リトーレス大陸西部、ヴァーリ地方にある鉱山の村アドラ。
この村は鍛冶や工芸技術に長けているドワーフ族が住んでいる。
そんなある日のお昼前、あるドワーフの家では……。
「アルヴィン! いい加減にしないか!」
背が低く筋骨隆々で白髪の短髪、白く長いヒゲを蓄えたドワーフの男エリックが怒鳴る。
その言葉に濃い緑髪の短髪の息子アルヴィンが机を叩いて言い返す。
「どう作ろうが俺の勝手だろ!」
机の上にはアルヴィンが作った派手に装飾されたネックレスがあった。
エリックが怒鳴っているのは、このネックレスが気に入らないからだ。
「お前が作らないといけないのは伝統の物だ! なのに、いつもいつもこんなチャラチャラした物を作りやがって……!」
エリックは伝統工芸品を重んじている。
しかし、アルヴィンは新しい物を取り入れていこうという思いがある。
2人はいつもこの事でぶつかり合っていた。
「伝統も大事だとは思うさ! けど、新しい物を作っていくのも大事だろ!」
「これは商品なんだ! こんな物はお前みたいなガキでも買わねぇよ!」
「ガキじゃねぇ! 俺はもう50歳なんだぞ!」
長寿のドワーフにとって50歳は人間いうと約5歳くらいの感覚になる。
まだ若いのでドワーフの特徴であるヒゲがまだアルヴィンには生えていない。
おまけに成長が遅く、筋肉もそこまで発達していない為細身だ。
ドワーフ特有の背の低さもあり、ぱっと見だと10歳前後の少年にしか見えない。
「まだまだガキじゃねぇか! ……まったく、口答えばかりで死んだ母ちゃんが泣いてらあ!」
「なっ! 母さんは関係ねぇだろ!」
アルヴィンの母親エイディは1年前に病で他界している。
2人の喧嘩はいつもエイディが止めていたのだが……。
「とにかく! 今すぐ作り直せ! いいな!!」
バンッとエイディが机を叩くと、アルヴィンが作ったネックレスが床に落ちた。
「――あっ…………もう……ざりだ……」
「ああ? 何か言ったか?」
「もううんざりだって言ったんだ! こんな家、出て行ってやる!!」
アルヴィンは勢いよく椅子から立ち上がり、扉を開け家から出ていった。
「なっ!? こら! アルヴィン! 戻ってこい!!」
「誰が戻るか! クソ親父!!」
アルヴィンは走った。
少しでも家から離れる為に。
※
日がほとんど落ち、辺りは薄暗くなっていた。
そんな森の中をアルヴィンは当てもなく歩いていた。
「……あー……腹減った……」
今日、食事をとったのは朝食のみ。
おまけにここまで全力で走って来た。
アルヴィンの腹の虫が鳴くのも当たり前だ。
「……はあ……流石に半日で家に戻るとか恰好わりぃよな……かと言ってこのままだと空腹で倒れそうだし、寝床も…………ん? あれはもしかして……!」
速足でうっすらと見えたモノのある場所へとアルヴィンは向かう。
「やっぱり……館だ……」
蔓が巻き付いたフェンスの向こう側には立派な館がポツンと建っていた。
「…………廃墟ではなさそうだけど……明かりはついていないな」
日は落ちているので住人がいた場合、館は確実に明かりがついているはずだ。
眠るにしてもあまりにも早すぎる。
となれば、考えられる事は1つしかない。
「なんだよ、留守か。あーあ、泊めてもらいたかったんだけどな…………ん? 庭に畑があるじゃないか」
館の庭には花壇ではなく畑が作られていた。
見たところ手入れもしっかりとされていて、様々な種類の野菜が実っていた。
「趣味なのか自給自足なのか……どちらにせよ、うまそうだな……くっ食いたい……けど、盗みは流石にまずいよな……ああ…………」
頭を抱えてうずくまり、悩みに悩んだ。
そして、腹の虫がグーと鳴った瞬間……悩むのを辞めた。
「我慢できねぇ!!」
アルヴィンはフェンスをよじ登り、館の庭に侵入した。
一直線に畑へ向かい、食べ頃に実っている物を片っ端からもぎ取ってかぶりつく。
「ハグハグ! モグモグ! うんめぇー!」
おいしさのあまり、アルヴィンは無我夢中で食べた。
背後から近づいてくる人物にも気付かないほどに……。
「そこで何をしているのですか?」
「ングッ!? ンーッ! ンーッ!」」
背後から凛とした女性の声が聞こえ、驚きの余りのどを詰まらせ必死に自分の胸を叩いた。
「――――ゴックン! プハッ! はあー……はあー……死ぬかと思った……」
息を整えてから、アルヴィンはゆっくりと背後を振り返った。
そこには蝋燭を右手に持ったメイド服姿の女性が立っていた。
灰色のミディアムヘアー、血の様な紅い瞳、眉1つ動かさない無表情が特徴的な女性だ。
「わあー!! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! お腹が減っていて、どうしても我慢できなかったんです! 許して下さい!」
アルヴィンはすぐさま土下座をし、何度も頭を上げ下げした。
「盗み食いですか。なら騎士団に連れ……え?」
メイドは持っていた蝋燭を地面に落とした。
そして両手でアルヴィンの顔を挟み、じっと見つめてきた。
「はっ!? なになに!? 俺の顔に何かついて……って……あれ?」
アルヴィンはメイドに違和感を感じた。
両手は鋼色をしていて硬く冷たい、顔も無表情というよりは作られた仮面のように思えた。
「……やはり……帰って来られたのですね。あ、失礼しました」
メイドは顔から手を離すと、鋼色の右足を斜め後ろの内側に引き、鋼色の左足の膝を軽く曲げ、鋼色の両手でスカートの裾をつまみ軽く持ち上げ、腰を曲げて頭を深々と下げた。
「お帰りなさいませ、フィリップ坊ちゃま」
「……へ? ……フィリップ……坊ちゃま?」
メイドが何を言っているのかさっぱりわからず、アルヴィンが茫然としている。
「さっ坊ちゃま、外は冷えます。館の中に戻りましょう」
そう言うと、メイドはアルヴィンの手を握り館へ連れて行こうとする。
「え? あっちょっ! まっ!」
アルヴィンは必死に抵抗するがメイドはまったく動じない。
いくら筋肉が発達していないとはいえ腐ってもドワーフ、力は普通の人よりは明らかに上だ。
にもかかわらず手は全く解けず、動かないように腰を落としても館の方へ引き摺られて行く。
「はーなーせぇー!! 俺をどうするつもりだあああああ!」
抵抗空しく、アルヴィンは館の中へと連れ込まれてしまうのだった。