メレディスはゆっくりと茂みの中から出て、恐る恐るヒトリの元へと近づいた。
あのデフォルメされたドクロの仮面の下には本当にヒトリの顔があるのだろうか……不安が拭い切れないメレディスは口を開いた。
「……ヒトリ……さんですよ……ね?」
メレディスの声が少し震えている。
「へっ? あっはい……そうですけどぉ……」
ドクロの仮面を外すと、前髪で半分隠れてはいるがヒトリの顔があった。
ヒトリの顔をみてメレディスは安堵する。
「あの、その仮面は一体……」
「あっ……これですかぉ? ツバメちゃんが選んでくれた物ですよ」
「そうではなくて、仮面をつけている時……その……人が変わったように見えたのですが……」
「え? そうですか? ボク自身、変わりはないんですけどぉ……」
自覚していない事に一瞬驚くメレディスだったが、修行時代の兄弟子の事を思い出した。
その兄弟子は普段は大人しいが、剣を握ったとたん荒々しくなってしまう。
ヒトリは仮面をつける事により、気持ちが切替わるタイプなのだろうと自分を納得させた。
「ま、まぁ特に問題はないですし、今の事は忘れてください」
ともあれ、さっきの動きを見るにヒトリはEランクではないと確証を持てた。
これならゴブリン討伐も問題無しと判断したメレディスは遺跡の中を覗き込んだ。
「中は……真っ暗ね」
とは言っても、猫目のメレディスからすれば普通に通路が見えている。
「え~と、松明はっと……」
道具袋に手を入れ、松明を探し始めた。
「あっ……あのメレディスさんは、暗闇でも見えますよね?」
「え? はい、アタシは見えますが……」
「なら灯りは目立つので、無い方がいいかな~思うんですけど……」
「しかし、それだとヒトリさんが見えないじゃないですか」
「あっ……ボ、ボクも夜目がきくので大丈夫です」
遺跡の中は入り口から数mでもう真っ暗。
いくら夜目がきくといっても、見える限界というものがある。
ただヒトリの言っている事ももっともだ。
松明の明かりでゴブリンに気付かれたり、格好の的にもなる。
「…………わかりました、松明は無しで行きましょう」
少し考えたのち、メレディスはヒトリの提案に同意する事にした。
ゴブリンの目は大体ヒューマンと同じ構造だ。
なら暗闇の中で圧倒的に有利なのは猫目であるメレディスという事になる。
「ただ必要と判断すればつけますね」
とはいえ暗闇で何も見えず、足手まといになられても困る。
そこは臨機応変に対応するのが一番だろう。
「あっ……はい。それで大丈夫です」
2人は松明をつけず、遺跡の中へ進み始めた。
※
遺跡の中も外同様に、あちらこちら崩れており足場が悪かった。
しかし、メレディスはそれよりもヒトリの目が気になって仕方なかった。
「……」
ヒトリは自分と同じ様に問題なく歩いているからだ。
ヒューマンの目って暗闇でもこんなに歩けるものなの? そうメレディスが思っていると――。
「いやああああああああああああ! もうやめてええええええええええええ!」
「「――っ!?」」
奥から女性の悲痛な叫び声が響き渡った。
その声に2人は同時に駆け出した。
瓦礫をかいくぐり通路の奥へ、奥へ、奥へ。
「ああああああああああ!!」
女性の声がどんどん近くなる。
「…………あれは!」
扉が壊れ、明かりが漏れ出ている部屋を見つけた。
2人は離れた距離で足を止め、ゆっくりと近づき中を覗き込んだ。
「っ!!」
その部屋は礼拝堂の様で内部は広く、壊れた長椅子が左右に並べられている。
内部の奥側には所々壊れた女神の石像が立っている。
そんな聖なる場所、女神像の前で20歳前後の女性が一糸纏わず傷だらけの姿で2匹のゴブリンに嬲られていた。
「……うう……お願い……もう……やめてぇ…………」
『ゲヒヒヒ』
『ウギャギャギャ』
女性は涙を流しながら体を震わせ、身を縮こまらせている。
その姿を見て楽しそうに笑うゴブリン達。
「――おのれっ!」
メレディスは頭に血が上り、耳を後ろに倒して尻尾の毛を逆立てた。
剣の柄を握り、感情のままに礼拝堂の中へ突撃しようとした。
「っ駄目です!」
突撃に反応したヒトリが体当たりをして、メレディスを押し倒す。
「何をするんですか!! 放し――ムグッ!」
ヒトリが慌ててメレディスの口を両手で押えこむ。
「し~っ! 静かに! 落ち着てください!」
「む~っ! む~っ!」
メレディスはジタバタともがく。
「今飛び込むと、あの娘を人質にされて取り囲まれるだけです!」
「ふぅ~! ふぅ~! ふぅ~! ふぅ~!」
「冷静になって状況を見極めて下さい!」
「…………っ」
少し落ち着きを取り戻したメレディスは口を押さえられているヒトリの手を叩く。
ヒトリは手を外し、メレディスは立ちあがって目を瞑り深呼吸を繰り返した。
「す~は~す~は~……すう~……はぁ~……もう、大丈夫です」
冷静さを取り戻したメレディスは、もう一度礼拝堂の中を覗き込む。
そして室内全体を見回し、自分が感情的になりすぎて視野がかなり狭くなっていた事を理解する。
女性を嬲っている2匹の他に、長椅子に座っているもの、床で寝転んでいるもの、見える範囲で合計16匹ものゴブリン達の姿があった。
さらに石像の足元には生死が不明だがもう1人の女性が倒れてもいた。
ゴブリン1匹の強さはそこまででもないが1部屋に大量にいるとなると話は別だ。
ましてや人質まで取られてしまうと、今頃メレディスはゴブリン達に囲まれていただろ。
「ヒトリさんの言う通り、飛び込んでいたら危なかったです。ありがとうございます」
「あっいえ……そんな……えへえへえへ」
お礼を言われて嬉しいのか、ヒトリはナイフを磨いている時のように笑みを浮かべた。
「問題は数ですね、見える範囲では女性2人とゴブリン16匹ですが……」
「で、ですね……長椅子と瓦礫で死角になっているところもありますし……」
入り口の時の様に奇襲やナイフを投げて女性に近いゴブリンを仕留めたとしても、死角に人がいた場合そちらが人質になるだけでほとんど効果がない。
「「う~ん……」」
2人は必死に頭を回した。
「せめて死角が見えればなぁ…………あっ……これなら見れる!」
室内の構造を見て、ヒトリがある策を思いついた。
「あっあの、こういうのはどうでしょうか」
「どんな策です?」
ヒトリがメレディスに思いついた策を話し始めた。
「なるほど……確かにそれなら……でも、そんな事が出来るのですか?」
メレディスがそれをやれと言われても出来ないだろう。
「はい」
だがメレディスの問いにヒトリ即答する。
「……わかりました。それで行きましょう」
入り口での奇襲、オドオドしていないヒトリ、メレディスはいけると判断した。
メレディスは鞘から剣を抜き、ヒトリはドクロの仮面をつけ戦闘態勢に入る。
「では……行きます!」
ヒトリが礼拝堂の中へ飛び込む。
ゴブリン達との戦いの火蓋が切られた。