切り裂き魔は犯行を重ね続けていた。
女の死体が増え続けていた。
被害者は、残虐に身体を切り刻まれている。
週に二回のペースだった。
かなり犯行が早い。計画的というよりも、衝動的、といった印象を受けた。
おそらく、最初の犯行を決断するまでに、周到に用意していたのだろう。……だが、きっかけとなるものが無かった。ワー・ウルフの犯行がきっかけになったのではないか、というのが、令谷の見解だった。
真夜中。
崎原は令谷を連れて、新たな被害者の現場へと車で向かっていた。
崎原の車が事件現場の付近に停まる。
後部座席に座っていた令谷は拳銃を腰に戻し、透明の手袋をはめる。
黄色い規制線のテープを乗り越えて、二人は現場に到着した。
検視官達が何名も集まっていた。
崎原は、デジカメを携えて、現場の写真を撮影した。
「この犯人は犯行を行う上で、まるで躊躇をしないんだな」
崎原は現場に行って、息を飲む。
「間違いなく、異能力犯罪者。俺が“狼男”と呼んでいる連中だ」
今回は首だけの死体だ。
美しい女の生首だ。
司法解剖の結果、必ず夜に犯行は行われている。
闇夜を歩く、切り裂き魔か。
「最近、力に目覚めたか。あるいは、力に目覚めて、ずっと欲望を隠していたか…………」
崎原は顎の無精髭を指でこする。
「しかし。俺は連中を“人狼”だの“狼男”と呼ぶのは止めるか、控えた方がいいかもしれないな」
「“異能力犯罪者”に関しての、お前のお気に入りの呼び名だったんじゃないのか?」
「『ワー・ウルフ』が新たに、自分の作品を晒したから、仕方無いな。俺は奴を指して、人狼(ワー・ウルフ)と呼ぶようになった、満月の夜に犯行が行われていると聞いてな」
令谷は顔を掌で抑えていた。
「そうか。処で、この切り裂き魔は何て呼ぶ?」
崎原は煙草の灰を指先で落とす。
「…………。…………、『ナイト・リッパー』。まるで近世に現れたロンドンの殺人鬼ジャック・ザ・リッパーみたいだ。もっとも被害者は娼婦だけとは限らないが。風俗嬢が被害者の中に二名混ざっている」
「そうか。帰ったら、葉月に犯人像を検証させるか」
崎原は時計を見る。
夜中の三時だ。
この時間帯。葉月は大抵、寝ているか、連絡を送っても無視をする。
明日、彼女は大学の授業があった筈だ。
結局、明日の夕方以降に彼女には、特殊犯罪捜査課のオフィスに来て貰う事になるだろう。
†
「まず、上半身だけの女の死体が四つ見つかった。それは何故か? 昨日、見つかったのは、生首だけの女だ。上半身に、両腕だけ切断されているものもある。犯人は、戦利品として持ち帰ったのか。でも、死体は重い。そこまでして、身体の大部分を持ち帰る理由は何?」
葉月は調書のコピーと、富岡がまとめたファイルを見ながら、考えを巡らせていた。
そして、被害者の写真も見ていく。
殺害された五名の女達に、何か共通点があるのか。
十代から二十代後半までの女性が殺されている。
死体の処理の仕方を考えて、バラして晒している。
傷口は鋭利な刃物で切断されている。
切断面は綺麗だった。
頸骨や背骨などの切り口が綺麗だ。
喉の皮膚や乳房を深々と裂かれて、皮膚が欠損している女もいた。
頭部が無い、上半身だけの女の死体もある。
被害者を一度、凍らせて、機械で解体した形跡は無い。
外科医のような鮮やかさとも違う。
被害者の遺体から犯人の体液らしきものは、一切、検出されていない。
「もし“異能者”だった場合。この犯人は刃物に何か力を与えられる異能者ね。令谷はどう思う?」
「俺もそう思う」
「犯人の異能力のトリックの分析は、令谷に任せるわ」
「ああ。そちらは俺が専門だからな」
「刑事課連中は何て言って、捜査を進めているのかしら?」
「被害者達の隠れた共通点を調べているぜ。たとえば、何かの交流会で仲間同士だったとか、ネットのオフ会で知り合った者達同士とかな」
崎原は答える。
「まあ、順当な判断ね。じゃあ、私が、いつものように、この犯人に関して検証してみるわ」
葉月は犯人像をイメージしていた。
被害者女性の写真を何度も見ていく。
自分が犯人だったら、どうするのか?
