「あー……いいお湯だ……」
館の中へと連れ込まれたアルヴィンは風呂に入っていた。
山の中を走り続けていたので全身が汚れており、メイドがすぐに準備をしてくれたのでアルヴィンは甘える事にした。
「……にしても、やっぱりこの館にはあのメイドしかいないみたいだな……」
大騒ぎしたにもかかわらず、部屋から誰一人出てこなかった。
寝ているなど何か事情があったとしても、家の者にアルヴィンの存在を伝えに行くのが普通だ。
それをせず、すぐに風呂の準備をするとなるとメイド以外に人がいないとしか考えられない。
「……それにフィリップ……だっけ? そいつと勘違いしているよな……そんなに俺と似ているのか?」
湯舟に映る自分の顔をまじまじと見ていると、背後からメイドの声が聞こえてきた。
「坊ちゃま、お湯加減は如何でしょうか?」
「ああっ、丁度いい……え?」
メイドの声は浴室の外からではなく中から聞こえて来ている。
まさかと思い慌てて背後を振り返った。
「ちょっちょっと! なんで入っ……――っ!?」
予想通り、メイドは背後に立っていた。
そしてメイドの姿に絶句してしまった。
「なんでと言われましても、いつみたいにお体を洗いに来たのですが……坊ちゃま?」
「…………そっそそそそそそそその体は……いったい……!」
驚いたのはメイド服を脱いでいた事ではない。
メイドの体だ。
首から下は一切肌色が無く鋼色、関節部が全て球体になっている。
断じて鎧や鋼色の服を着ているわけではない。
その姿はどう見てもヒトではなく
「体? カラの体に異常がありましたか?」
メイドのカラは自分の体を確認する。
「…………あの時感じた違和感って……これだったのか……」
両手で顔を挟まれた時の感触。
作られた仮面のような顔。
生きた人間ではなく、人形だったとすれば納得だ。
「……お前は……ゴーレム……か?」
ゴーレム。
人工的に作られた自分で動く人形。
体は泥、砂、木、石、金属といった様々な素材で作られているが、ゴーレムには共通している点が一つある。
それは体のどこかに魔力を含んだ鉱石【魔石】が埋め込まれている事だ。
魔石の魔力をエネルギー源としてゴーレムは動いている。
カラもまた、胸の部分に六角形の形をした魔石が埋め込まれおり瞳と同じく朱く輝いていた。
※
翌朝、部屋のカーテンが開けられの日の光りが窓から入り込んでくる。
「……ううっ……」
その光りに反応したアルヴィンが布団の中へと逃げ込む。
「おはようございます。坊ちゃま」
その布団を、カラが無理やり引っぺがす。
「……ううう……」
逃げるところが無くなり、アルヴィンは目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「おはようございます。坊ちゃま」
「…………ああ、おはよう……ふあー……」
初めて寝た高級ベッド。
乗った時はフカフカ過ぎて眠れないと思っていたが、それは違っていた。
横になると優しく包み込まれる安心感、そして疲労も相まってアルヴィンはすぐに眠ってしまった。
「朝食の準備が出来ておりますので、お着替えが済みましたら食堂に来て下さい」
そう言うとカラは部屋から出ていった。
本当なら二度寝をしたいところだが、カラに布団を持って行かれてはどうしようもない。
アルヴィンは用意されていた服に着替える事にした。
「……昨日の姿を見ても、未だにゴーレムとは思えないな……」
50年も生きていれば色んなタイプのゴーレムを目にする。
当然、人に見えるタイプもいた。
しかし、カラほど独断で行動しているゴーレムは見た事が無い。
「まあ、考えるのは後だ。今は飯だ飯!」
フィリップの物と思われる服を着たアルヴィンは食堂へと向かった。
用意されていた朝ご飯はサラダしかなく、庭の畑で採れた物を使っているのがすぐに分かった。
肉が食べたかったと思ったが、そんな我儘を言える立場ではない。
アルヴィンは黙ってサラダを食べる事にした。
サラダなのですぐに食べ終わってしまう。
それを見たカラは傍まで歩いて来た。
「では、カラは食器を洗った後、洗濯と館の掃除をしてまいります。何かあればお呼びください」
そう言うと皿を手に取り、食堂から出ていった。
「……さて、どうするか」
アルヴィンは少し考えたのち、館の中を見回る事にした。
館は隅々まで掃除されておりホコリ1つない。
鍛冶等で汚れている自分の家とは大違いだ。
「お? ここは書斎か…………この家について何かわかるかもしれないな」
書斎に入り、本棚を確認していく。
1冊の本を手に取り、ペラペラとめくってみた。
内容は小難しい事が掛かれており、まったく理解できなかった。
本を元の場所に戻し、今度は窓際に置いてある年季の入った机の傍へと歩いて行く。
そして、壁に掛けられていた肖像画を見てアルヴィンは驚いた。
「こっこれって……!」
肖像画には立っている3人が描かれていた。
背が高く、体格のいい整えた口ひげを生やしている男性。
物静かそうで、品のある微笑みをしている長い髪の女性。
その男女の間にいる……アルヴィンにそっくりな少年。
「……本当に俺とそっくりだ……」
カラが間違うのも無理はない、一瞬アルヴィンも自分自身が描かれていると思ったくらいだ。
だが、顔は似ていても体格が全然違うので自分ではないのがすぐに分かった。
フィリップは華奢で体の線が細い、いかにもヒューマンの少年といえるからだ。
アルヴィンは視線を肖像画から机に向けた。
机の上には手紙が置いてあり、見るのは悪いと思いつつも手に取った。
「親友イーグルス・ベルズへ…………あの口ひげの生やしたおっさんがイーグルスかな?」
手紙の内容はイーグルスが怪我をして、それを心配した友達が送った物だった。
「……何か問題があればいつでも頼ってくれよ。怪我が治ったら、また飲みに行こうぜ。オウギ・クラウドよりか……ん? オウギ・クラウド……? どこかで聞いた事がある様な…………ああっそうだ! 冒険者ギルドの長の名前じゃないか! へぇーこのおっさん、そんな人と交流があったのか」
「坊ちゃま、ここに居られましたか」
「――っ!」
突然声をかけられ、アルヴィンはすぐさま手紙を机の上に置いた。
ドアの方を見るとカラが立っていた。
「な、なにも見てない! 見てないよ!」
慌てふためく姿にカラは首を傾げる。
「どうかなされましたか?」
「どっどうもしてないよ!」
アルヴィンはカラの傍まで近づき、そのまま書斎から出た。
「で、何か用?」
「お昼ですが、何かご要望が無いかと……」
「あーはいはい! お昼ね! 昼飯かー……んーと……肉ってあるかな?」
アルヴィンは早足でカラと一緒に廊下を歩いた。
書斎にある肖像画を少しでもカラから遠ざける為に……。