】のメンバーじゃない……と思う……」
【影】のメンバー達は黒いマントを羽織り、フードを深々と被り両目の空いた真っ白な仮面をつけている。
しかし、ヒトリが倒した盗賊達は誰一人そのような姿をしていなかった。
「そっか……となるとクイーンと何かしらの取引をしていたのか、脅されて仕方なく盗賊をしていたのか……まぁどっちにしろ、何か情報が得られるといいわね」
一通り目を通したツバメは、報告書を積んであった書類の束の上に置いた。
「盗賊討伐の方は確認したわ。ちょっと待ってね」
ツバメは席を立ち、奥の部屋へ入って行った。
そして右手に膨らんだ袋を持って戻って来た。
「はい、報奨金。護衛の方は当事者が戻って来てからね」
そう言うと、お金の入った袋を受付のカウンターの上に置いた。
「う、うん。ありがとう」
ヒトリは袋を受けとり、いつもの奥の席へと歩いて行った。
「……にしても、意外なところで【影】の名前が出て来たわね」
ツバメは置いてあった報告書を手に取り、なんとなく眺めるのだった。
※
翌日の昼頃。
アルヴィンとカラが冒険者ギルドに戻って来た。
カラの姿を見たツバメはカウンターを飛び越えて、カラまで駆け寄り抱き付いた。
「おかえり! 2人とも! よかった~カラが元気になって!」
「お久しぶりです、ツバメ様」
ツバメに抱き付かれても、カラは特に反応せず淡々と答えた。
「カラは昨日で動くようにはなったんだけど、もう夜だから研究所で泊っていけってゴアゴ博士が言ってくれたんだ」
「そっか、それで昨日は帰って来なかったんだね」
「話は坊ちゃまから聞きました。色々とありがとうございます」
「いいのよ~。それに頑張ったのはヒトリだから、お礼ならヒトリに言ってね」
「ヒトリ様……ですか」
「そ、けど今日はドブさらいに行っているから、帰ってくるのは夕方くらいかな」
「ドブさらいだって!?」
アルヴィンが驚きの声をあげた。
「あんな力を持っているのに、なんでそんな事を……」
アルヴィンの質問にケラケラとツバメが笑った。
「ホントなんでだろうねぇ~。けどまぁ人には色々あるのよ……特にヒトリはかな~~~~~~~~~~り特殊で例外中の例外。だからあまり詮索しないであげてね」
「……」
ツバメの言葉にアルヴィンは黙るしかなかった。
冒険者の事は何もわからない。
しかし、これ以上聞いてはいけないという事だけは理解した。
「それじゃあ、報告書に目を通してサインを書いてくれるかな?」
「あ、ああ。わかった」
3人は受付のカウンターまで行き、アルヴィンは手渡された報告書に目を通した。
そして、依頼者より報酬金受け取り済みと書かれている箇所で目が止まった。
大丈夫と言われていても、やはり心に引っかかるものがあった。
「な、なあ……やっぱり金は……」
「だから大丈夫だってば」
「で、でもよ……」
アルヴィンの困惑した顔にツバメは軽く溜息をついた。
「わかった、じゃあこうしましょう。これはただの立て替え、だから少しずつででいいから返してもらえる?」
「あっああ! それでいい、俺絶対に返すから!」
ツバメの言葉にアルヴィンは納得し、ペンをとってサインを書き始めた。
「で、これからどうするの? 館に戻るの?」
サインを書き終えたアルヴィンはペンを置き、報告書をツバメに手渡した。
「カラを連れて、俺の家に帰るよ。本当ならヒトリに礼を言いたかったけど……今は夕方まで待っていられないんだ」
「どうして?」
「博士が言っていたんだ「魔石の加工は完璧とは言えない、今は大丈夫でもまた急に動かなくなってしまう可能性があるぞ」ってな……で、カラに使われてた魔石は俺の親父が加工した物だったんだ」
「えっ! そうだったんだ」
「しゃくだけど、完璧な加工となると親父に教えてもらうしかない……また急に動かなくなる可能性があるのなら早く戻りたいんだ」
「そっか、確かにそうね。でも、カラは館から離れても大丈夫なの?」
「カラが不完全ではまた坊ちゃまにご迷惑をかけてしまう可能性があるので、一時的に館を空けてしまうのは仕方のない事だと思っています」
「カラにとって、あの館は大事な場所なのはよくわかってる。その件も親父と相談しないとな……」
「ん、カラも納得しているのなら良し。手続きも完了したし、落ち着いたら連絡してね」
「ああ、ありがとう! カラ、行こうか」
「はい、坊ちゃま。それではツバメ様、ごきげんよう」
カラは右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾をつまみ軽く持ち上げ会釈をした。
「うん、またね」
ツバメは2人がギルドから出るまで小さく手を振り続けた。
「さて、帰りくらいは馬車に乗ってラクして帰るか」
アルヴィンはポケットから3枚の金貨を取り出した。
魔石の加工を間近で見せてくれたお礼として、ゴアゴから受け取った物だ。
「えーと、乗り場は……」
「坊ちゃま、こちらです」
カラがアルヴィンの手を握った。
「あっ」
その行動に、アルヴィンは一瞬ドキッとする。
「いかがされました?」
不思議そうな顔をするカラ。
「あっいや! 何でもない! 行こうか」
アルヴィンはカラの手を握り返し、馬車乗り場へと向かった。
―了―