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流転していく世界。

 聖世弧志が切り裂き魔であった事と、犯行現場にスワンソングの文字が描かれた事が、報道された。ネットで、人々が半ば狂乱状態で騒いでいるみたいだった。狂乱の一つが、アーティストと創作行為の関係性だ。議論がされている。


 スワンソングは、アーティスト達から当初、憎まれ続けていた。

 だが、今回の事件の犯人は他でもない“猟奇事件を犯して五人も殺害したプロのイラストレーター”なのだ。マスコミも含めて、表現の自由とは、表現者とは何なのかの意見で荒れ狂っていた。


 静謐な部屋の中に、白金と腐敗の王の二人はいた。

 グループの作品が展示されているギャラリーの中だった。


 白金朔は戦利品として、聖世に描かせた絵を持っていた。

 紙に、彼が真っ赤な血で描いた絵が、雪の結晶のように描かれている。


 腐敗の王は白金から、その絵を受け取って、ギャラリーに飾る事にした。


「僕が尊敬しているアーティスト。クリエイターを殺害する時に解決出来なかった事があるんです」

 白金は溜め息を付いた。


「それはなんだ?」

 腐敗の王は、額縁の中に聖世が描いた“最期の作品”である絵を入れる。


「死を納得させる事と、あるいは、元の彼、彼女に戻って戴く事ですね」


「…………。空杭を始末する時の事を考えているな」

 腐敗の王からは怒りの感情が微塵も無かった。

 物事はなるようにしかならない。

 そうなってしまった時は仕方無い。

 ある種の達観とも取れる口調だった。



「君は精神的に成長しているな」

 腐敗の王は興味深そうな顔をしていた。


「考え方が変わったのか?」


「僕は”方向性を変えない”。だって、スワンソングに求められているのは、

アーティストを殺害して最期の作品を作らせる事なんでしょう? ネットの評価を見る限り、それを芸術だと思っている信望者が現れ始めている。まるで、予測していなかった…………」


「ああ。切り裂き魔を殺害してから君の評価は変わっていっているな。少し前に、俺が代筆した声明文などもあったからな」


「だから、僕は『スワンソング』を止めない」


「じゃあ。また、俺が代筆して、TV局と警察に手紙を送るとするよ。今回は、何て書いて欲しいかな?」


 白金は少し考える。

 彼は、ワー・ウルフを思い浮かべていた。


 ギャラリーを出た後、腐敗の王はスマートフォンで、スワンソングに関する世間の評価を調べていた。腐敗の王は、唸る。


「凄いぞっ! スワンソング。君の信者が増え始めているな。現代の切り裂きジャックを始末した功績だ。君はダークヒーローとして祭り上げられ始めている。この流れに乗るしかないな」


「じゃあ、僕の方でやりたい事がある」

 白金は何かを決意した表情をしていた。


「それはなんだ?」


「腐敗の王。上手く代筆してください。僕は、あるアーティストを追跡したい。それは僕達と敵対する者達も喜んでくれる筈。彼らにプレゼントを贈りたい」



 警視庁にテープが送られてくる。

 機械音で作られており、指紋も声紋も取る事が出来ない。

 既にそれはYouTubeなどのサイトにも流されていた。


「『ワー・ウルフ』という”アーティスト”を今、調べている。この処、犯行を再開し、世間に知らしめた、脳に異物を入れて殺害するシリアルキラーだ。このサイコパスを捕まえる為に、僕を支持してくれる人達は協力して欲しい。色々な理由があって、僕は彼を始末したい。でも、僕じゃなくてもいい。警視庁だって構わない。僕を支持してくれる人々に事件解決の協力を求めている。


 一応、言っておく。

 知っての通り、僕は”アーティスト”しか標的にしないし殺さない。


 それに誰でも無差別に殺しているわけじゃない。

 殺すアーティストだって、選んでいる。

 それに、犠牲者には、最大の敬意と尊厳を与えている。


 だけど『ワー・ウルフ』は犠牲者を冒涜的に凌辱し、標的も無差別だ。

 もしかすると、標的の選び方があるのかもしれないけど、僕には分からない。


 おそらく『ワー・ウルフ』によって殺害された者達はまだまだ数多い筈だ。

 行方不明、失踪扱いされているだけで、奴の部屋の中には大量に死体が転がっていると思う。


『ワー・ウルフ』の特定、逮捕を願っている」


 更に、スワンソングは、これまでの犯行において標的に作らせた“最期の作品”なるものは、半分以上の人間からは、その存在が疑われていた。


 だが。

 歌手に作らせた楽曲。

 漫画家に作らせた原稿。

 そのコピーも添付している。

 それがネットに出回って、スワンソングに対する狂信は揺るぎないものへと変わっていった。

スワンソングは、後程、時期が来たら残り四つの戦利品のコピーも公開すると言っている。


 …………、…………。

 牙口令谷は、スワンソングの声明文の動画を観て、息を飲んだ。


 スワンソングは完全に、令谷の味方をしてくれた。


「思わぬ、支援者が現れたわね?」

 葉月は、とても楽しそうな顔をする。

 彼女は、もっと、世の中が面白くなればいい、といった顔もしていた。


 崎原と富岡は顔を見合わせて、考え込む。

 二人共、正義や倫理観とは一体、何なのか?

 そのような事を考えているみたいだった。


 間違いないのは……。

 スワンソングは、牙口令谷の味方だ。


 令谷の復讐対象である、ワー・ウルフを始末する、と言っている。

 なら、協力し合える筈だ。


「アーティストをストーキングして監禁して殺害した連続殺人犯が、被害者の脳に異物を入れて共に食事をした連続殺人犯に挑む、か」


 崎原は動画を観ながら、感慨深げに呟く。


「馬鹿なジャーナリスト共が煽りに煽った記事を、ネットのニュースなどに書いてやがるぜ。ふざけやがって」

 崎原は、悪態をついた。

 その後、煙草に火を点ける。

 最近、彼はニコチンの摂取量が増えてきた。

 酷く倦怠感に襲われる時期が多い…………。


「面白過ぎるでしょう!? ねえ、崎原! 富岡さんっ! 特殊犯罪捜査課の席に、スワンソングの席を用意しておかないと」

 葉月は腹を抱えて笑い転げていた。

 本当に面白くて仕方無い、といった顔をしていた。


「ムチャクチャだろっ!」

 崎原の声は裏返っていた。


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