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切り裂き魔を追い詰めに。

 受注されている仕事は、全て納品した。

 これで土日は、充分な時間が取れる。


 もうすぐ、太陽が沈む。


 切り裂き魔は、ワゴン車を運転していた。


 土曜日に犯行を行うつもりだ。


 あの可憐な少女、叶多百合果を次の標的にするつもりだった。


 土曜日まで、後、二日。

 今度は、どんな凌辱の方法を行おうか?


 今までは手錠や縄を使ったり、ガムテープも使用した。

 被害者の女は最初、抵抗したが、ナイフで身体を刻んでいき、服を引き裂いていったら、為すがままになった。その後、ゆっくりと凌辱し、犯した。下半身の二つの穴。それから、口という穴を道具で凌辱する時、自分が描いているポルノと重なり、性的興奮が最大限に高まった。


 証拠となるものは、現場では消し去っている。

 彼の体液を現場で検出する事は出来ない筈だ。


 ナイフを持つと、何故か、ナイフによって、簡単に被害者の筋肉や骨などを粘土のように切り刻む事が出来た。

 自分にはナイフに力を籠められる”特殊能力“が発現したのだと理解した。


 後は犠牲者の血を啜ったナイフによって、絵を描いていくだけだ。

 地面に血で絵を描くのは、とても素晴らしかった。



 彼はバックミラーを眺めていた。


 鴉にフクロウ。

 それらの鳥達が、こちらを眺めているようだ。


 彼は妙な感覚を覚える。


 ……誰かに見られている?


 切り裂き魔こと聖世弧志は、背後をちらちらと、確認する。

 彼は人通りの少ない、工事現場に向かう事にした。


 そこはビルを崩した場所であり、今は大きな山道のようになっている。

 数か月後くらいに、本格的に工事が行われるらしい。


 今は人気の無い、土だらけの地面と小さな砂丘のようになっている場所だ。

 この辺りで被害者を殺害して、近くの山道のコンクリートの地面で、次の被害者の血液と臓物で“絵”を描こうと考えている。


 彼のナイフは、筆のように、血を吸収していき、マーカーのように、地面に吸った血で絵を描く事が出来る。


 彼は下見の為にも、元々、この砂丘に来る予定だった。

 人通りは少ない。

 遠くにネオンライトが見える。

 近くには、雑木林が森のように生い茂っている。


 犯行を行うのは格好の場所だった。


 聖世は、この砂丘付近に車を停める。


 そして、雑木林まで向かう事にした。

 自分を追跡しているのは、何者なのか、まさか警官なのだろうか?


 もし、警官なら…………。


 ……警官を殺してみるのも悪くない。


 聖世はコートを着て、服の下に沢山のナイフを忍ばせていた。

 彼は雑木林の中へと入る。


 この場所を使うのもいいかもしれない。

 そうだ。

 叶多百合果を強姦した後、彼女の臓器を木から吊り下げてみるとかどうだろう?

 腸を樹木から垂らしてみるのも、いいかもしれない。


 どうせ、持ち去ってしまえばいい。

 なら、今回は口腔も、沢山、沢山、汚してやりたい。


 彼は何度も、自分の描いてきたサディスティックなポルノを夢想する。

 他のイラストレーター達は言う。

“願望だけにしておけよ”。“作品内だから許されて、フェチな人間に喜ばれるんだよ”。


 表向きは、聖世も、彼らの意見に合わせる。

 だが。小学生の頃、あるいは中学生の頃に、性的衝動に目覚めた時から、彼は、女を徹底的に蹂躙して凌辱したい、という願望を押さえきれなかった。それを絵の中で吐き出し続けた。あらゆる容姿の女を描いて、あらゆる容姿の女達を性的に凌辱する絵を描き続けた。拷問じみた絵や、時には、拷問する絵も描いた事も多かった。


 やがて、彼は世間では認められ、ひとかどのアーティストとして認知されている。


 だが……。

 彼はワー・ウルフの事件を知った。

 被害者の女の脳はグチャグチャにされていた。

 新聞でそれを知って、彼は何度も、何度も、その記事でマスターベーションをして、実際に、ワー・ウルフによって凌辱される女を、エロティックに、拷問台に縛り付けられながら、脳を弄られ続ける美少女の絵を一晩で描き上げた。


 そして。彼は、次の晩に、行動を起こす事にした。

 もう、性的衝動を抑える事は出来なかった。


 家の中には、女を拷問して凌辱する道具を沢山、揃えていた。

 同業者達には、あくまで“仕事のアイデア”の為の道具だと言ってある。

 仲間のエロ漫画家、美少女を描くイラストレーター達は、彼が、切り裂き魔だと疑っている節は無い。

 風変りなアーティストとして知られている彼の正体を、見抜いている人物は、今の処、いない筈だ。


「ああ。ここで女を犯したいな」

 聖世は、雑木林の闇の中、月を眺めていた。


 ふと。

 彼は車の音を聞いた。


 聖世は辺りを見回す。

 きっと、通りがかりの車だろう。


 彼は空を眺めながら、月を眺めていた。

 月は欠けている。


「ねえ。イラストレーターさん。貴方の作品、見たわよ? 女を酷く軽蔑し、下に見ているわね? 貴方は容姿もいいから、ホストもやれるわよ。それで、女を騙して水商売に沈める。そういう事も出来るでしょ?」