葉月には、犯人と同調する力がある。……同じシリアルキラー故に。
葉月はパソコンに向かっている、富岡に眼で合図する。
いつものように、自身の見解を書き記すように。
「令谷は『ナイト・リッパー』って呼んでいるんだっけ? 夜に犯行を行う切り裂き魔だから。俗っぽいニュース報道では現代の切り裂きジャック、と呼ばれている、と」
葉月は串団子を手にして、それを口に入れる。
そして団子の一つを咀嚼し飲み込む。
「こういう結論に達するわね。鑑識の溝口さんに言って司法解剖の解剖医達にも、伝えるようにして。犯人は被害者女性を強姦している筈。その際に体液が身体に残った。だから、持ち去ったの。首から下が無い死体は、胸とかの辺りに犯人の手形がくっきりと残ったに違いないわ。犯人は男で間違いないわね」
犠牲者達は、まるで絵だった。
彼女達の、血液や抜かれた臓物を使われて、地面に絵を描かれている。
それは、髑髏の絵だったり、蝶の絵だったりした。地獄絵を表現したものもある。
「この絵はかなり芸術的ね。良い絵を描く」
葉月は絵の写真を食い入るように眺めていた。
マスコミが騒ぎ、いつものように、犯行を面白おかしく記事にするだろう。
被害者遺族の傷を増やし、無関係な市民達は好き放題に騒ぎ立てる。
ただでさえ、最近の異常快楽殺人者達の犯行によって、一般市民達はピリピリしている。ノイローゼになって鬱を発症している者達も多いと聞く。
なので、この現代の切り裂きジャックが被害者の人体を使って、地面に絵を描いている事は、報道規制が敷かれている。…………、だが、何処かのジャーナリストがその事実を暴露するのは時間の問題だった。犯人はそこまで計算している筈。自身の事件を世の中に誇示したい筈だ。
葉月は犯人の描いた、犠牲者と同じ数の絵を見ながら、ある結論に至った。
「犯人像が分かったわ。犯人はイラストレーター。男性。社会的には、そこそこ知名度がある可能性がある。マニア受けが良いのかもしれないけど。強烈なサディズムの持ち主。でも、それを作品で昇華しようとしていた……。女を過剰なまでに、虐待するポルノを描いているかも……。それにしても、この犯人、女を執拗に見下しているな?」
「何故、紙やデジタルデータの中だけで、自身の欲望を満たせなかった?」
崎原は訊ねる。
葉月は少し薄ら笑いを浮かべた。
犯人の気持ちが手に取るように分かる、といった顔付きだった。
「この処、立て続けに、サイコキラーの事件が起こっているわね?
リンブ・コレクター事件。
ブラッディ・メリー事件。
それから、この犯人、切り裂きジャックは、ワー・ウルフにもインスピレーションを受けている筈。それは何故か?」
「どういう事だ?」
崎原は唸る。
「“アーティスト同士はインスピレーションを与え合う”という事よ。他の連続殺人犯の事件が無ければ、このイラストレーターは、猟奇事件を起こさなかったと思う。でも、自分の力と才能を誇示したくなった。欲望を押さえきれなくなったんでしょうね。しかも、ワー・ウルフとブラッディ・メリーの二人は、捕まってもいないし、正体も特定されていない。ある意味で言えば、先駆者達が、このアーティストを犯罪に駆り立てた、と言えるわ」
葉月は現場写真を眺めながら、うっとりとした表情を浮かべていた。
「そう言うわけで。私のプロファイル(犯人像の検証)のまとめだけど、イラストレーターの男性。そこそこ知名度のあるプロ。女を虐待や凌辱している絵描き…………」
「おいおい。日本に絵描きがどれだけいると思っているんだよ? もう少し絞れないのか? 女を虐待、凌辱しているエロ漫画を描いている奴なんて、幾らでもいるだろ」
崎原は煙草に火を点ける。
「絞れるわ。容姿が平均以上。身繕いが出来る。多分、二十代……ナンパで女を口説いて、車に乗せている。ポルノ以外の絵の仕事もしている筈。大きな車を所有しているわ、女を一時的に監禁する為に。それからロック音楽などの激しい曲が好き……、地面の絵を見ながら思ったんだけど、イヤホンなどで音楽を聴きながら絵を描いているわ。…………、もしかすると、音楽関係のCDジャケットも手掛けているかもしれない。犯行現場を考えると、都内か都内周辺の件に住んでいる筈。
大きな家に住んでいる筈。
付け加えると、女の下半身は戦利品として保管しているわ。もし、原型を留めているなら、死姦もしている筈。首無し死体や、下半身だけを犯す為に。…………、戦利品を収納する為に必要な大きな家か、アジトみたいな場所と土地を持っている筈」
葉月は犯人の思考を流暢に組み立てていく。
崎原は、葉月が“自分がこの犯人ならこう考え、こう行うだろう”という思考の下、プロファイルを行っているのではないかと考えている。
「で、私のプロファイルだけど。刑事課連中を説得させて、捜査を進めさせて。これ以上、被害者を出させたくなかったらね? 警視庁は、もっと犯人逮捕の為に、本気を出すべきよ」
葉月は嗜虐的な眼付きで、冷たい微笑を浮かべていた。
もし、刑事課がしぶれば、葉月にとって有利になるし、新たな快楽殺人のショーを楽しむ事も出来る。彼らのどちらの選択も悪くない…………。