 何者かの声が聞こえてきた。

 女の声だ。


 酷く冷たい。


「残酷なポルノね? あらゆる拷問の道具で二次元美少女を凌辱し、服従させている。徹底的なまでに、人格の尊厳を奪う事を丁寧に描いている漫画だった。空想で満足して、その筋のファンからの称賛で自己顕示欲を満たせなかったのかしら?」


 女の声は近付いてくる。


「まあ。個人的には、貴方の音楽ジャケットの方が好みだけど。買ったからサインくれないかしら?」


 そこには、ロリータ・ファッションの少女が佇んでいた。

 彼女は何故か、シャベルを手にしている。


 蓮の匂いが立ち込めてきた。


「おい。お前はなんだ?」

 聖世は懐から、ナイフを取り出す。


「ん。ああ? 私? 別にどうでもよくない?」

 ロリータ・ファッションの少女はシャベルを地面に突き立てる。


「貴方。此処、最近、世の中を騒がせている切り裂き魔よね? 五名殺害したんだっけ? 全員、性的に凌辱しているでしょ? 持ち去った部位は貴方の体液を残したからでしょ?」

 少女は淡々と、聖世を見て、訊ねる、というよりも、確認しているみたいだった。


 聖世は懐から、ナイフを取り出す。

 次は、この女を標的にするか。

 彼は本能よりも、先に動いていた。


 少女も懐から、何かを取り出していた。

 持っていた手さげのバッグの中からだ。


 その何かを聖世へと向ける。

 ぱしゅ、と、乾いた音が聖世の肩の辺りをかすめた。


 聖世は動きを止めた。


 少女が手にしていたのは、サイレンサー付きの拳銃だった。


「これ。借りたんだけど。やっぱり、銃の使い方を習いたいわね。でも、足止めくらいにはなるんじゃない?」

 少女は笑っていた。


「という事で。切り裂き魔。聖世弧志。私は『特殊犯罪捜査課』の昼宵葉月って言うの。宜しく」

 そう言うと、彼女は時間を気にしているみたいだった。


 何かを待っているみたいだ。


 突然の事だった。

 聖世の周辺を、大量の羽虫が集まってくる。


 葉月と名乗った少女は、口元を歪めていた。


 羽虫達が、次々と、彼を襲撃する。


 更に。

 空から何者かが、降りてきた。

 それは、鴉か何かに見えた。


 クチバシで。聖世の身体へと、襲い掛かっていく。


「ああっ! 何だっ! 畜生っ!」

 聖世は取り出した刃物を周りに振り回していた。


「処で、貴方って、何か“特別な力”が使えるの? 特別な力は持っていない場合、“彼”は手を出さずに、私に始末をさせたい、と言っているわ」

 少女は彼を見ながら、何かを考えているみたいだった。


「人間を殺すのは、久しぶりだなあ? 生きながら、鳥や虫の餌にしようかっ! ゾクゾクするなあ? どうせ、貴方は日本の法律で裁かれれば死刑だ。税金で裁判とか刑務所に入っている時間は無駄だ。此処で、死ねばいい」

 彼女は、聖世以上に、嗜虐的な眼をしているように見えた。


 こいつは、きっと同類だ。

 標的選びが違うだけで、強いサディズムを持っているサイコキラーだ。

 聖世はそれを理解し始める。


 鳥のクチバシの襲撃が酷い。

 顔のあたりにも、クチバシや爪は傷を付けてくる。


 眼の前の少女にナイフを突き付けたいが、身動きが取れない。

 堪らず、聖世は逃げ出していた。

 とにかく、この場から離れて、何とか体勢を立て直すしかない。

 そもそも、あの少女は銃を持っている。


 まだ、犯罪の証拠は出ていない筈だ。

 とにかく、ここは逃げて、後から言い逃れ出来る事を考えた方がいい。


 そう思いながら、聖世は全力で走っていた。

 背後から、何かが飛んでくる。

 音が後から聞こえた。


 聖世は自分の肩が撃たれた事に気付く。

 そして、更に、脚の辺りも撃たれている。

 痛みをこらえながらも、彼は必死で逃げ続けた。



 雑木林を抜けると、崖のような場所に辿り着く。

 此処から、工事前の道路を見下ろす事が出来た。


 聖世弧志の姿が見える。

 彼は車を駐車した場所へと向かっていく。


「手を出さないんじゃなかったの? 令谷?」

 葉月は飄々と笑う。


「お前。俺が撃たなかったら“奴で楽しんでいた”だろう?」

「まあ。そうだけど。でも、貴方は“異能者”しか撃たないんでしょう?」

「ああ。俺は“異能者しか殺さない”。自分のルールは守っている。普通の犯罪者でも撃つくらいはする」


 葉月は線香の煙を消して、シャベルを担ぐ。


「私が楽しんだら駄目なの? 今更、私が人殺しを続けるのを止めさせたい?」

「そうじゃない。……やはり、少し胸糞悪くなったんだよ。お前にも、奴にも。俺だって、奴を撃ってやりたかった」

「まあいいわ。でも、令谷。奴は間違いなく“異能者”よ。ナイフの持ち方が手際が良かった。ただ、刺す以外の事も出来る筈。そのまま、殺しても良かったんじゃ?」

「そうだな。間違いなく異能者だろうな。さてと」

 令谷は狩猟銃を手にする。


「ゆっくり奴を追うとするか」

「今夜中には始末したいわね」

「崎原を待たせている車に戻らないとな」


 葉月はゆっくりと、元来た道を歩いていた。

 先ほど、この辺りに、別の車が停まった。

 一般人だろうか。

 よく分からない。



 聖世は何とか、自分の車に辿り着いた。

 彼は半ば、思考が停止していた。

 逃げ切れたとは思えない。

 だが、相手は追撃を入れてこなかった。何か事情があるのだろうか?


 彼はワゴン車の鍵を開ける。

 そして、運転席に座る。

 エンジンにキーを入れる。


 車は動き、走り出す。


 ふと。

 後部座席に、何者かの気配があった。


「初めまして、切り裂き魔さん」

 聖世はバックミラー越しに背後の人物を見ていた。

 美しい顔の青年が、満面の笑顔を浮かべていた。


 何故、鍵が掛けられた車の中にいる?

 聖世の表情から、彼の思考を察したのか、その疑問に答える為に、青年は針金のようなものを見せた。……ピッキングによって入り込んだのだろう。


 青年は持っていたバッグのジッパーを開ける。


「僕は貴方の素晴らしいイラストに惹かれました。犯行現場に描いた絵は、とても良かったです。でも、後から、僕は、貴方に、とても失望しました」


 彼はバッグの中に入っていた衣装を取り出す。

 長い黒髪のウィッグにセーラー服。

 スワンソングはテキパキと後部座席で着替えを済ます。


「すみませんね。男性の裸の上半身なんて見たくなかったでしょうに」


 青年はメイクを顔に施していき、黒髪のウィッグを被る。

 青年の声は、女声だった。


「切り裂き魔。僕は貴方に”最期の作品”を創らせる」


 切り裂き魔、聖世の喉元には、冷たい刃が近付いていた。


「お前はまさか『スワンソング』…………?」


 背後にいる女装姿の美しい顔の男は、小さく笑みを浮かべていた。

 とてつもなく、妖艶な笑みを、青年は称えていた。


「スワンソングは、知名度と金の為に、大衆受けする事を決めたアーティストだけを殺している筈だろ……?」


「少し認識が違います。”ファンを裏切った人間”です。僕は以前、ファンの女性に暴行したユーチューバーも殺害しています。貴方もそうですね。貴方は暴行どころが、強姦殺人だ。被害者のうち二人は、貴方の作品のファンでした。


 それから、次の標的も、貴方を信頼しているファンの女の子だ。そして、僕も貴方の絵は一度は好きになりましたよ? でも、貴方の事件が明るみになるにつれて、貴方に強い憎悪と嫌悪感を抱くようになった」


 スワンソングは、真っ赤なルージュを引いた艶やかな口から、自身の犯行動機を述べていく。


 そして、スワンソングは、ロープとナイフをバッグの中から取り出した。


「絞殺か刺殺かは選ばせてあげます」

 スワンソングは少し考える。


「でも、貴方は”最期の作品”を創らなければならない。

 最期の作品を創らせて、輝かしい最期にするのがスワンソングの犯行なんだ」


 びぃーん、びぃーん、と、ロープがしなる音が車内に響き渡る。

 聖世は、車を停めずに走らせ続けていた。


「そう言えば、イラストレーターは以前、他に、殺した事があります。女性だった。漫画家の方も殺害しました。こちらは男性。二人共、イイ絵を描いていたけど、途中から駄目になった。まあ、僕の事件を調べている人なら、みんな知っていますが」

 スワンソングの声は冷酷極まり無かった。


「でも、僕は彼らに敬意があった。切り裂き魔のイラストレーターさん? 僕は、君に最後の作品を創らせる際に、決して、以前の犯行手口と同じようにはしませんよ?」


 スワンソングは、極めて、怒りに打ち震える両眼をしていた。


「現代の切り裂きジャック。

 分かっていますね?


 介錯なら手伝いますよ。


 貴方は貴方自身を刻んで、作品にしろ」


 スワンソングは、聖世の喉にナイフを向ける。


 聖世は全身をガクガクと震わせていた。

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